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平民侍女は引きこもり令嬢を更生させたい  作者: いとまる。
屋敷編
7/39

冬は厳しいですよ




「……今、なんとおっしゃいましたか?」


窓の外は雪で白く覆われていて、鋭く刺すようなその冷たさが部屋の中にまで侵食してきたかのような錯覚を覚える。

当主様の呼び出しから戻ってきたアリア様が口にした言葉は、それほどまでに衝撃的だった。


「だから、結婚すると言ったの。来月にはハーヴェンド侯爵家に移り住むようになるわ。セレナは連れて行けない可能性が高いから今のうちに次の仕事を探しておきなさい。」

「なっっ!!結婚なんて、ハーヴェンド侯爵にご子息はいなかったはずです!……まさか、ハーヴェンド家当主のガルカ様ですか!?」


アリア様は窓から見える景色をぼんやりと眺めながら静かに頷く。

なんてことだ。よりにもよって加虐趣味があると有名なハーヴェンド侯爵に嫁ぐだなんて。

いくら妻を迎えてもすぐ独身に戻るあの方の冷酷非道さは私が住んでいた街でも有名だった。

ハーヴェンド侯爵の妻が亡くなるのは病気が原因だと言われていたが、その真相は違うだろう。

そんな人物に自分の娘を嫁がせるだなんて、いよいよセレンディア家当主はどうかしている。


「もう決まったことなの。一週間後にはハーヴェンド侯爵との顔合わせがあるから、その時に着るドレスを用意しておいてちょうだい。」


すべてを諦めたようなアリア様の態度に憤りを感じる。

そんな簡単に受け入れてもいいようなことじゃないだろう。


「……セレナ?」


返事をしない私に痺れを切らし、アリア様がこちらを振り向く。

その表情がどうしようもなく悲しみに包まれているように見えて、私は居ても立ってもいられず部屋を飛び出した。




目の前にある高級感の溢れる大きな扉を見据えた。

アリア様の部屋を飛び出して向かった先は、セレンディア家当主であるダグラス様の執務室だ。


コンコン、コンコン


「当主様、セレナ・レーゼです。アリア様についてお話がございます。」

「………侍女ごときの話を聞く時間はない。早々にその場から立ち去れ。」


すんなり話を聞いてもらえるとは思っていなかったが、ここまで門前払いにされるとは。


「アリア様のご婚約についてです。どうか一度お話をお聞きください。」

「…………。入れ。」


許しを得て執務室の中へ足を踏み入れると、広い部屋の奥に当主様は座っていた。

黄金色の髪を後ろに撫で付け、金色の瞳でこちらを睨みつけるその迫力に思わず後ずさってしまいそうになる。

なんとか踏みとどまって当主様の机の前まで進むと、声が震えないように慎重に言葉を発する。


「アリア様のお相手はハーヴェンド侯爵様だとお聞きしましたが、それは事実でしょうか。」

「ああ、そうだが。」

「……ッッ!!…ハーヴェンド侯爵様の噂は有名です。今回のご婚約はそれを把握した上でのご決断なのですか?」


どうでもよさそうに答える姿に、怒りで手が震えそうになるのを必死に抑える。


「何事かと思えばそんなことか。ハーヴェンド侯爵に加虐趣味があることは知っている。だが、あれも一応はセレンディアの一族なのだ。運が良ければ嫁いだ後もしばらくは生きられるだろう。」


その言葉を聞いて、一瞬目の前が真っ暗になった。

この人はなにを言っているのだろうか。

自分の娘がどんな目に遭うのかを分かっていながら、それにも興味が無いと言うのか。


「………当主様は、アリア様をどう思っておられるのですか。」

「あれは我が一族の汚点だ。15年間も待ってやったが、結局魔法の一つも扱えない。使い道が無く困っていたところをハーヴェンド家が受け入れてくれるというのだ。喜ばしいことだろう。」


……私は勘違いをしていた。

アリア様が15の誕生日を迎えるまでは普通に暮らせていたのは、ほんの少しでも親からの愛があったからだと思っていた。

違った。目の前にいるこの人間には愛なんて感情はない。

自分の子供であっても利用価値があるかどうかでしか見ていないのだ。


「話はこれで終わりか?ならばすぐに出ていくがいい。お前にはあれが嫁ぐまではその世話をしてもらわねばならんからな。」


当主様は呆然と立ち尽くす私を一瞥した後、手元の資料に視線を落とした。


「……失礼します。」




執務室を出て長い廊下を重い足取りで歩く。

アリア様のお力になりたいと思っていながら、私は何一つ理解していなかった。

15年間、あの方はどれだけ辛い思いをしてきたのだろう。

胸がぐっと締め付けられ、息もできないほどに苦しい。

アリア様はとても優しくて聡明なお方だ。幸せになるべき人だ。

なのに、なぜこうも神は苦難ばかりを与えるのか。


突然部屋を飛び出した私をアリア様は心配しているだろう。

急ぎ足で部屋へと向かいながら、その心は言いようのない不安感に包まれていた。


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