第十話 王都、失踪事件
茶髪のカツラと伊達メガネを身に着け、僕は王都のダニエル商会に来ていた。
「ニコルさん。ガラスの鏡が、既に売り切れてしまいました」
「早速ですか」
「ダニエルオーナーが、贔屓にしていただいている貴族様を伺ったところ、どのお屋敷でも奥様やお嬢様の評判が大変良かったそうです」
「そうですか」
「貴族の方々は、美に関して熱心でいらっしゃいますから」
「確かに貴族のイメージは、美男美女ですよね。性格は、分かりませんが」
貴族には横柄なイメージがあるので、つい余計な事を言ってしまった。
「そう言えば、ニコルさんはラングレイ伯爵家と懇意でしたな」
「ちょっとした事で知り合いましたが、前回の呼び出し以来、疎遠になってます」
「そうですか。勿体無いですね」
「いえいえ。一介の行商人の身分で、貴族と直接商売をするなんて、気苦労が大き過ぎます」
「ははっ、ニコルさんらしいですな。それで、いつもの事ながら、お願いがあるのですが」
「えーと、何でしょうか?」
用件は分かっていたが、惚けてみた。
「分かってらっしゃる癖に、意地が悪いですね。納品の数ですよ。もう少し、何とかなりませんか?」
「やっぱり、そうですよね」
「数も少ないので店先では宣伝してないのですが、評判を聞き付け問い合わせと予約が既に入ってるんですよ」
「そうですか。それでは次回来る時、多めにお持ちできるよう努力します」
「ええ。是非、宜しくお願いします」
この後、いつものように商品を卸し大金を受け取ると、メゾネフさんが深刻な顔で忠告してきた。
「それから、ニコルさん。最近王都が物騒なので、気を付けてください」
「物騒? 何があったんですか?」
「実は子供の失踪を、よく耳にするんです」
僕は一ヶ月前に、子爵家嫡男の嫉妬心から、拉致されたばかりである。
しかし、この事はメゾネフさんに伝えてない。
「子供の失踪ですか? 成人はどうなんです?」
「今のところ、子供だけですね」
「そうですか」
子供だけという事だが、用心に越した事はない。
しかし、本当の意味で僕を誘拐できる奴なんて、そうはいない筈である。
「ご忠告、ありがとうございます。それでは、失礼します」
僕はメゾネフさんに暇を告げ、ダニエル商会を後にした。
◇
いつもと変わらない街並みを見ながら、喫茶店に向かって繁華街を歩いた。
「誘拐事件か。物騒だな」
一見平和そうに見える王都でも、僕以外に誘拐に会う人がいる事を知って、思わず口から漏れてしまった。
「たすけてー! だれか、たすけてー!」
そこに、《ご都合主義》かと思うようなタイミングで、微かな叫び声が聞こえてきた。
街の喧騒に掻き消され、僕以外には聞こえていないようだ。
「んぐぐっ、んぐっ!」
そして、その小さな声は呻き声に変わった。
どうやら、口を塞がれてしまったようだ。
その呻き声を追い掛けると、人通りの少ない路地に辿り着いた。
しかし、その呻き声は、突然途切れてしまった。
「さっきのは、子供の悲鳴だよな。誘拐か?」
そのまま路地を走って行くと、繁華街の裏通りに辿り着き、男が大袋を肩に乗せ馬車に乗り込んで行く姿を見付けた。
「あの袋の中身、怪しいな」
このまま放っておく訳にもいかず、馬車を追跡した。
◇
暫く追跡すると、馬車は貴族街に入っていった。
「よりによって、貴族街か。面倒だな」
僕はそう言いながらも、《転移魔法》で貴族街に侵入した。
そして、引き続き馬車を追跡すると、どこぞの貴族の屋敷の敷地に入っていった。
《検索ツール》の地図で確認すると、僕は以前この場所に来ていた。
地図にはしっかりと、マーキングがされていた。
「嘘だろ!」
そこは、僕が拉致されて連れて来られた、子爵家の屋敷だった。
以前来た時は、頭に袋を被せられていたが、ちゃっかり地図で場所は把握していた。
「取り敢えず、緊急事態だ。不法侵入だが、入るしかないな」
僕は《転移魔法》で敷地に侵入し、馬車を追跡した。
その間に、身バレしないよう《変装魔法》で姿を変えた。
馬車は例の如く屋敷の裏口にまわり、大袋が男に担がれ中に運び込まれた。
その瞬間袋を鑑定してみたが、中身はやはり子供だった。
「さて、どうしたものか?」
取り敢えず現状を把握する為、《検索ツール》の地図で屋敷を探ってみた。
「十人か。随分いるな。この一ヶ月の間に、よくやるよ」
屋敷を調査した結果、誘拐されたのは地下牢にいる男の子五人と女の子五人のようだ。
誘拐の実行犯は地下から出て行くようだが、見張りが二人いる。
「アルフォードは酷い奴だったが、親譲りなんだろうな」
これ程の規模となると、まだ学生であるアルフォードがやったとは考えられない。
黒幕は、父親の子爵の可能性が高い。
「犯人を突き止めるのは、後回しだ。取り敢えず、子供の救出が先だな」
僕はこの後、子供達を救出をする為、屋敷に侵入する事になる。




