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10/19

その10


「先ほども申し上げましたが、ここは以前、“命”さま方をお迎えする巫女寄せ宿でした。ですが、父は私が小学2年のときに、その役目を返上することにしたんです。理由は…同じ巫女寄せ宿の主人のひとりが、不審死を遂げたからです」

「不審死というと、まさか殺されたとか?」賢児が低い声で聞く。


「亡くなったのは北を司る黒亀亭の亭主で、崖からの転落死でした。当時は事故死ということで片付けられたようですが、その前後の出来事から察するに事故ではないだろうと、父を含めた周囲の人間は疑っていたようです。

 遺体の傍らに“羽音”という文字が残されていて、ダイイングメッセージじゃないかという噂もあったようでした…。警察にも話せる範囲で情報提供したようですが、まあ、宿の決まりで話せないこともいろいろあったようで…結局、事故死で落ち着いたようです」


「前後の出来事というのは? その事件は伯母とも関係があるんでしょうか?」引き続き賢児が尋ねる。

「直接関係があるかどうかはわからないのですが…実は、その少し前に、我が家の文書と羽童の像が盗まれそうになったようでして、父が他の宿主たちに警戒を呼びかけていたところ、事件が起きたんです。

 狙われた文書と羽童の像というのは、命様が引退なさるときに、宿主たちがいただくものです。事件が起きたのは、お二人の伯母さまが引退なさってまもない頃ですから、もしかしたら何か関係があるのかもしれません」


「その亡くなられた方のご遺族というのは、現在もそこにお住まいなんですか? その方たちも伯母のことをご存知のようなら、後日お話をうかがいに行きたいと思うんですが」涼一が尋ねる。

「黒亀の主人の家族は、事件が起きたとき実家に帰っていた奥さんと娘さん、それから、事件の少し前から家を離れていた息子がいました。事件の後は宿をたたんで奥さんの実家に戻ったはずです」

「話を聞くのは無理そうですね…」


「その他に、この事件の周辺にいて、伯母様のことをご存知であろう人物というと、南を司る雀のお宿の主人、それから西を司る縞猫荘の主人がいます。

 ですが、縞猫のほうは事件の直後から、やはり行方がわからなくなっていまして。雀のお宿のほうは現在も旅館業を営んでいるんですが、ここのところ、連絡が取れないんです。一般のお客様をお断りしているようですし…」

「そうなんですか」がっかりする涼一。


「他の宿、今現在も営んでいる巫女寄せ宿というのは、わからないものなんでしょうか」賢児が尋ねる。

「そうですね…。機関…これは“命”さまに関することを取り仕切っていたところですが、そこに連絡すれば何かわかるかもしれません。ただ、そういうことを簡単に教えるとは思えませんが。我々も、同一グループの宿のことしか知らされてなかったぐらいですからね」

 腕を組み難しい表情で玲香が言う。

「それなりの宿泊施設と祭祀のできる建物があって、修行に適した場所というのが調べられれば、ある程度の目星はつくかもしれませんね。それに、そこの一家の人たちの名前がわかれば、宿でないかどうかはわかるでしょうけど、難しいかな…」


「名前っていうのは?」賢児が聞く。

「宿の子供たちの名前には、一定の法則があるんです。何でも、宿の男子は舞で、女子は楽器で、“命”さまたちをもてなしたんだそうで、それで宿に生まれた男の子には、踊りとか、飛び跳ねるとか、そういった関係の文字が名前に使われるんです。女の子は音楽に関する文字です」

「ふーん、なるほどね。翔太と鈴音さんは、わかりやすいな。玲香は…“玲瓏たる”の玲?」

 賢児が聞くと、玲香はにっこり笑って答えた。

「大当たりです。それから、父の場合は、飛呂之の“ひ”が飛ぶという字なんです」

「参考になります。ありがとう」涼一が軽く頭を下げる。


「ところで、宿にはいくつも文書や像があるんですか?」改めて賢児が聞く。

「前回いただいたものは奉納して交換するような形になります。ですから、常に宿には文書と羽童の像が一つずつ保管されています」

「矢継ぎ早にすみません。その羽童の像というのは、どういうものなんでしょう? 先ほど庭にあった灯篭に、木彫りの子供の像が飾ってありましたけど、ああいう感じですか?」


「はい、まさしくそれです。あれらは本物を守るための目くらましで、本物に似せて作った木像を、庭の8箇所の灯篭に置いてあります。木彫りの天使のような像でして、大きさは8センチくらいでしょうか。

