その12
夕食のメインは、清流旅館に伝わる“青龍盛り”だった。
玲香が皿を並べる横で、光彦が説明を始めた。
「“せいりゅう盛り”の“せいりゅう”は、旅館名の“清い流れ”ではなくて、“青い龍”と書きます。と申しますか、本来うちの名前の“清流”は青い龍の“青龍”、東を守る四神のひとつからいただいております。
この料理は、器を青い龍の姿に似せてありまして、料理もですね、“竜に九似あり”という言葉にのっとり、似ているとされる動物にヒントを得た内容になっております」
「器をつなげた大皿料理のようなものなんです。このように、体の各部分に該当する器を並べて、テーブル全体に大きい龍がいるようにあしらっていきます」玲香がテキパキと手を動かしながら補足する。
光彦が、続いて料理の内容を説明する。
「角の部分は鹿肉の燻製です。頭の部分はラクダに当たるんですが、入手しづらいものですから、ラクダのこぶに似せた盛り付けをした海老芋のあんかけと、桜海老ときゅうりの寒天寄せにしてございます。海老芋は京野菜のイメージが強いんですが、実は静岡産のものなんです」
「へえ、そうなんですか。知らなかったなあ」賢児が皿を覗き込む。
「眼の部分はウサギです。兎肉のローストに和風の野菜ソースを添えたものです。
そして胴体は大蛇とされているんですが、こちらは静岡名産のうなぎを使っております。蒲焼だけではなく、セイロ蒸しと白焼きもご用意しました」
「あのね、さゆ、うなぎだいすき!」紗由がうれしそうに笑う。
「そうですか。それはよかったです。たくさん食べて下さいね」微笑み返す光彦。
「それから、お腹の部分はですね、鮫ということになっていますので、フカひれを使いました。
背中は、その鱗が鯉ということですので、鱗の形に似せて、色々な薬味を置いてあります。鹿肉の燻製やウナギなど、味をアレンジしてお召し上がり下さい」
「自分で色々な味を作れるなんて、面白そうだわ」興味津々といった様子の周子。
「爪は鷹ということで、文字通り鷹の爪、唐辛子を添えました。昔は唐辛子で味付けした鶏肉を使っておりましたが、今では清水港の魚の刺身です。
横にあるのはアフリカ産のフィッシュペッパーという唐辛子で、魚の臭み消しに使われます。お刺身の薬味としてお使い下さい。
掌は虎なんですが、さすがに食べられませんので、肉球のような形ということで、米粉で作った小さな饅頭のようなものをご用意しております。お肉料理とご一緒にお召し上がり下さい。
耳は牛です。和風のビーフストロガノフになっています。
ヒゲは、素麺を素上げして、琉球塩を軽く振ったものです」
テーブルの上でつなげられた扇形の青磁の器たちが、まるで龍がくねっているかのような様子に見えてきたのだろう。料理をじっと見つめていた紗由が、慌てたように叫んだ。
「おりょうり、うごいちゃうよ!」
「悪い子を食べにくるんだぞー」賢児がからかうと、紗由が泣きそうになった。
「賢ちゃんがたべられちゃう…」
笑いをこらえる玲香。
西園寺家の人間は慣れているのか、一様に「そうだね」と受け流すだけだ。
最後に、龍の頭部を模した器が上座のほうに置かれると、一同から感嘆の声が漏れた。
「これはすごいな」涼一がさっそくカメラに収めようとする。
「涼一、私のスマホにも入れてくれ。明日、楡沢君たちにも見せてやろう」スマホを涼一のほうに渡す保。
「一皿ずつ見ても素晴らしいんだけど、こうして一体の龍になると、別の絵になるっていうか、躍動的な感じになるよね」賢児も少し興奮気味だ。
「玲香さん。薬味のおいしい組み合わせとか、オススメはあるのかしら?」周子が尋ねる。「…ああ、でも、今聞いても忘れちゃいそう。よろしかったら、お食事ご一緒にいかが?」
