誤解ですクラスメイトです:後編
本日投稿二話目。これで本当に最後です
ある日、部活中に宿題のプリントを忘れたことに気付いた。
飲み物を買いがてら教室へと取りに行くことに。
放課後の教室。
誰も残って居ないだろうと思っていたがそこには人影があった。
「あれ、どうしたの? 部活は?」
不思議そうに首を傾げる芳野さんが目の前に。
うわっどうしよう………俺、部活の格好のままだ。
部活中なのだから当たり前なのだが、俺の部活は柔道部。
悲しいことに女子ウケは全くしない。
よれた柔道着、汗だらけの坊主頭。
かなりむさ苦しい……最悪だ………。
せめて制汗スプレーでも振って来るんだった。
「いや、プリント忘れてさ。取りに来た。あはは。芳野さんは? 何してんの?」
汗臭いとか思われてたらどうしようかとヒヤヒヤし、少し後ろに下がり距離を取る。
「私は今から帰るの。バイト申請のこと先生に色々聞いてたら遅くなっちゃった」
「へぇ、バイトするんだ」
芳野さんが始めるバイトについて話を盛り上げながらも、内心教室に二人きりの状況にかなり緊張していた。
「あ、俺もうすぐ休憩終わるわ」
出来るならばこの嬉しすぎる状況に永遠に浸っていたかったが仕方ない。
存在しない後ろ髪を盛大に引っ張られながら、去ろうとした時である。
「引き止めてごめんね。えっと、じゃあ最後に一言」
「ん? なに?」
「柔道着姿………とっても格好いいね」
一瞬、何を言われたか分からなかった。
今、彼女は俺を格好いいと言ったか?
毎回アダ名がキングコングかゴリラのこの俺を?
驚いて芳野さんをマジマジ見ると、彼女は頬を赤く染め俯き加減に羞じらっているではないか。
「そ、それじゃあ部活がんばって」
未だに彼女の言葉が信じられず呆ける俺を残して彼女は走り去る。
その日俺は一睡も出来ず、ずっと脳内で芳野さんの“格好いい”という台詞をリプレイさせた。
期待してもガッカリするだけだと自身に言い聞かすもどうやら手遅れらしい。
芳野さんが好き過ぎて苦しい。
翌日、浮かれていた俺の脳内が一気に冷やされるような事件が起きた。
柔道部を卒業した三年の先輩の喫煙が問題となり部の存続が危うくなったのだ。
件の先輩はもう柔道部に籍はないのだが、何故ここまで部が責任を問われるのか。
誰もが疑問に思ったが学校側はかたくなで、ほぼ廃部は決定のようなものだった。
「大丈夫?」
柔道部の噂を聞き、芳野さんが心配そうに俺の元まで来てそっと優しく肩に手を置いてくれる。
かなり落ち込んでいた筈なのに単純な俺の脳内は再び花畑へとトリップする。
彼女は部の存続の嘆願書を集めようとまで言ってくれた。
なんだか俺より落ち込んだ様子で、どうかすると泣き出しそうだ。
ここまで心配してくれるとは、なんていい子だろうか。
更に翌日、柔道部の廃部の話はどうしたことか綺麗さっぱりなくなった。
芳野さんと二人でそれを盛大に喜んだ。
「良かったね。本当に良かった。柔道部が無くなるなんて、そんな悲劇あっていいわけがないもん」
そう言ってホッと息つく表情は大層愛らしく、芳野さんの落ち込みようを密かにハラハラ見守っていたクラスの野郎共の心にも潤いが戻る。
俺も、芳野さんが可愛くて死にそうだった。
ふと視界に入った櫻宮もいつものキリリと引き締まった顔を間抜けに緩ませて芳野さんを見ており、少し彼に好感が持てた。
しかし目が合うと一瞬だけ物凄い殺気を含んだ睨みが俺に向かって飛び出した気がした。
あの櫻宮が、殺気?
すぐに視線は反らされたのでもしかしたら俺の勘違いかもしれないが、とても印象深い一瞬であった。
それから程なくして席替えがあり、残念過ぎることに芳野さんから離れてしまった。
彼女の隣はあの櫻宮で、二人の空間だけ別次元のように輝いているではないか。
遠く離れた所からそんな様子を羨ましく眺めていれば、ばちりと櫻宮と視線が交じる。
櫻宮は俺に笑いかけた。
普段の爽やかスマイルではなく、馬鹿にしたような勝ち誇った顔で。
俺はそれに対してあまり驚きはなかった。
彼が評判通りの“完璧な櫻宮君”ではないと分かり始めていたからなのかもしれない。
その後、芳野さんとの関係が深まるきっかけもなく時は平淡に流れる。
あれは冬の寒いある日だった。
芳野さんと櫻宮が同時に休んだ。
だがインフルエンザが流行っていた季節なので休みは二人だけではなく数人居り、クラスの連中も華が欠けて寂しがる他は特に気にした様子もなかった。
それから一週間後、余程症状が重かったのか少しやつれて顔色が悪い芳野さんが登校してきた。
「芳野さん、もう大丈夫?」
「っ、あ……うん、平気」
元気のない芳野さんの背後から声をかけると、彼女は肩をビクリと震わせてから小さな声で頷いた。
明らかに大丈夫そうではない。
「あのさ―――あれ?」
まだ帰って寝ていたほうがいいのではないかと伝えようとしたが、芳野さんは既に友人の元へ駆けて行ってしまった。
もしかして俺避けられた?