 何でも宿と宿主が、その役割をまっとうするための守り神のようなものだそうです。宿主たちは皆、羽童様には特別な力があると信心していました。

 文書は先ほどのこれです。羽童様や“命”さまなどに関する書付のようなものですね。毎回同じものだったのかどうかまでは、私にはわかりませんが」


「それで結局、こちらが巫女寄せ宿のお役目を返上したのは、その事件のせいということなんですね」再び賢児が聞く。

「ええ、そのとおりです。黒亀の主人は亡くなる前日に、うちの父に文書を預かってくれと話していたようで、ただの事故と考えるには、タイミング的にどうにもひっかかります。

 雀では、当時奥さんが妊娠中で、もし自分のところにも何か起こったらどうしようと怯えてしまったようです。それに、遺体の近くに残されていた“羽音”という言葉が、朱雀様の羽を連想させるから、次は自分達の身に何か災いが降りかかるのではないかと思ったようです。

 それで雀の主人は巫女寄せ宿を閉めたいと言ってきて、父もいろいろ不安に思ったのか、それに賛同して、機関に巫女寄せのお役御免を申し出たんです。

 文書と羽童様は、お返ししようとしたら、もう一人の“命”さまがまだ持っているように言ったんだそうで。雀は次の代の男子、清流はさらに次の代の男子まで預かるようにと。

 ちなみに“命”さまという存在は、私が知っている限りは伯母様とその方のお二人でした。他の地域にもいらしたのか、その辺のことは私にはよくわかりません。

 …ですから、雀のほうでは羽童様と文書を返納している可能性もあります。こちらは翔太の代になるまではお返しできませんので、旅館においてありますが」


「その辺はご主人同士でお話になってはいないんですね」涼一が聞く。

「はい。そのことについて特に雀の主人と話し合ったことはありません。巫女寄せ宿をやめたときに、雀の奥さんのお腹にいたのが今のご主人ですから。お互い昔のことというか、わからないことというか。現在は普通に旅館の主人同士という付き合いです」


「ということは、雀のご主人も、こちらが文書と羽童の像を保管しているかどうかを知らない」賢児が確認する。

「ええ。清流は孫の代までと言われているのを雀が知っているかどうかも、わかりません。まあ、古い話ですし、そんなわけで昨年の秋にそれらが狙われるまでは、私もまったく気に留めていなかったたような次第で」苦笑いする飛呂之。


「あのときはびっくりしました」玲香が続ける。「一家で出かけて戻ったら、父の部屋が荒らされていたんです。でも、金品は残ったままで。普段鍵が掛けてある仏壇と、その下にあるちょっとデラックスな文箱、これも鍵付きなんですが、それらだけが壊されていて。警察の人も不思議がっていました。いったい何を狙ったんだろうかと」

「それで思ったんです。うちで狙われるものがあるとしたら、羽童様か文書じゃないかと」

「でも二つは結局無事だったんですね」


「はい。その頃、羽童様は翔太のおもちゃ箱の中でした。翔太が気に入って遊んでいたものですから。いずれは翔太のものなわけで、まあいいかなと」

「冷静に考えると、けっこう罰当たりですよね」玲香が父を見る。

「まあそうだな。文書も翔太の本箱の中だったからな」

「泥棒も、まさかそんなとこにあるとは思わなかったろうなあ」賢児がくすくすと笑う。


「で、まあ、それから1ヵ月後くらいでしょうか。縞猫荘の息子が現れたんです。父親が亡くなったと。…つまり、失踪した先代のことです。

 ただ、縞猫の息子と最後に会ったのは彼がよちよち歩きで、私が翔太くらいの年でしたから、わざわざ、知らせに来るというのは、どこかピンと来ないというか…。

 何か他に目的があったのではないかと思えて仕方がなかったんです。

 その後は、雀の亭主のほうとは付き合いがあるようです。雀のほうも、その頃から、これまで聞きもしなかったような昔のことを、いろいろと聞いてくるし…何か全体的にしっくり来ません。そして年末、市場で命様らしき方をお見かけして、ちょっと気になっていたといいますか…」

「伯母さんたちが急にいなくなったあたりか…。それらの事と関係してるのかなあ」賢児が考え込む。


「文書と像は、その後にも狙われることがあったんですか?」涼一が尋ねる。

「そのときの泥棒とは違うと思いますが、観光客がいたずらすることがあるんですよ。宿や、この辺りにまつわる伝説が、雑誌などでも取り上げられてからは、例のスピリチュアルブームとやらで、いろんな人間がやってきます。