「そうだね。玲香さんがよろしければ、ぜひ」保も同意する。
「さゆも、れいかちゃんがいっしょがいい」
「玲香さんをお借りしてもよろしいでしょうか?」涼一が光彦に尋ねる。
「はい、どうぞ。…いいよね、玲ちゃん」
「よろしいんですか。せっかくご一家での団欒ですのに」玲香が言うと、紗由がすぐに言い返した。
「れいかちゃんは、けんちゃんのおよめしゃんだもん!」
「こら、紗由。…ですが、ここはまあ、そういうことで」涼一が微笑みかける。
「それでは義妹も、ご一緒させていただければ。…ええと、皆さん、お酒のほうはいかがいたしますか? 地酒のいいのが入っていますし、期間限定の秘蔵酒もございますが」
「それは楽しみだなあ。ですが、お酒は食事の後でまた、お願いするとしましょうか。まずは素面の状態で、このお料理を堪能したいですからな」
保が言うと、光彦は「いつでもお申し付け下さい」と言って、席を下がった。
* * *
「失礼いたします」鈴音が食事の最後にデザートを運んできた。
「温州みかんのババロアと、リンゴのフジを使ったシャーベットでございます」
紗由はうれしそうに席を飛び出し、鈴音を手伝って皿を配る玲香にくっついて回り、まるで自分が作ったかのように解説をする。「こっちがおみかんでね、こっちがおリンゴ」
玲香が一通り配り終えると、賢児が呼び止めた。
「俺のぶんも、食っていいよ。みかん、好きだろ」
「あ。いえ。賢児さま、召し上がってください。ありがとうございます」
「賢ちゃんだって、みかん大好きじゃん」
龍が言うと、賢児がじろりと睨んだ。
「龍だって、自分が大好きなものを、大好きな紗由にあげるでしょう」周子が龍を諭すように言う。
「べ、別にそんなに深い意味は…」
うつむく賢児のところへ紗由が来て、彼の頭をなでた。
「な、何だよ、紗由」
紗由は賢児の言葉に答えるでもなく、保のところへ駆けていく。そして、保のひざにチョコンと座ると、うれしそうに言った。
「あのね、賢ちゃんがね、さゆにきいろいおリボンかってくれるって」
「え?…」賢児がぽかんとして紗由を見つめる。
「ほお、そうか。よかったなあ」紗由の頭を撫でながら、保もうれしそうに答える。
「でもね、きいろいおリボンつけるときのワンピースもってないの…」
悲しそうな顔で保を見上げる紗由の様子に、玲香は思わず目を見開いた。
“おねだりって、こうやってするものだったのね…”
「…周子さん、紗由にワンピース作ってあげて。まあ、今度のパーティーに必要だろうしな」保は苦笑いしながら周子に告げる。
「はい、お義父さま。……龍もだいぶ背が伸びたから、去年の服じゃ入らないわね、きっと」微笑む周子。
「う、うん」
龍は下を向いて答えながら思った。“去年の服は少し大きめに作っておいたから、たぶん今年も着れるんだけどな。でも、そんなこと言ったら、きっと明日からおやつが減っちゃう。かあさまの狙いは僕の服じゃなくて、おそらく次の段階だ”
「そうだな。じゃあ、龍のぶんも一緒に作っておいて」
保がそう言うと、紗由がすかさず反応した。
「さゆ、かあさまとおそろいにする!」
“紗由ちゃん、すご過ぎるわ。母親の分までおねだりしてる…”
巧妙な紗由の言動に、玲香は内心うなるしかなかった。
「そ、そうか…そうだな、まあ、じゃあ、そういうことで、周子さん」
「紗由! かあさまの分なんて、いいのよ。じいじを困らせたらだめでしょ」
「じいじは、やさしいんだよ!」
微妙に論点をずらすかのような紗由の言い分ではあったが、孫から“やさしい”と言われて気を悪くする祖父はいないし、そう言われたのに嫁のワンピース一枚けちるわけにもいかない。
