99. 三者面談 その2
お読み下さりありがとうございます。
ジェラルドの前で絵を描く事になります。
クロエがディルクに以前話した前の世界の事をジェラルドにも話して聞かせたその後。
すっかりクロエの話に引き込まれたのか
「その記憶が消えずにこちらの世界に……。それは、前の世界ではよく有ったことなのか?亡くなった者が生まれ変わってくると云うことや、異界の記憶の有る者が存在したり等と云うことが?」
とジェラルドが興味津々に問うてきた。
クロエは首を横に振り
「いえ……。少なくともアタシは一切聞いたことがありませんでした。自分がその当事者になるまで、想像すらした事無かったんです。だから前の世界でも……こちらと同じでこんな奇跡、誰も知らないと思います……。記憶が消えないって、ある意味悲しい事でも有りますから……」
と小さな声で答えた。
ディルクが
「……悲しい事か。記憶が無い方が良かったか?」
と聞く。
クロエは首を横に振り
「悲しい時もあります。でもそればかりじゃ無いのも事実で……。ただ……もう二度と戻れないから。あちらではアタシは既に過去の人間……。意識だけは在るのに、あちらのアタシはもう時を止めた死人なんですよ。その死人の心がこちらで覚醒した……。時々そう考えると、アタシはこちらでも凄く異質な存在なんじゃないかって……不安になります。
もう一度人生を生きられる幸運に対する喜びと、やはりアタシは存在してはいけないのかもしれないって罪悪感とで……板挟みになる時があるんです。
でも既にアタシはクロエとして存在しているから。今度こそ、与えられた命を生き抜きたいから……!だからしがみつきたい。例え歪な存在だとしても。
記憶が消せないなら、せめて周りの役に立てるように活用したい。そしたらこの背徳感や罪悪感が少しは無くなると思うんです……」
と溢す。
(そうだ……。いつも心の奥底に澱としてある、この鬱屈した気持ち……。アタシは既に死んだと言う事実。今のクロエには、アタシの記憶があってはいけなかった筈だった……。
なのに記憶は消えずに残ってしまった。あちらの世界はアタシが魂の状態で意識を覚醒したことで、アタシを消去しようとしていた。
……ならばこちらの世界が同じことをしないと何故言えるの?アタシは存在が本当に許されているのだろうか……。それが……怖い。もしも……この世界もアタシを同じ理由で消去しようとするのなら……今度はもう逃げられない。仙人様も居ないし、2つの世界が排除しようとするなら普通に考えて、平行するどの世界もアタシを排除しようとする筈。アタシは……どこに居てもイレギュラーでしかない……)
クロエの表情が次第に辛く苦しいものに変化していく。
「クロエ、クロエ!しっかりせんかっ!己を否定する考えに取り込まれてはならん!気をしっかり持てっ!」
とディルクがクロエの体を揺り動かす。
ハッとしたクロエは、2人を見て慌てて
「ご、ごめんなさい!変な話しちゃって!
あの、大丈夫ですから。結局自分の気持ちの持ち様だとは解ってるんです。
1回死んでると何だか色々考えちゃうんですよ。でも絶対揺るがないのは、この人生はしっかり生き抜くぞって気持ちです!
だからアタシは大丈夫ですし、皆の役に立てるように頑張って行きます!」
とガッツポーズをとって、2人ににっこり笑う。
そしてそのままジェラルドに向き直り
「失礼しました!後何かお聞きになりたいこと有りますか?もし質問がなければ、見ていただきたいものがあるんですけど!」
と先程とはうって変わった明るい表情で言う。
「あ、ああ……。今は思い付かぬな。又どうしても其方に聞きたいことが出来れば、時を改めよう。
で、何を儂に見せたいのじゃ、クロエ?」
と彼女の空気を替えたいと言う気持ちを察して、提案に乗るジェラルド。
クロエはフフッと笑って
「先生、今お見せしてご協力願いましょう?先日のアタシの絵と、後は紙と鉛筆を……何か植物がありますかね?」
とディルクに向き直って、ボタニカルアートと実演用の道具を彼に所望する。
ディルクは少し心配そうな表情でクロエを見つめていたが、やがて小さな息を吐くと
「……そうだな。では花瓶の花で構わぬか?確かミラベルが持ってきてくれておった。待っておれ、用意する」
と席を立つ。
ディルクが席を外すと、ジェラルドが
「先生の言う通りだぞ、クロエ。己を否定してはならぬ。儂も以前に言うたが、己の能力を最大限に使うがよい。其方がこの場に居るのはきっと必然なのじゃ。許されぬ存在なら今ここに居らぬ筈。だから罪悪感等は無用。良いな?」
とクロエを諭す。
クロエは優しく笑って
「……はい。ありがとうございます」
とお礼を言った。
何故かその顔がクロエでは無く、優しい別の乙女の顔に見えたジェラルドは目を擦る。
「えっ……?今のは……」
と呟くジェラルドに
「どうしたんですか?目にゴミでも?」
と首をかしげるクロエ。
ジェラルドは又クロエを見てみるが、もうさっきの様に別の乙女が重なっては見えなかった。そこには小さな自分の“孫”のクロエしか見えない。
「いや、少し目が霞んでな。年をとるとどうもイカン」
とジェラルドは苦笑する。
クロエは少し心配そうな目を向け
「霞目ですか?旅のお疲れが出てるんじゃありませんか?何ならもうこの場はお開きにして……」
とジェラルドを気遣う。
ジェラルドは慌てて首を振って
「いやいや!疲れてなど居ないし、寧ろ今見せてくれる筈のものを見なければ、気になって仕方無くなる。だから、是非見せてくれ!非常に気になるのだ」
とクロエの方に身を乗り出す。
クロエはその勢いに圧される様になったが、クスッと笑って
「はい、では是非!」
とジェラルドに応えた。
程無くディルクがクロエの所望した道具一式を持ってきた。
そしてある一枚の紙をジェラルドに差し出す。
「……手で擦るなよ?擦ったら只では済まさぬからな」
と脅し文句を口にしながら、訝しげに見るジェラルドに大切そうに、しかし嫌々ながらと云う風情で渡す。
ジェラルドが首を捻りながら、紙を見る。途端に顔が驚愕し、彼は思わず立ち上がる。
「これは?!一体誰が描いたのですかっ!こんな繊細な、しかも精密な絵は見たことが無い!