 羽童様は…これまた罰当たりかもしれないんですが、似せたものを携帯ストラップとして売店で売っています。その本体の像に特別な力があって、それを自分のものにしたいと考えるスピリチュアルかぶれの人間が来るんですよ、度々」苦笑いする飛呂之。

「ああ。それで先ほど、迷惑なやからがいるとおっしゃっていたんですね」賢児が得心したように頷く。


「そうです。羽童の像のほうは、世間的には灯篭に置いてある8体全体が羽童という認識になっているようです。

 ですが翔太が言うには、半年ほど前、影童さま…翔太は偽物の像のことを、こう呼んで、そちらも大切に手入れしているんですが、その影童に大変なことが起こったと。影童のみんなが、びっくりしていると言うんですよ。まあ、子供の言うことですし、それだけじゃよくわかりませんが、少し気になっていて」


「とすると、像は今も誰かに狙われているかもしれないと?」飛呂之を見つめる涼一。

「必ずしもそうとは断定できないのですが、翔太の勘と記憶力は人並みはずれて優れているので…」

 少し考え込む飛呂之の言葉を玲香がフォローする。

「物心付いて以降にいらっしゃったお客様の顔と名前は全部覚えています」

「すごいな、それ」


「…それに、もうひとつ変なことが」話を続ける玲香。「翔太は、影童さまにセロテープで手紙を貼り付けているんです。“たいせつにそばにおいてください”と書いてあります。もし盗まれたときに、大切に扱ってもらえるようにと思って書いているようなんですが…犯人…という表現がいいかどうかはありますが、その人間は、1体の手紙だけを持ち去ったようで、その真意もわかりません」

「童の人形以上に手紙に意味があると思ったのか? 人形ごと持って行けばいいだけだよな。でもさ、そんな手紙貼っておくなんて、翔太って本当にいい子だよなあ…」賢児が心底感心したようにつぶやきながら玲香のほうを見る。


「はい。私が言うのもなんですが、いい子です。それに、我が家の中で一番信心深いというか、いろんなことをありがたがって、大切にしています。神様とお話するのも大好きですし」にっこり笑う玲香。

「お恥ずかしいですが、玲香の言うとおりです。

 私は、まあ、巫女寄せ宿であったがゆえに起きたかもしれない事件のせい…当時の両親の深刻な顔が刻みついているからか、どうもどこかで、その手の力にまつわる事に抵抗があって、少し斜めに構えて飯の種にしてきたところがあったんですが、翔太は違います。

 誰が教えたというわけではないんですが、素直に宿を守ってくれる神様に、ありとあらゆることに感謝しているんですよ」


「…それ、何となくわかるような気がします。うちの親父も、伯母さんと仲がいいのに、“命”の話になると、どこかそういうものを遠ざけたい様子が見られるというか」

「おっしゃるとおり。私もそんなところです。私は翔太のように神様と話もできませんしね」苦笑いする飛呂之。


「そうそう、その羽童ですが、現在は本物は、あそこに」

 奥の4畳間との境にある襖の上、欄干部分を指差した。欄干には龍や桜などの細工が施されていたが、それらに混じって羽の生えた子供の姿が見えた。

「うわ」びっくりした賢児が叫ぶ。

「考えたのは、翔太なんですよ」玲香も上を見上げる。

「翔太、頭いいなあ…」つくづく感心したように言う賢児。「普通は、影童の中のどれかが本物だと思うよな。全部が偽物だと見当を付けたとしても、神棚とか金庫とか、それなりの場所にしまってあると考えるだろうし。まさか見えるところにあるとはなあ…。人間て、意外といろんなものを見落としているものなんだなあ」


「まあ一般客相手なら、これで十分ですが、もし宿の関係者ですとか、“命”さまについて詳しい者がそういう行動に出てくると、今までのようなわけには行かないかもしれません。

 巫女寄せ宿の時代には、それぞれの宿の見取り図を同じグループの亭主たち全員が持ってたようですので、今それが残っていて悪用されたりすると防犯上は困ることもかなり出てきます。うちは増改築を何度かしていますが、この部屋をはじめとして、“決まり”で手を入れられない部分がありましたし…」