「まあ、周子さんに綺麗にしていてもらうのも、仕事のうちだしな。紗由とお揃いというのも、客が喜ぶだろう」
紗由が3歳になってから、涼一との結婚前にしていた秘書の仕事を再び少しずつ手伝い始めた周子の服装代は、必要経費と言えば言えないこともない。
“まったく、紗由にはかなわないな”保は心の中で深くため息をついた。
「兄貴もスーツ作ってもらいなよ。紗由とお揃いのヤツ」皮肉っぽく賢児が言う。
「そうだな。ついでだから、お前の分も作ってもらうよ。袖口に黄色いフリルが付いたダブルのスーツ」
玲香がプッと吹き出した。
「ありがとうございます、お兄様。胸元におリボンも付けていただけます?」賢児が涼一をにらむように言い返した。
「みんな、おそろいだね。じいじも、おそろいだね!」
「いや、じいじはいいから。もう、新しいお洋服作っちゃったからね」
保の返事に、紗由はつまらなそうな顔をした。
「みんな、いっしょがいいのに」
「ごめんな、紗由。また今度な」保は紗由の頭を撫でた。
“おいおい、次はいっしょにおリボン付ける気かよ、親父”
賢児が保のほうを見ると、保は疲れたように笑っていた。
“まあな。親父だったらおリボン付きでも、後援会のマダムたちは「先生は何でもお似合いになるから」とか言って、皆でリボン付けちゃうんだろうな”
黄色いリボンのマダム達に囲まれる父を想像して、賢児はくすりと笑った。
* * *
「賢ちゃん、悪いわね」周子は、食事の皿が下げられてるときに、じゃまにならないように席を立つと、申し訳なさそうに賢児の傍へ来た。
「ああ、リボン? それくらいならお安い御用だよ」
気軽に答える賢児に周子が言う。
「レース作家の一点物でしょ。最初はね、ダメだって言ったのよ。確かにすごくいい物なんだけど、3歳の子に7万のリボンなんて贅沢過ぎるでしょ。きっと誕生日プレゼントに紗由がねだったのよね。本当にいつもありがとう、賢ちゃん」
「え?」
驚いて見つめる賢児ににっこりと微笑むと、周子は再び自分の席に戻った。
「な、7万??」
「女の人って怖いよね、賢ちゃん」
呆然とする賢児に、龍が小さい声でささやいた。
「でもダメだよ、逆らっちゃ。かあさまを怒らせたら、僕がおやつ減らされちゃうんだから」龍が唇をきゅっと結びながら言う。
「おまえもいろいろ大変なんだなあ…」
「賢ちゃんも、よく勉強しておいたほういいよ」
龍が玲香のほうをチラッと見ると、賢児もそれにつられるように玲香を見た。玲香は二人の話に気づいているのかいないのか、下げる皿をまとめて姉に渡すと、賢児をじっと見つめながら言った。
「賢児さま。そう言えば、社長室の東側の壁にも大型ディスプレイあったほうが、バランスいいですよね」
「え?」
「7万どころじゃないね」ぼそっとつぶやく龍。
「100万超えるものは、他の役員の承認もないと…」賢児が目をそらす。
「そうですよね。…私のディスプレイ、デュアルにするのも無理でしょうか…」
「ま、まあ、そのぐらいなら…」
ホッとした様子の賢児を見ながら、龍は思った。
“賢ちゃん、騙されてるよ。悪徳商法っていうのに、そうやって値段を下げていくのがあるんだよ”
そのとき、玲香の「東側の壁」という言葉に、保が反応して話に入ってきた。
「東側に何か入れてしまうと、夕方に浮き上がる文字が見えなくなるんじゃないのかい?」
「浮き上がる文字、とおっしゃいますと?」
「何のこと、親父?」
不思議そうに尋ねる玲香と賢児を、逆に不思議そうに見る保。
「何のことって…あれだよ。夕方、西日が差すと、床に埋め込んだ翡翠細工の陰が東側の壁に浮かび上がるだろう? 昔の仮名文字みたいなのが」
