第六話 ニコルの商品
ダンジョン行きは決まったが、その他の話しはまだ終わっていなかった。
「それで、ニコルへの報酬は何だったかな? 断るつもりでいたので、覚えておらん」
「ひどーい、お父さん。もう一度説明するから、ちゃんと聞いててよ」
そして、エミリさんは以前決めた報酬について説明する。
「おお、そうか。なんだか報酬が、少ないような気がするな」
「ニコル君は、お金があるからいいんだって。行商で儲けてるみたいなのよ」
「そうか、ニコルは欲が無いんだな」
『いえいえ、欲はありますよ。あとで、価値のある書物をしっかり見せて貰いますからね』と思ったが、口には出さない。
「今日は、伯爵家に相応しい商品を持って来てるのよね!」
「ええ、ご用意してます」
「君が何を持って来たのか興味がある。早く見せてくれ」
「はい。しかし、こちらは販売資格が無いので、売る事はできません。今回は、見ていただくだけです」と言って、魔法袋から魔法鞄を出した。
「見たところ立派な鞄だが、これがそうなのか?」
「はい、魔法鞄です」
「魔法鞄だと。性能はどうなんだ?」
既存品の仕様は、《検索ツール》で分かっていた。実際、販売用にたくさん作ってある。
しかし、それらは使い勝手が悪かった。
今回の商品は、《亜空間収納》の機能を《属性付与》の能力で作った特別品だった。
「はい。容量は、一辺十メートルの立法体ほどですね。時間経過は、通常通りあります。消費魔力は、一回の開閉で1MPを使用者から自動吸収するという仕様です」
そこに、グルジット伯爵が割って入る。
「ニコル君、何だねその魔力を自動吸収するという仕組みは。しかも、たったの1MPなんて少なすぎる」
「普通は魔導石と魔石を併用して、魔導石にほぼ毎日、容量に合った魔力を補充しなければならない」
「魔石は、魔導石の魔力が無くなった時の予備になっている」
「ダンジョン産の物とも違うし、どこで手に入れたんだね?」
『あれ、これって、不味かった? ここは惚けよう』
「えーと、これの仕入れ先は秘密なんですよ」
「あれ、その鞄ニコル君が作ったんだよね」
『あっ、言っちゃったよ』エミリさんは、今回察してくれなかった。
「ニコル君、魔道具まで作れるのかい? 信じられん性能だが、あんな魔法鞄まで」
「はい」
「君は凄いな。魔道具なら、私の経営する《魔道具工房》で売れるよ。資格もちゃんと持っている」
「え、本当ですか?」
「君さえ良ければ、私のところに商品を卸さないか? だけど、商品の性能は一つずつ確認させて貰うよ」
思わぬところで、《亜空間収納》に眠る魔道具の卸し先が現れた。
しかし、エミリさんとユミナさんには悪いが、貴族と関わりを持つのはダンジョンから帰るまでと考えていた。
お抱え行商人として、貴族街を訪れるつもりも無かった。
「お言葉は有難いのですが、お断りします。自分で資格を取って、販売するつもりなので」
「うっ、そうなのかい? まさか、断られるとは思わなかったよ。考え直してくれないかい?」
僕は、黙った。考えても、答えは変わらない。
そんな僕を見かねて、ユミナさんがグルジット伯爵を諭してくれた。
「お父様。ニコル君に、無理強いをしないでください。ダンジョンの事まで、断られてしまいます」
「そうよ、マイク君。性急過ぎると、相手は引いてしまうものよ。機を見てから、また誘いましょ」
『おっ、婦人の援護も入った。これなら、折れるかな?』
「ううっ、分かったよ。今回は、諦める」
「振られたな、マイク。元気出せ」
「うるさい。グレンだって、『仕えろ』なんて言って、有耶無耶になっただろ」
「うっ、それは」
ラングレイ伯爵が、こっちを見た。
「なあ、ニコル。私に仕えないか?」
「お断りします」
「ほら、お前も断られた」
「ぐぬぬっ」
この後、日程の話しや往復の足の話しをした。
《転移魔法》の事は内緒にしたので、馬車は僕が手配すると言ったら、その分のお金が貰える事になった。
それとは別に、エミリさんとユミナさんからのリクエストで、ダンジョンで使えるウエストポーチ型の魔法鞄の発注を受けた。
これは、販売資格の無い僕が、グルジット伯爵に卸すという形にして貰った。
その他の細かい事は、出発までに詰める事になった。
夕食に誘われたが、村人の僕は貴族様と食卓を囲うなんて、恐れ多くて断ってしまった。
◇
今は、貴族街の門の外にいる。
エミリさんとユミナさんに馬車で送って貰って、別れたところだ。
「あーあ、今日は疲れたよ。シロンは今日、大人しかったな」
「貴族の屋敷は、緊張するニャ」
「なんだ。お前も、大変だったんだな」
「ご主人ほどじゃ無いニャ。お疲れ様ニャ」
「ありがとう。借家に帰ったら、撫でてやるよ」
「嬉しいニャ」
そんな他愛の無い話しをして、借家へ転移で帰った。
夕食の後、約束通りシロンを気の済むまで撫でてやった。
魔石は、魔物から獲れる魔力の電池。
魔導石は、錬金術で作る魔力の充電池という設定です。
この他に魔結晶石があり、ダンジョンで採れる魔力を含んだ石です。
魔石と同じで、魔力の電池という扱いです。
 




