第三十五話 ニコル君ご家族と家族になろう作戦⑤
ソフィア様に付き従う形で、僕は屋敷の前でギャリング王太子を待った。
「ソフィア婦人。こちらがアルシオン王国王太子、ギャリング殿下でございます」
「お初にお目に掛かります、ギャリング王太子殿下。私はユミナの母で、ソフィア・グルジットと申します」
「ほう、これは美しい。ユミナ殿下の『姉』と言っても信じるぞ!」
「お褒めにあずかり、光栄にございます」
「うむ。ところで、ユミナ殿下は屋敷におるのだな?」
「はい。只今お料理の先生に《新作料理》を習ってるところです。ユミナは料理をするのが大変好きで、久方振りのこの機会を心より待ち侘びてました。ですから門兵には『ユミナへの来客があっても、留守だと言うように』と、私から指示をしておりました」
「そうであったか。だがエステリア王国では、王族が使用人の真似事をするのか?」
「いえ、あの娘だけだと思います」
「そうか。・・・・・・ふむ、折角だ。その新作料理とやらを馳走してもらえんだろうか?」
「えっ! 新作料理とはいえ、ただのパスタなのですが宜しいのでしょうか?」
「構わん。ユミナ殿下がどの様なものに興味を持っているか知りたいのだ。できればユミナ殿下の手作りが良い。豪勢な料理でもてなす必要などないぞ」
「畏まりました。では、屋敷の中へどうぞ。控室へご案内致しますわ!」
「うむ」
『チラッ!』
ソフィア様とギャリング殿下、そして付き人のフィリップ氏を玄関脇で見送っていると、ギャリング殿下が僕を見て足を止めた。
「貴様は?」
「ソフィア様の護衛を務めるニコルと申します」
「婦人の護衛? 他の兵士とは違うな。俺様を前に怖気づく様子が微塵も感じられん」
「いえ、大変緊張しております」
「緊張? それも感じぬ。貴様、相当な手練れだろう?」
「いえ」
「謙遜するな。この国へ来て幾人もの貴族や騎士・兵士を見てきたが、貴様が一番肝が据わっておる」
「ギャリング殿下、どうかなさいましたか?」
ギャリング殿下がついて来てない事に気付き、ソフィア婦人が戻って来た。
「面白そうな男を見つけたのでな。つい足を止めてしまった。失礼した。ぐわーはっはっ!」
「そうですか」
この後ギャリング殿下を最上の控室に案内すると、ソフィア様は僕を置いてユミナのいる厨房へ行ってしまった。
『なぜ置いて行く?!』と、僕は心の中でぼやいた。
◇
「ニコル」
「何でしょうギャリング殿下」
「剣は得意か?」
「少しは」
「なら俺様が、後で手合わせしてやる!」
「結構です」
「何故だ?!」
「痛いのは嫌なので」
「本心とも思えぬが、加減はしてやる!」
「それでも結構です」
「ちょっと待ってください。ギャリング殿下、まさか彼を引き抜こうとしてませんよね?!」
「そのつもりだが」
「他国の貴族家に来てまで、勧誘は止めてください!」
困っている僕を見かねてか、フィリップ氏がギャリング殿下を諌めてくれた。
「何を抜かす。こやつは逸材やもしれぬのだぞ!」
「それなら尚更です。グルジット伯爵家に仕える彼の引き抜きは、エステリア王国やユミナ殿下の心象を悪くいたしますよ!」
「・・・・・・ふん、残念だが今回は諦めるとしよう」
「納得していただけて何よりです」
一先ず、僕の勧誘は諦めた様だ。
「ところでニコルよ。ユミナ殿下と面識はあるのか?」
「はい、ございます」
「では貴様から見て、《女の魅力》は如何ほどだ?」
「おっ、女の魅力?!」
『ニヤッ!』
「動揺したな。俺様を前に涼しい顔をしている貴様が」
『コホンッ!』
「不敬になりますので、お答えできません」
「がーはっはっ! 隠すな隠すな。貴様の態度で分かる。増々期待が高まったわっ!」
「私は何も申してませんよ」