「床にそんなもんがあるの?」
「お前、知らないのか。社長室を作り直したときに義兄さんが見せてくれたぞ。…3年くらい前だったかな」
「いや、知らない。俺が就任したときは、社長室の床は絨毯敷いてあったし、伯父さんからも、そんなの聞いたこと一度もないよ」
「…そうか。そういえば、ちょうどお前が日本を離れていた頃だな」
「ふうん。じゃあ、東京戻ったら、絨毯めくってみるか」
「さゆも、めくる!」保たちの話に割り込む紗由。
「あのね、賢ちゃんのおへやのいすね、こーやってめくるとね、ごほんがでてくるんだよ」
「え?」紗由を見る賢児。
「おはなとね、おやまとね、おにんぎょうと、へんなおまつりのしゃしんがあるの」
「アルバムか?」賢児に確認する涼一。
「いや、知らない。…紗由、椅子ってリビングのソファーか?」
「おっきい、いす」
「ソファーなら…。クッションぐらいしか置いてないよ」
「いつ見たんだい、紗由」涼一が紗由に聞く。
「おへや、いったとき」
「うーん、もっともだ」苦笑する涼一。
「でも、何か気になるなあ、そのアルバムか何か。探してみようかな、一応。元々、伯母さんたちが住んでた場所だしな」賢児がつぶやく。
「探すんだったら、玲香さんも同席してもらったらどうだ」賢児に言う保。
「私もですか?」びっくりする玲香。
「いや、第三者の目があったほうがいいんじゃないかと思ってね。聞いたところ、玲香さんは観察力も優れているようだしね」
「確かに秘書としては、ご自宅での仕事環境を把握しておくのも必要かもしれませんが…」少し戸惑い気味に言う玲香。
「よければ翔太くんにも、遊びに来てもらいたいところだけどね。龍とも仲良くなってくれたようだし」
「翔太でしたら、来週の金曜日、姉の研修旅行があるので一緒に東京に参ります。その日は私が預かることになってますので、もしお時間が合えば、龍くんに遊んでいただけるとうれしいですが」
「それなら、もう約束したよ」答える龍。
「あら、いつの間に…。じゃあ、またその前にご連絡しますね、龍くん」微笑む玲香。
「うん」
「あの…ところで紗由ちゃんは、賢児さまのお部屋でご本を見たとき、どなたかご一緒だったんでしょうか?」
「多分、俺と龍がいたと思う。週末は、俺の部屋に龍がゲームしに来ることがよくあるんだ。紗由もたいてい付いてくるから、その時だと思う」
「賢ちゃんのお部屋のテレビ、大きくてキレイなんだ。あ、僕はね、ゲームだから普通の大きさのテレビでやってるよ。紗由が、大きいのでディズニーの映画見てるんだ。ね?」紗由に言う龍。
「おおきいおひめさまに、あうの!」
紗由は、お姫様の大きさを、精一杯自分の両手で示しながら、うれしそうに笑った。
* * *
「よろしければ、お酒のほうもお申し付け下さい」
テーブルの最後の片づけをしに来た鈴音が、そう言って部屋を後にすると、玲香もそれに続いて挨拶をし、部屋を出た。
周子は、二人を外扉まで見送ると、少し目をこすっていた紗由を布団に寝かせに行った。
「寝てしまいましたわ」
十分ほどして、周子がそう言いながら戻ったところで、保が涼一たちに声を掛けた。
「じゃあ、ちょっと一杯やるか」
「いいねえ。さっき板長が言ってた秘蔵酒出してもらおうか」涼一が待ってましたとばかりに応じる。
「じゃあ俺、お酒頼んでくるよ」さっそく板場へ向かおうと部屋を出る賢児。
「電話でいいのに、そんなに彼女に会いたいのか。本当わかりやすいよ…」涼一が呟く。
「周子さんもどうだい」
「紗由が目を覚ますといけませんから、奥にいますわ。三人でどうぞ」
周子がそう答えると、龍が母親に気を利かせた。
