257 生存確認のスタンプ
媿野って書くのめんどくさいなぁ……。
まあでも、いまさら変えられないし……。
「陸が風邪を引いた?」
陸のクラスメイトでありいとこ、佐藤淳は制服に着替えながら、スピーカーにした電話の相手に聞いた。
ちなみに、佐藤姓は偽名である。
『そうなんだよ。それで今、空様……いや、空から電話がかかってきた』
電話の相手は陸のいとこであるため、もちろん淳のいとこでもある、鬼屋敷海斗。
瀬戸海斗という偽名を持っている。
「それで? なんで俺に報告してきたの? 俺はもう媿野家とは関係ないんだけど?」
媿野、読み方は『きの』で、鬼という妖のトップの名字。
西村という偽名を本名と信じ込んでいた陸の名字でもあった。
『それがさぁ、あの家今、江見桜子とかいう怪異のガキがいるんだろ? そのガキのおもり含めての仕事だから、俺一人じゃ出来ねぇよ』
なるほど、と淳は納得する。
『空はもうすぐ学校だし、媿野様の看病や世話は俺らの仕事!』
淳は思わず眉をひそめ、苦い顔をして呆れた。
はぁ、とため息をついてから、淳は海斗に返事をした。
「わかった。行けばいいんだろ?」
『助かるよ淳』
最後にそう言って、海斗は電話を切った。
そしてそのすぐあと、部屋の外から声をかけられた。
「淳、誰からの電話だったの?」
和室のふすまが開く。
実は淳は、最近は愛莉のいるあの家ではなく、事情を知っている筮に頼み、旅館に居候していた。
あの家には『家出します』と送ったっきり。
まあ、三日おきに適当なスタンプを送っているから、生存確認はされているだろうという考えだった。
親からの連絡は毎日来る。面倒くさいため、いい加減諦めてくれないかと思っている。
ただ、この旅館もいつまでもつか分からない。愛莉がどこまで本気で探しているか分からないからだ。考えるだけで鳥肌が立つ。
「海斗から」
「ああ、あの……なんていうんだったかしら? 虹iro? とかいうグループのストーカー君ね」
「間違ってはないですけど……」
「私、あの子あんまり好きじゃないわ。義務的っていう色が滲み出てるもの」
「っ!? さすがですね。まさか気づけるなんて」
「まあね」
筮はそう言って、綺麗な水色の髪を揺らし体の向きを変えて部屋から出て行った。
こちらに背を向けたまま、魔法でスパン、とふすまを閉めた。
何回も思うが、勝手に部屋に入ってくるあたり、あの人には『プライバシー』という言葉がないのだろう。いや、あるかもしれないが意味を知らないのかもしれない。
淳はそんなことを考えた後、制服から私服に着替え、陸の家に向かった。