「あの、もしよろしければ、像もお預かりしましょうか。我が家と家族は、親父が就任したときの経緯もありましたから、警備と防犯はかなり工夫を重ねてあります」

 涼一が申し出たが、玲香が申し訳なさそうに返事をした。

「それが実は…文書のほうは外部に出しても大丈夫なようなんですが、羽童のほうは、旅館の敷地内に置いておくか、外に持ち出すときは宿の跡取りが身に付けておくということになっているらしいんです」


 そこへ、押入れの奥から噂の翔太の声がした。

「じっちゃーん! じっちゃん、おるかあ?」

 玲香が襖を開けて、それに答える。「おるでえ」

「うわあ、じっちゃんが口紅塗っちょる」

「塗っとらん!」飛呂之が笑いながら返事する。

「そっちが本物やあ。やっぱりお忍び中やったんか」翔太は押入れを乗り越え、奥の部屋へ入った。「あれ。皆さんおそろいでどないしたん?」

「翔太をクビにしちゃう相談してたのよ」

「そうだなあ。お客様の前で玲香の胸を触るようなやつは、七代目はさせられないな。今日からクビだな」


 飛呂之の言葉にびっくりして、翔太の顔色がサッと変わる。「クビ?」

「しょうがないだろ。清流の当主がお客様の前でそんなことしたらダメだろ」翔太のほうを見ずに、飛呂之が答える。

「いやや! いややあ! もうせえへんから、お客さまのおらへんとこで触るから、クビしたらいやや!」飛呂之にしがみついてベソをかく翔太。

“結局触るのかよ!”と突っ込みを入れたいのを、賢児がグッとこらえる。


「じゃあ、ちゃんと皆さんにお詫びしなさい」

 翔太はコクンとうなずくと、正座して涼一たちに頭を下げた。「どうもすみまへんでした」

「あ、いやいや。こちらこそ、紗由がいきなり失礼なことを申しまして…」緊張したのか、翔太に敬語で答える涼一。

 翔太が飛呂之の顔色をうかがい見ると、飛呂之はにっこり笑ってうなずいた。翔太は、飛呂之のところに駆けていき、再び飛呂之にしがみつく。翔太の頭をなでる飛呂之。


「…そういえば、お前何しに来たんだ?」

「着物着ようと思たんや。おかみも板長も忙しうしとるんで、じっちゃんに頼みに来た」

「そうか。じゃあ一緒に着替えるか」

「うん!」

「申し訳ありませんが、私はこれで失礼させていただきます。…そろそろ、お父上をお迎えする準備もございますし」飛呂之は涼一と賢児のほうを見ながら、頭を下げた。


「ああ、そうですね。休みに開けていただいた上に父まで。…ご面倒おかけします。その上、別件でよけいな面倒まで持ち込んでしまいまして、すみません」頭を下げる涼一。

「いいえ。私たちとしても、気になっていたことだらけでしたので、“命”さまの行方や紗由ちゃんのことを、もしご一緒に何か調べられれば好都合です。こちらこそ、逆にうちのことをお聞きいただいたような次第で、いろいろとお気遣いいただきまして恐縮です」

 続きは夕食後か明日にでも、光彦も交えてしようということになり、一同はそこでいったん解散することにした。


「翔太くん。ひとつ聞いていいかな?」廊下に出て部屋に戻る途中、翔太に小さい声で聞く涼一。「じっちゃんがあの部屋にいる事、どうしてわかったんだい? じっちゃんが庭からあそこに行ったとき、君はいなかったよね。おかみも戻った後で…誰かに聞いてきたのかい。それと、“やっぱりお忍び中”って言っていただけど…どういう意味なんだい?」

「じっちゃんのスマホに電話かけて圏外なってたから、あそこや思うて、まっすぐ行きました。うちの敷地内で、あの部屋だけはつながらへんのですわ」

「あそこだけ?」


「難しいことはようわからへんけど…特別な仕掛けがあるんや言うてました。いざという時に、守らんとあかんお人を秘密で入れるための部屋やそうです。せやから、あの部屋行くことを“お忍び中”言うんです」

「いろいろ仕掛けがあって楽しい宿だねえ」

 翔太の頭を笑ってなでる涼一だったが、その横顔は何かを思い出そうとしているかのように見えた。


  *  *  *


 保が到着するまでは、まだ数時間あったので、涼一たちは車で少し出かけることにした。

 とりあえず、飛呂之が言っていた市場のあたりと、他の巫女寄せ宿があったというあたり、それから、いくつか教えてもらった、神社や霊的なスポットといったところを、ざっと回ってみようと思っていた。