「大丈夫だよ、かあさま。紗由なら僕が見てるから。いつも紗由のお世話で大変なんだし、たまには酔っ払っちゃいなよ」
「そうだよ、周子。ここは龍に甘えよう。…龍、じゃあ紗由を頼むな」
涼一の言葉に龍はこくんと頷き、奥の部屋へ行くと、大人たちの視界から消えるかのように、静かに襖を閉めた。そして、もう布団を半分はだけている紗由のところへ近づくと、ていねいに布団を掛けなおした。
龍は、紗由の寝顔が一番好きだった。大人たちの半分申し訳なさそうな表情をよそに、誰も見ていないほうが、紗由の寝顔をたくさん眺められてうれしいなと、龍は思っていた。
それに正直言うと、少し一人になりたかった。紗由の言葉を、とりあえず「羽のついている像」だと“翻訳”したものの、龍が見たものと一致しているのかどうかも、よくわからなかった。“紗由は“おにんぎょう”としか言ってないし、僕の “龍”とは違うのかもしれない。この違いには、何か意味があるんだろうか…”
だが、考えようとすればするほど、うまく考えがまとまらなくなるばかりだった。
龍は、心を落ち着かせ、再び記憶を反芻し始めた。
* * *
賢児が酒を頼みに板場へ来たとき、ちょうど玲香が暖簾をくぐって外に出てきた。
「どうなさったんですか、賢児さま」
「さっき言ってたお酒を頼めないかな」
「はい、わかりました。板長に地酒のいいのを見繕ってもらいます。お燗したほうがよろしいですか?」
「そうだな。親父はいつもぬる燗だから。…でも、兄貴は冷酒が好きなんだよなあ」
「じゃあ、そのようにお願いしてきます。今ちょうど、燗酒のいいのがあるんです。用意が出来次第、お持ちしますね」
「あのさ、よかったら翔太に持ってきてもらえないかな。親父がえらくお気に入りみたいなんだよ」
「そうなんですか。翔太、喜びます、きっと。では、翔太をうかがわせますので」玲香は嬉しそうにうふふと笑った。
「それでさ。もうひとつ、お願いがあるんだけど」真面目な表情で切り出す賢児。「その前に、とりあえず注文してきてもらえる? 俺、庭のほうにいるから」
「はい、わかりました。すぐに行きます」
玲香は板場に入り、光彦にお酒の注文を伝えると、脚立に乗って真ん中のテーブルを拭いている翔太に言った。
「翔太、運ぶの手伝ってくれる? 何でもね、大臣先生が翔太のこと気に入ってるんだって」いたずらっぽく微笑む玲香。
「俺は、龍くんが議員さんになるときに後援会長やるねんで」にぃっと笑う翔太。
「え!?」びっくりする玲香。
「大臣先生も、よろしゅうに言うとった」
「何でも、龍くん本人からスカウトされたらしいよ」苦笑する光彦。
「俺が付いたるからには、末は総理大臣やで!」仁王立ちで、キッと玲香を見据える翔太。
「紗由ちゃんと仲良くなれそうだっていうのも手伝って、喜んでるのよ。まったくもう…」呆れたように翔太を見る鈴音。
「玲ちゃんが賢ちゃんはんとこ嫁行ったら、紗由ちゃんとは親戚やさかい、仲良うせなあかんやろ」口を尖らす翔太のおでこを、玲香が指でピンとはじく。
「…余計なこと考えなくていいから、ちゃんとお酒を運びなさい」じっと睨む玲香。
「じゃあ、ちょっと着替えてくるわ!」翔太は、棚を開けると自分用のハッピ、ズボン、大前掛けと帽子を取り出し、隣の部屋に走っていった。
「それじゃ、義兄さん、お手数ですけどお酒とおつまみ、お願いしますね」
玲香は板場を出ると、賢児が待つ庭に向かった。
* * *
灯篭に飾られた一体の羽童像を手に取り、賢児はまじまじと眺めていた。
“セロテープは十字に貼ってある。自然にはがれるなんてことは、まずないな。人形を持っていかなかったのは、人形が偽物だとわかっていたということなのか。手紙は新しい情報だから持ち去った…?”