いやいや、んなわけないって。
必死に否定し気を取り直す俺だが、嫌な予感は見事に的中していた。
芳野さんは俺を避けているという事実が時間が経つごとに明らかになる。
いや、俺だけではなく男子全員との接触を避けるようになったのだ。
男子との会話は必要最低限。
しかも青ざめて少し震えている。
一体どうしたというのか。
尋ねようにもあのように怯えられては近寄ることさえ憚られる。
芳野さんの異変ばかりが気にかかった数日後、一大ニュースが学校にもたらされる。
ずっと休んでいた櫻宮がなんと学校を辞めてしまったのだ。
なんでも突然海外に留学することになったらしい。
あまりの悲報に学校中の女子が泣き叫ばん勢いで嘆くが、正直俺は櫻宮のことはどうでもよかった。
一つ気になるのは芳野さんだ。
未だに元気がなく、櫻宮の話題で集まる友人の話に参加することもなく休み時間はもっぱら机に俯せになって寝ている。
その背中が微かに震えているように見える気がした。
気になって仕方なかったが俺が芳野さんの力になってあげられる訳もなく、結局卒業式を迎えるまで彼女は男子を避けて過ごした。
最後の日、どうしても諦められなかった俺は思いきって彼女に告白した。
まぁ結果は惨敗。
「ごめんなさい。気持ちは凄く嬉しいんだけど、今はまだ男の子と付き合う気にはなれないの」
申し訳なさそうな芳野さん。
だが俺は想いが言えただけで満足だ。
そう伝えると、彼女は大きな目に涙を溜めて俺を見上げる。
「告白嬉しかった。本当に、嬉しかった―――あんなことさえなければ、私も本当はあなたが………いえ、なんでもない」
悲しそうに首を横に振った芳野さんはひっそりと去って行った。
本当に何があったんだ。
彼女の為に何も出来なかった無力な自分が腹立たしかった。
その後、とある大学の看護科に合格した芳野さんは他県にあるその大学の近くへと引っ越したようだ。
俺も俺で地元の大学へ進学して完全に別々の道へと進み始めた。
そうしてその大学生活も終わりに向かっている今、高校の同級生達と芳野さんの話題で盛り上がっているわけである。
「そう言えば芳野さんの下の名前ってなんだっけ?」
ふと気になり尋ねると、酔っぱらった赤ら顔をだらりと垂れ下げる旧友。
「春希ちゃんだ」
「そうだ春希ちゃん! 俺、心の中では春希って言ってた。俺のオアシス春希っ!」
「呼び捨てかよっ図々しい奴」
―――春希
やっぱりという言葉を飲み込み更に問う。
「なぁ、櫻宮と今でも連絡取ってる奴居るか?」
確認するように見回すと、全員ポカンとしたあと可笑しそうに笑い始めた。
「誰にも行き先告げずに転校したんだぜ? 連絡先なんか知らないって」
「そりゃあまだ仲良くしてたら自慢出来ただろうがな」
「そうだなぁ。留学先で飛級しまくって在学中に起業。今や経済界の若きエースだと持て囃されてるもんなぁ」
そうだ。
櫻宮は今や時代の寵児。
俺達とは次元の違う人物となってしまった。
だがそれでは何故………櫻宮から俺の所にあんな手紙が来たのか。
「なぁ知ってるか? 櫻宮が突然留学した理由」
「ああ、あれだろ? なんか警察沙汰になる事件起こして家を勘当されて日本から追い出されたってやつ」
「んなの櫻宮を妬んだデマだろ」
楽しげな旧友の横で今朝自宅のポストに投函されていたエアメールの内容を考える。
それは簡素な結婚の報告だった。
『私達、結婚しました』
その下には櫻宮の名前、そして妻の欄に“春希”とあったのだ。
これは偶然か?
いや、こんな偶然ある筈がない。
あの櫻宮が結婚したとなると世界中のマスコミが騒ぎそうなものだが。
そもそもなぜ親しくもなかった俺にそんな報告をするのか分からない。
分かるのは一つ。
芳野さんの結婚に俺の胸は未だ痛むということだけだ。
もう過去のことだと割り切ったと思ったが、初恋というのは後に引くものだと噛み締め酒を煽る。
滅多にしない深酒で夜を明かした数日後、一人の女子大生の捜索願が彼女の母親により提出された。
だが何万人にも上る行方不明が存在する昨今、遠く離れた俺の耳までその事件が入ることはなかった。
そして一年後、忘れた頃に再び櫻宮からエアメールが届いた。
今度は子供が生まれたと。
ああ、芳野さんは今幸せな人生を歩んでいるのだなぁと感慨深く思いながら俺はその手紙を引き出しの奥深くへと仕舞い込んだ。
きっと彼が結婚して子供が出来て鍛えていた筋肉が脂肪に変化する頃まで、夫婦の名前で暑中見舞いやら年賀状やらが毎年海外からわざわざ届くと思います。
最後までお付き合い下さりありがとうございました。