ピクニックは楽しいですよ
カーテンを開き、眩しい朝日の光に目を細める。
昨日までのどす黒い雲はどこへやら、空に広がるのは一面の青空と所々に浮かぶ真っ白な雲。
まさに絶好のピクニック日和である。
誰もが待ち望んでいたであろう十日ぶりの晴天に、自然と心も浮き立ってしまう。
昨夜の雨でぬかるんだ地面も昼には乾くだろう。
「…セレナ、眩しいからカーテン閉めて。」
「…………。」
訂正、晴天を望まぬ方がここに一人いた。
布団を頭まで被りながら迷惑そうに苦言を放つ主人に思わず溜息をつく。
「アリア様、おはようございます。朝食は既に用意しておりますので先に身支度を整えましょう。私もお手伝い致しますので早く起きてください。」
「うー、なんで今日はそんなにやる気満々なのよ…。」
嫌々ながらに起床したアリア様は身支度を終えて、現在は朝食の最中である。
「アリア様、今日はピクニックに行きましょう。」
「……突然なにを言うの。嫌よ、今日は部屋でのんびり過ごすわ。」
「それは毎日やっていることでしょう。お弁当は用意してあります。朝食が終わりましたら外出の準備をしますよ。」
「私の答えを聞く前から準備万全じゃない…。」
そう、目が覚めて空が快晴であることを確認した私は、早朝のうちにピクニックの準備を完了させていたのである。
自分の朝食と一緒にアリア様の分とお弁当も作り、外出の許可も取得済みだ。
リリーに相談をした日以来の待ちに待った快晴なのだ、準備に抜かりはない。
アリア様の不機嫌オーラは全開だが、引き下がる様子のない私を見て少々諦め気味である。
「お食事が終わりましたら外出用のドレスに着替えましょう。今日は歩きますので動きやすいものを用意致しますね。」
「どうして私がピクニックなんかに行かないといけないのよ…。」
暗い雰囲気を纏いながら食事を進めるアリア様をよそ目に、クローゼットから比較的動きやすそうなドレスを吟味する。
アリア様の保有するドレスには質素なものが多くその数も少ない。
公爵家のご令嬢だというのに全く信じられない扱いである。
魔法が使えないというだけで実の娘にこのような仕打ちをするなんて、セレンディア家当主は本当にどうかしている。
……正直、このお屋敷でアリア様が部屋に篭もりきりになってしまうのは仕方のないことだとは思う。
偉大な魔法騎士を生み出し続けているセレンディア家では、家族といえど戦えない者の居場所は無いのだろう。
私と出会うまでのアリア様がどのような生活を送っていたのかは知らないが、現在のアリア様は完全にいないものとして扱われている。
私にはどうすることもできないが、せめて少しでもアリア様の気を休めることができればいいのだが…。
クローゼットの奥の方まで手を伸ばしていると、ふと一際目立つ煌びやかな赤いドレスを見つけた。
「ん…?アリア様、このようなドレスもあったのですね。今度これを着て街に出てみるのもいいかもしれません。」
そのドレスを手に取り目の前に広げてみると、全体に丁寧な刺繍が施されスカート部分にはチュールやレースが幾重にも重ねられたそれは、まさに貴族に相応しい華美なものであった。
ただ、アリア様が着るにしては少々サイズが大きいように思うが、気にするほどではないだろう。
初めて手にする最高級のドレスに感嘆していると、呆然とこちらを見つめるアリア様に気付く。
「アリア様、どうかされましたか?」
「………そのドレスは着ないわ。もういらないから処分してちょうだい。」
絞り出したような細い声で呟くアリア様の顔は、いくつかの感情が混じったような複雑な表情をしていた。
…どうやら余計なものを見つけてしまったようだ。
そのドレスをそっと元の場所に戻しながらふと考え込む。
この方が抱えているものはなんなのだろうか。
いつかアリア様の口からそれを聞くことができたら、その時私はアリア様の力になれるだろうか。
───元々、公爵令嬢の専属侍女になるなど望んでいなかった。
普通の生活を送り平凡に生きたいと願っていた私が、今ではこうしてアリア様の助けになりたいと思うのは不憫な彼女への同情からくるものだろう。
縁あって出会ったのだ。味方が私一人しかいないのならばとことん味方になってやろうではないか。
アリア様は迷惑に思うかもしれないが、私は密かにそう決心するのだった。