今の会話で、ギャリング殿下がこの国に来た目的が分かった気がした。
そして、ソフィア様が言っていた『ユミナの危機』という言葉につながった。
◇
約二時間後
『コンッ、コンッ!』
「大変お待たせ致しました。ご所望のお食事をお持ちしました」
「おお、待っていたぞ。入れ!」
「失礼致します」
僕がギャリング殿下との会話にほとほと疲れていた頃、ソフィア様と給仕係がやっとやって来た。
正直助かったが、一つ気掛かりな事がある。
その後ろにはサーシアがいたのだ。
「ユミナは着替えておりますので、お食事が終わる頃参ります」
「そうか」
期待が外れたのか、ギャリング殿下は残念そうな表情を浮かべた。
そして、給仕係達がテーブルに料理と飲み物を並べていく。
パスタは当初予定していたボロネーゼパスタに、タラコクリームパスタとイカスミパスタを追加した。
これらは『折角王都まで行くんだから、品数を増やそう』と、僕が提案したのだ。
この世界でのタラコやイカの調達は難しいが、前世の日本で僕が好んで食べていたものをチョイスした。
そしてミーリアとサーシアは《料理》スキルを持ってるお陰で、割と直ぐに作れる様になった。
「今日ユミナが教わった新作パスタ三種類をご用意させていただきました。ユミナの手作りです!」
「ふむ、どれも俺様が知るものとは違うな。これは一見ミートソースパスタに似ているが色みが違う。どれっ!」
ギャリング殿下はフォークを掴みボロネーゼパスタを口に運ぶと、驚きの表情を浮かべガツガツと食べ始めた。
「美味い、美味いぞっ! ミートソースより肉の旨味がありソースに深いコクがある。正に俺様好みの味だ。思わず一気に平らげてしまったわっ!」
「ボロネーゼパスタはお気に召された様ですね。お腹に余裕がお有りでしたら、他の二皿も如何ですか?」
「うむ。腹に余裕は有るのだが、どうもこの薄ピンクとドス黒いソースに食欲がそそられん。特にこのドス黒いソースはな」
ギャリング殿下は二つの皿を交互に見て、顔をしかめた。
「ギャリング殿下、色だけで判断されては損をしますわよ。先程試食をしましたが、どちらも大変美味しくいただけましたわ!」
「信じられん」
「サーシアちゃん、料理について説明をしてさしあげて」
「あっ、はい!」
どうやらサーシアは、料理の説明をする為連れてこられたらしい。
「この娘は?」
「今回の料理の先生でございます」
「ほう。娘、歳はいくつだ?」
「十四歳です」
「若いな。だが十四で料理を教えるとは、大した才能だ!」
「そうですか?」
「ああ。それにその容姿、将来が実に楽しみだ。名はサーシアと言ったな?」
「はい」
「我が王家で《料理人》として使えよ。順調に美しく育てば、将来俺様の《側室》として娶ってやる!」
「「「なっ!!」」」
ギャリング殿下の突然の申し出に、僕、ソフィア様、モリス氏から驚きの声が漏れる。
この時僕は、この状況をどう切り抜けるか考えを巡らせた。
「お断りします!」
だがサーシアは焦る様子も無く、冷静に返答した。
「何故だ?! 俺様はアルシオン王国の《英雄》にして、《次期国王》なのだぞ。それになかなかの《男前》であろう。何処に不満がある?!」
「私、結婚するなら《パパ》みたいな人って決めてるんです!」
「パパだと? そいつは今何処にいる?!」
そう言われ、サーシアは僕を指さした。
するとギャリング殿下の視線は、僕に向けられた。
「きっ、貴様が父親かっ?!」
「はぁ」
「ぐぬぬっ! 確かに貴様は男前だ。だからモテるだろうよ。だが俺様がこうもハッキリ振られるとはなっ!」
どうやらサーシアは、ギャリング殿下のプライドを傷付けてしまった様だ。
さてこの後、一体どうなる事やら。




