第九話 エシャット村発展の停滞期
エシャット村の発展は、停滞していた。
それは、今まで進めていた工房の立ち上げや新しい取り組みを、僕が保留にしているせいである。
個人的には喫茶店や飲食店や酒場を建てたり、錬金術で作って供給している商品を職業として立ち上げたいと思っている。
しかし、村の人口が少ないので、需要と供給とか人材に難があり実現に至ってない。
そんな訳で、最近時間に余裕が出てきた。
僕は折角できた時間を利用して、スーパーのお惣菜に《ポテトコロッケ》を増やしたり、今後の為に《フルーツショートケーキ》を手作りしてみた。
また、久しぶりに隣街で、露店を開きに行くようにもなった。
パン工房の方は順調で、白パンは村で普通に食べられるようになった。
一方、養鶏場の方は、軌道に乗せるのが難しかった。
ケイコの子供達が育ち、三日に一個のペースで《無精卵》のたまごを産むようになった。
これは、僕にテイムされた事により、ケイコやその子供に何らかの影響を与えているに違いない。
ケイコの子供以外の野鶏も産卵期に入り、こちらは有精卵のたまごを産んでいた。
こちらの方は、孵化を試みている。
残酷なようだが、産卵期の春が過ぎてたまごを産まなくなったら、親子で処分(食肉)を考えなければいけない。
それは、ケイコの子供にも言える事で、ぜひ夏以降もたまごを産んで貰いたい。
気持ちが沈んでしまうが、僕達が生きる為には誰かがやらなければならなかった。
その事を、ダリルさんとエレンに伝えた。
「ああ、大丈夫だ。それくらい、覚悟している」
「僕も、手伝う!」
「悪いなエレン。嫌な役割りを、押し付けて」
「僕はもう、一人前だよ。大丈夫だって!」
「エレンは、偉いな。それじゃ、褒美にこれをあげよう」
そう言って、魔法袋から紙製の箱を取り出し、エレンに差し出した。
「ありがとう。開けてもいい?」
「ああ、いいぞ」
エレンは箱の蓋を開けると、満面の笑みを浮かべた。
「わー、ケーキだー! それに、凄く大きいよ!」
箱の中身は、ホールのフルーツショートケーキだった。
「ニコル。こんな高価な物、貰っていいのか?」
「いいんですよ。家族で食べて下さい」
休みの取りにくい仕事なので、これくらい振る舞ってもいいと思ったのだ。
◇
僕は養鶏場を後にし、服飾工房に顔を出した。
「こんにちは」
「あっ、ニコルちゃん!」
「いらっしゃい」
ミーリアとアリアおばさんが、笑顔で迎えてくれた。
「仕事は順調?」
「うん。忙しいけど、大丈夫。楽しいよ」
エシャット村では、服飾工房の服で着飾って、プラーク街の《日帰り旅行》が流行っていた。
服に合わせた履物や鞄も、錬金術で作ってスーパーに並べられている。
「男性用の服のデザインと型紙が手に入ったから、渡しておくよ」
今までは、女性用の物しか無かった。
服飾工房は、ミーリアの趣味に合わせて作ったようなものだからしょうがない。
最近、村の男性陣からの要望もあり、追加したのだ。
型紙なんかは錬金術で作ったのだが、もし聞かれたら隣街で手に入れた事にするつもりだ。
「手に入ったんだね」
「まあな」
「このデザイン、格好いいね。ニコルちゃんに、作ってあげる」
「ありがとう。そのお礼って訳じゃないけど、これあげるよ」
再びフルーツショートケーキの入った箱を取り出し、ミーリアに差し出した。
「わー、なにー?」
ミーリアは、ワクワクしながら箱の蓋を開けた。
「すごーい、綺麗!」
ミーリアも、満面の笑みで喜んでくれた。
「新作のケーキだ。ミーリア、ケーキ好きだろ」
「うん。ありがとう、ニコルちゃん!」
ミーリアはお礼を言うと、僕に抱き付いてきた。
「二人は、本当に仲が良いのね」
それを見て、アリアおばさんが冷やかしてきた。
「だって、将来結婚するんだもん!」
それに対して、ミーリアは当然のように言い切った。
「ははっ」
僕は、笑うしかなかった。
「楽しみに、待ってるわよ」
すると、アリアおばさんの公認を貰ってしまった。
この後、男性用の服の生地やその他の材料を置いてお暇した。
◇
数日後。
「ニコルっち、聞いたわよ。新しいケーキを、作ったんだって!」
「ミーリアに、聞いたのか?」
「そうよ!」
「それで?」
「私も、新作ケーキが食べたい!」
「ウェンディには、あげないぞ」
「何でよー!」
「マルコさんの試作品を、何個も食べただろ」
「あれは、あれ! これは、これよ!」
「お前なー、勝手過ぎるぞ」
「ぶー!」
「その内スーパーで売るから、待ってろ」
「だったら、早くしてよ!」
「ああ、分かった」
数日後、スーパーにフルーツショートケーキが並ぶ事になった。
「これ、美味しいね!」
ウェンディは早速フルーツショートケーキを買って、スーパーで皿とフォークを用意して貰い食べていた。
フルーツのツヤ出しに使う《ナパージュ》を用意すれば、苺のショートケーキと作り方が一緒なので、パン工房で作ってもいいかなと思っている。
しかし、何かと理由を付けて食べたがる、ウェンディの事が心配であった。