 もし、紗由に何らかの反応が見られれば、その辺を重点的に回ろうと、涼一は考えていたのだが、肝心の紗由は、ちょうどお昼寝の時間で、ぐっすり眠ってしまっていた。


「何かちょっと、きなくさい話になってきたな。伯母さんたち、変なことに巻き込まれてなきゃいいけど…。にしても、紗由が寝てるんじゃ、話にならないな、兄貴」

 運転席の賢児が言うと、涼一は寝ている紗由の頭をなでながら言った。

「うーん。せっかく車を出してもらったのに、済まないな」

「いや、そんなのはいいんだよ。…それにしてもさ、紗由は継承の順番から言うと突然変異なのかな」ぼそっとつぶやく賢児。

「突然変異というほどでもないだろ。伯母さんと血がつながっているし、巫女になる女の子は他にいないし」涼一が答える。


「でもさ、さっきの文書にあった伝授によると、継承者がいないときは男の子に行って、その次が親戚だろ? だったら龍でいいじゃん。なんで紗由まで来たんだろうな」

「紗由が可愛いから、神様が気に入っちゃったんだよ、きっと。賢ちゃんが玲香ちゃんを秘書にしたのと同じだよ」

 龍の言葉に涼一がすかさず反応する。

「神様もこいつも油断ならないな」

「違うから。玲香を推薦してきたの哲ちゃんだから」慌てて答える賢児。

「哲也さんが、いい勘してたんじゃないの、玲香さんの件に関しては」周子が話に加わる。


「でも考えてみるとさ、西園寺の家で、まったくそういう資質がなさそうなのって、俺たち兄弟だけだよな」話をそらす賢児。

「二人よりも、宿の人達のほうが資質ありそう。賢ちゃんみたいな人は、玲香さんのような人に補ってもらわないとね」話を戻す周子。

 賢児が軽く咳払いをする。


「親父も…本人は嫌なんだろうが、そっち側の人間だよな。…四辻さんのときも、来たときにハグして“元気か、よかった”って言ったの覚えてるか?」周子に聞く涼一。

「ええ。お義父様、普段あんなことなさらないから、ちょっとビックリしたわ」

「何か感じるところがあったんだろうな。紗由ほど明確にではなくてもさ」涼一は車の天井を見上げた。

 しばらく口をつぐむ4人。


「次の選挙のときは、街頭でマダム達にハグサービスていうのどう? 票伸びるぜ~」その場の雰囲気を変えようと、賢児が茶化す。

「ばーか。それを見ている男どもの票がなくなるよ」

「うーん。じゃあ男どもには周子さんがハグして」

「俺の一票がなくなってもいいのか」

「代わりに何票伸びるかにもよるわよね」周子がくすっと笑う。

「かあさま、だめだよ。そんなことしたら、とうさまが選挙妨害するよ」

 深刻な声で言う龍に、3人は声を上げて笑った。


  *  *  *


“この子は、いったいどうなるのだろう”

 涼一は、腕の中で眠る紗由の頭をなでながら考えていた。

“巫女の系統の家系であるということはわかっていた。伯母が15の歳までそういうことをしていたことも。

 四辻さんの件のようなことが、これからもあるのだろうか。ああいうことがある度に、紗由はああやって泣きじゃくり、悲しい思いをしなければならないのだろうか。この力は、いつまで続いて、その間、紗由の心や生活はどうなるのだろう。

 この年齢の子供が、わけのわからぬことを言うことはままある。だから周囲もさほど気にしてはいない。だが、紗由がもっと理路整然と言葉を操れる年になったら…。

 今は龍の言うことをきいてか、家族がいないときに、やたらなことをしゃべったりすることは、ほとんどないようだが、玲香さんが言っていたようなことが、今後起きる可能性は高い…。

 親父の態度も気になる。決して、紗由の力を喜んでいない。伯母さんのことを傍で見ていた人間にとっては、ありがたくない事実だということなのか。いや、伯母さんが活動中、親父はまだ小さかったわけだから、本当によくは知らないのかもしれない。でも、それだけじゃないような気がする。

 そして何より、自分自身の状態だ。読めない状況の中で不安だからなのだろうか。時々湧き上がってくる強い“意思”のようなものが、このままでは駄目だと背中を押してくる。これはいったい何なのか…?”


 そのとき、眠っていた紗由が涼一のほうに体を向け、彼の手を握った。

“紗由、大丈夫だよ、紗由。とうさまが、必ずお前を守るから”

 涼一は、紗由の手をしっかりと握り返した。


  *  *  *


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