「賢児さま。お待たせしました」
玲香の声に振り向く賢児。
「ああ。ごめんな、呼び出したりして」
「どうかなさったんですか?」
「考えすぎかとも思うんだけどな。親父が玲香に探してくれって言ったのが、ちょっとひっかかるんだ。自分からは情報を出すのを渋ってるようなところがあるのに…何で、俺と玲香に探させるようなことするんだろう」
「そうですね。…すぐに思いつく理由は、2通りでしょうか」
「2通り?」首を傾げる賢児。
「はい。ひとつは、先生には賢児さまたちに隠したいものがあって、それを私に探し損ねてほしい場合です。
私が必ず探すであろうところに隠されていて、なおかつ私ならば見逃すようなものであることが条件です。そして、私の観察力が鋭いという先入観から、賢児さまも涼一さんも、私が探したところは再度探さないと踏んでいる」
「2つ目は?」
「その逆で、私に見つけて欲しいものがある場合です。
つまり、賢児さまや涼一さんだと、見落とす可能性があるものなんだと思います。
…例えばですけど、探そうとしているものは、伯母様夫妻に関するもの、あとは龍くんと紗由ちゃんに関するものというふうに、何となく限定しているような気がするんです、流れ的に」
「うん、まあそうだろうな」
「つまり、賢児さま、涼一さん、先生に関わる何かを見つけても、それをじっくり検証することはないかもしれませんよね。そのままスルーというか。その事態を避けたかった」
「さすがだね、名探偵コナン」腕組みして玲香を眺める賢児。
「茶化さないで下さい。…でも後者の場合、ちょっと気になることがあります」
「何?」
「放っておけとか、関わるなとか言ったら、賢児さまは絶対に放っておかないですよね、性格的に。先生はそれを逆手に取ったのかもしれません」
「俺…っていうか、兄貴と俺に追究させようとしてるってこと?」
「そうです。…ただ、それだと一点、腑に落ちないことが。
今回、紗由ちゃんが関することですから、賢児さまに関わらせなくても、涼一さんが自主的に関わりを持つはずです。とすると、先生にとって、それだけでは不十分なんだということになります」唇を尖らし、上を見る玲香。
「そうだな。でも、捜索能力という意味だと、兄貴のほうが緻密で正確そうだけどなあ」
「じゃあ、賢児さまなら必ず気にかけるはずのこと、というのはどうでしょう。賢児さまの趣味とか、好きなもの…」
「玲香の水着写真でも置いてあるのかな…」
「賢児さま」玲香が賢児をじろりと見る。
「いや、真面目な話、玲香が関連してるなら、3つ目も考えられるな。親父も何かを探してて、それには玲香の…というより、巫女寄せ宿の人間の知識が必要な場合」
「でも、私は継承者ではありませんから、知ってることも限られています」
「宿の人間なら誰でもOKと思ってるのかもしれないよ。それに、翔太にも遊びに来てもらえばみたいなことも言ってた」
「そうですね…。まあ、たまたまではありますけど、翔太は東京に来ますし、協力してもらおうかとは思いますが」
「うん、ありがとう。兄貴たちの後でもいいから、週末一緒に探してもらおう」
「わかりました。伝えておきます。…賢児さま。そろそろお戻りになったほうが。お酒もそろそろご用意できてると思います」
「ああ。じゃあ、もう1回したら帰る」
賢児は玲香の目を見て微笑んだ。
* * *