まさか、先生ですか?しかし、先生の絵はそれほど上手くは……イタッ!痛いじゃないですか!ホントの事を言って何で叩く……痛いっ!仕込杖を手から離して下さい!危なくて敵わん!」
と絵を掲げ上げながら、仕込杖から逃げるジェラルド。
クロエが慌てながら
「ジェラルド様!もう、ディルク先生!駄目ですよ、幾ら仲が良くても暴力はいけません!これ以上ジェラルド様を叩いたらアタシ、先生に日本語教えませんからね?良いんですか?」
と腰に手を当ててディルクを睨む。
ディルクはプイッと横を向き
「……ジェラルドの味方をするな、何だか腹立つ。……分かった、仕込杖は使わぬ。それで良いのじゃろ!」
とへそを曲げた。
クロエは肩を竦め
「もう、直ぐにジェラルド様とじゃれたがるんですね~。でも甘えてばかりじゃ駄目ですよ、先生?
……ジェラルド様もです。先生の前で墓穴掘りすぎですよ?これじゃ叩かれる隙だらけだわ。楽しんでらっしゃるなら別ですけれど……」
と呆れた様に言う。
すると2人は声を揃えて
「「甘えとらんし、楽しんどらん!」」
とクロエに噛みついた。
「あ~はいはい。解りました。そんなに息の合った所を見せたいのね。ま、仲良しを見る方がアタシもホッとしますけど。じゃあ、実演に入りましょうか?」
と肩を竦めたクロエが、2人をおざなりに処理した後、絵を直接描くと宣言した。
驚いたのはジェラルドだ。
「実演?!……では、やはりこの絵はクロエ、其方が?!」
とクロエを見る。
クロエが頬笑み、ディルクが何故か胸を張って
「見て腰を抜かすがエエ。クロエはホントにスゴいんじゃぞ!ホレ、描いて見せてやれ、クロエ!」
と彼女にけしかける。
クロエは描く体勢を整えると
「じゃ、暫く静かになさってくださいね?今から花を観察しますから。ああ、先生。剣草じゃありませんから“箸”は今回は使いませんよ?」
と言って花瓶に挿された花を静かに観察し始めた。
ジェラルドが眉を潜めて
「……剣草?……何故あの草を?」
とクロエの言葉を聞き咎める。
だが彼女は花瓶の花に集中し始めたので、ジェラルドの問に返答は無かった。
やがてじっくり観察をし終えたクロエが紙を目の前にして、鉛筆を空で動かし始める。直接未だ描かず、描いたイメージを紙の上で確認するように、鉛筆をただ動かすだけ。……そうして暫くその動きをした後、紙に薄く点を打ち始めた。精神を集中し、口元を引き締めると紙に線を入れ始める。
ジェラルドとディルクは小さな彼女の手に握られた鉛筆が、やがて紙の上に白と黒のコントラストで浮かび上がらせた目の前の花瓶の花の姿を、驚愕しながら見つめる。
余計な線は少なく、しかし本線はハッキリと入れ、少し影を入れたところで
「……と、こんなものかな?……今回もラフな画ですがね。ジェラルド様、如何ですか?これが植物画です。画材は何でも構わないのですが、精密な絵を描くならやはり鉛筆が今のところ1番描きやすいのです。ただ、鉛筆は紙に摩擦で黒鉛を擦り付けて線を描く物なので、何れはこの絵は劣化します。又、何かに擦れても直ぐに移染し、絵が崩れてしまうのです。
……この絵を残すには、黒鉛をこの紙に留める為の定着剤が必要です。おそらく絵師の工房や染め物工房なら、定着剤の存在をご存じの筈。ジェラルド様に是非、黒鉛を紙に留める為の定着剤の探索、並びに開発に協力をお願いしたいのです。……如何でしょうか?」
と紙から顔を上げ、自分を見つめるジェラルドに協力を願う。
ジェラルドは直ぐに首を縦に振り
「分かった!協力を惜しまぬ。これは素晴らしい!この絵は記録技術としても価値があるし、観賞にも充分な価値が見出だせる。後から詳しい内容を教えよ。帰ったら直ぐに動く。
又其方の考える定着剤の材料等で、他に未だ使われていない物があるなら、それは其方の発見、若しくは発想によるものとして協会に登録する故、安心せよ」
と請け負った。
クロエは嬉しそうに頷き
「お任せします。又紙に使えそうな材料を書いておきます。帰りにお渡しできるようにしますね。先生、講義の時間を使います。宜しいですか?」
とディルクに尋ねる。
彼は頷きながら
「それが良いだろう。……ああ、もう大分時間が経ってしまったな。此度の話はこれで終えるとしよう。又滞在中にもう一度話せる機会を持てるように取り計らう。良いな、2人共?」
と言い、結界を解く準備をする。
2人は頷き、家に向かう準備をする。
結界を解かれると既に外は日が陰り始め、夕食の時間が近いのが解った。
「イカンな、早く戻ろう。コレットに叱られてしまうわい」
と焦った3人は急いで家に向かったのだった。
次話は明日か明後日投稿します。




