第四十六話 戦争回避とその報告
僕はダニエル商会本店を後にし、平民街へ向かって歩いた。
「まっ、くよくよしても、しょうがない」
ダニエル商会と縁を切る事で、僕の収入源は《激減》する事になった。
「王都の貴族相手に、二年以上儲けさせて貰ったんだから、良しとしよう」
この二年で、僕の懐には驚く程お金が貯まった。
王都に来てダニエル商会を紹介して貰えたのは、本当にラッキーだった。
露店だけでは、こんなに稼ぐ事はできなかった。
「本当に、ありがとうございました」
僕は改めて、ダニエルさんとメゾネフさんと、紹介してくれた商業ギルドの副ギルド長に感謝した。
これからの主な収入源は、ノーステリア大公爵領の鍛冶屋で売る《鋼のインゴット》だけである。
商業ギルドで売る《塩》と《御食事処やまと》で卸す《一味唐辛子》も収入源ではあるが、その額は鋼のインゴットに比べると多くなかった。
エシャット村でもスーパーにいろいろ卸してるが、利益は村の農産物を大量に買い取って大半が消えてしまう。
それらは売らないと、お金にならないのである。
今のところ諸事情により、《亜空間収納》の肥やしになっている。
「もう遅いし、お茶はしていけないな」
平民街に戻ると、いつもの喫茶店でインスタントコーヒーだけ買って、二人が待つ《亜空間農場》へ帰った。
◇
夕飯を食べながら、今日の出来事を二人に話した。
「そのおやじ、ムカつくニャ!」
『同感です!』
「貴族って、やっぱり信用ならないな」
『その貴族に、勇者達と同じリングをつければ良かったんじゃないですか?』
「《悪事矯正リング》か? それも考えたけど、変装してなかったからな」
『そうですか』
貴族を威圧しといて今更だが、正体を晒してのリングの使用は、リスクになると感じた。
「ご主人。これから、どうするニャ?」
「お金は充分貯まったから、のんびりするかな」
「それがいいニャ」
『私は、もっと旅を続けたいです』
「そうだな。のんびり旅をするか」
翌日以降、僕達は馬車でのんびり仕入れの旅を続けた。
◇
九月下旬、《ノースブルム大峡谷の砦》から程近い《ガーランド帝国軍の砦》に異変があった。
各領地から集まった兵士達が、帰り始めたのだ。
僕は帝都へ行き、アレンさんにその事を伝えた。
「勇者達が参戦できず、一週間前正式に撤退を決めた」
「良かったですね」
「まーな。それと、勇者達を手玉に取った俺達の強さが、決定打になった」
「へー」
「これで、お役御免だ」
「お疲れ様です」
「国も余計な戦力を減らさずに済んで、一安心だ。来年の《魔王襲来》に、備えないとな」
「魔王ですか?」
「ああ。何でも魔物が地上に溢れて、幾つもの街を滅ぼすらしいぞ」
「それは大変ですね」
実はその事を、僕は知っていた。
魔王は超巨大な魔素の集まりを超圧縮し、制御が危ういまま《魔界ゲート》を通ってこちらに来る。
こちらの世界で漏れた濃縮魔素からは、容易に魔物が生まれるそうだ。
魔王達に余計な物を持って来るなと言いたいが、それで恩恵を受けてる人もいた。
「ニコル。何か様子が変だな」
僕がいろいろ考えていると、アレンさんがそれに気付いた。
「そうですか?」
「ふっ、まあいい。言えない事も、あるよな」
《第六感》スキルに、ほとほと感心する。
しかし、魔王がダンジョンにいる事は、口にしなかった。
余計な争いになっても、困るからだ。
僕の心配をよそに、『ひょっとして、アレンさんはもう知ってるんじゃないか?』なんて、思ったりもする。
「それじゃ、アレンさん。お元気で。僕はもう、ここへは来ません」
「ああ。俺も、何日かしたら帰る」
僕達は固い握手を交わし、別れた。
◇
学園の夏休みは既に終り、週休みの日にグルジット邸を訪れた。
「ニコル君。無事で安心しました」
「心配掛けたね」
「本当に、ありがとうございます。お陰で、《戦争の未来》は消えました」
「どういたしまして」
僕は謙遜する事なく、素直に感謝を受け入れた。
「ニコル君に、何をお礼すればいいですか? 何でも言ってく下さい」
「いいよ、お礼なんて。ユミナが、笑顔でいてくれれば」
「でも」
本当に、それでいいと思った。
「ユミナ」
「何ですか?」
「結婚の事だけど、まだ気持ちは変わらない?」
「はい!」
ユミナは真剣な眼差しで、返事を返した。
「正直僕達は、二年前の夏休みの時しかお互いを知らない」
「はい」
「今度、エシャット村に来ないか? 以前話した幼馴染みの事も含めて、もっとお互いを知る必要があると思うんだ」
「行きます!」
「それと、僕は貴族社会と関わる気は無い。結婚するなら、エシャット村に住む覚悟が必要だよ」
「はい!」
「それじゃ、何時にしようか?」
「学園が十二月で卒業なので、一月はどうですか?」
「そうだね。それなら、十二月の下旬に打ち合わせに来るよ」
「はい! 待ってます」
帰ろうとした時、ある事を思い出した。
「そうだ。一つ、言っておく事がある」
「何ですか?」
「実は最近、王城に呼ばれて宰相様と揉めた」
「えっ!」
「理不尽な事するから、《威圧》スキルで脅してしまった」
「・・・」
「その結果、ダニエル商会に迷惑を掛けたくないから、取り引きを止めたんだ」
「ニコル君・・・」
ユミナは、僕を心配しているようだった。
「だから、僕とユミナの事が宰相様に知られると、グルジット伯爵家に迷惑が掛かるかもしれない」
「ニコル君。お父様とお母様なら、きっと大丈夫です!」
「そっ、そうなんだ。それじゃ、また来るよ」
ユミナの決心を確認しすると、苦手な両親が現れる前にお暇した。




