第三十六話 ニコル君ご家族と家族になろう作戦⑥
サーシアの『結婚するなら《パパ》みたいな人』という告白は、父親として嬉しい。
その反面ギャリング殿下の怒りの矛先は僕に向けられ、実に困った展開になった。
まあサーシアに向けられるよりかは、全然マシだけど。
「勝負だ、ニコルッ!」
「えっ、勝負って、どういう事ですか?!」
「俺様はこの世で《負ける》事が何より嫌いだ。俺様が貴様より優れているところを、貴様の娘に見せつけてやるっ!」
ギャリング殿下は、面倒な言い掛かりをつけてきた。
勝負を受け、僕が勝ったら勝ったで禍根を残し、負けたら負けたでサーシアをよこせと言い兼ねない。
さて、どうする?
「お待ちください殿下。幼い娘が『大きくなったら、パパと結婚するー!』という光景は、どこの家庭でもごく普通に見受けられますわ。気になさらずともよしいのでは?」
返事に困っていると、ソフィア婦人がギャリング殿下を諌めてくれた。
「この娘、一年も待たず《成人》するのだろう。ソフィア婦人が言う程幼くはないっ!」
「そうですわね。ただサーシアちゃんの場合、《恋愛観》が幼いままなのかもしれませんわ」
「この容姿でか?」
そう言うと、ギャリング殿下はサーシアをマジマジと見定めた。
確かにサーシアは、見た目だけなら充分大人で通用する。
「もうっ、人をジロジロ見ないでくださいっ!!」
サーシアはギャリング殿下の視線が不快だったのか、はっきり苦情を言ってしまう。
「良いですか? 私の役目ですから、簡単に料理の説明をしますよっ!」
「気の強い娘だ。申してみろ」
「こっちが《タラ》の卵巣を塩漬けした《タラコ》をベースにソースにしたパスタで、こっちが《イカ》の身を具材にして内臓の《イカスミ》をベースにソースにしたパスタですっ!」
「ふむ。タラもイカも我が国で流通しているが、どちらも干物か冷凍だ。内臓の類は除去されている。フィリップ、タラコやイカスミを知っていたか?」
「いえ、存じ上げません」
フィリップさんは首を振り答えた。
保存方法や流通が遅れているこの世界では、二人が知らないのも無理もない。
タラやイカは、エステリア王国・アルシオン王国より北の海へ行かないと取れないのだ。
僕はその海へ行って捕まえ、締めた後《亜空間収納》に保存している。
それらが出回っているのも、エシャット村の中だけなのだ。
『トンッ、トンッ!』
「ユミナ様がおいでになられました」
とそのとき、部屋の外から声が掛かった。
「おおっ、やっと参ったか。直ぐに入ってくれっ!」
ギャリング殿下の関心は、サーシアから扉の外に移った。
その表情は高揚感に溢れている。
そして扉が開けられると、そこには《眩いドレス姿》のユミナが立っていた。
「おおっ、おおっ、おおっ、美しいっ!!」
ギャリング殿下は立ち上がり、ユミナの下へ歩み寄った。
ユミナも部屋の中へ進むと、ギャリング殿下の前で立ち止まった。
「大変お待たせ致しました。ユミナ・エステリアでございます」
「ギャリング・アルシオンだ。話しには聞いていたが、ユミナ殿下は正に《女神》の様な美しさだっ!」
「女神だなんて、とんでもございません。それより、私が調理したパスタの味は如何でしたか?」
「ああ、美味かった。ボロネーゼパスタと言ったか、あれは絶品だっ!」
「ありがとうございます。ではタラコクリームパスタとイカスミパスタは如何でしたか?」
「あっ、いやまだ」
「三皿は多過ぎましたでしょうか?」
「この体躯だ、余裕で食える!」
「それでしたら、《ご用件》を伺う前にお食事を済まされては如何でしょう?」
「そっ、そうだな。ユミナ殿下、悪いがソファーに腰掛けて待っていてくれ」
「はい」
ギャリング殿下はテーブルに戻り、ソファーに座った。
そして、二皿のパスタを交互に見つめた。
「どうされました?」
なかなかパスタに手をつけないギャリング殿下に、対面に座ったユミナが尋ねた。
「いや、よし食うぞ!」
『ハムッ!』
意を決し、ギャリング殿下はタラコクリームパスタを口に運んだ。
「・・・・・・美味い。魚卵の旨味と塩気にクリームのコク。それにプチプチとした食感が面白い!」
「気に入ってくださって嬉しいです」
『ニコッ!』
「うっ!『美しい』」
『ハムッ、ハムッ、ハムッ・・・・・・!』
「美味かった!」
ギャリング殿下はものの数十秒で、タラコクリームパスタをたいらげた。
「イカスミパスタも美味しいですから、ぜひ召し上がってください」
「うっ、うむ『ドブ底の様な色をしているが、大丈夫なのだろうか?』」
ギャリング殿下は恐る恐るイカスミパスタを口に運ぶ。
『ハムッ!』
「・・・・・・なっ、何だこの美味さは。タラコクリームパスタとはまた違った海の香りに濃厚な旨味とコク。そしてほのかな苦味に加えイカの身の甘さ。見た目に反し、まさに絶品っ!」
「うふふっ!」
ユミナはギャリング殿下の反応に笑ってみせた。
「そうでしょ、そうでしょ!」
サーシアも腕組みをし、得意げな顔をしてみせた。
◇
ギャリング殿下はイカスミパスタを食べ終えグラスのワインを飲み干すと、口元をテーブルナプキンで拭った。
「ユミナ殿下!」
「はい」
「三品のパスタ、どれも美味かった。ここまでの腕前とは正直思っていなかった。感謝する!」
「とんでもございません」
「それで、どうだろうか?」
「何がでしょう?」
「またパスタを作ってもらえんだろうか? 我が国で《俺様の嫁》として」
「えっ!」
「実は用件とは、ユミナ殿下の噂を聞き《俺様を惚れさせる程の女性》なら、求婚しようと思い来たのだ。そして俺様の心は一目で奪われたっ!」
「・・・・・・!」
「どうだろうか?」
「・・・・・・申し訳ございません。お断りします!」
「何故だ?!!」
「私には《好きな男性》がいます」
「好いてる男だと? そいつは誰だ?!!」
『クルリッ! ジッ!』
『ドキッ!』
振り向いたユミナと視線が合った。
そしてユミナは立ち上がり、僕の方へ体を向けた。
「ニコル君、好きですっ!! 大好きですっ!!」
「「「「なっ(えっ)!!」」」」
この場にいたギャリング殿下・フィリップ氏・サーシア、そして僕から驚きの声が漏れた。
ソフィア婦人は微笑んでいる様だが。
「ニーコールーッ、また貴様かーーーっ!!!」
『トホホホホッ!』
さあこのピンチ、どう脱すれば良い?




