252 思った以上にセンシティブ
『――桜井弥一、って人、知ってる?』
その言葉を聞いた彼は、しばらく黙った。
しばらく、と言っても、ほんの数秒だった。
僕にとって、その数秒は鼓動が大きく鳴り響く、緊張感のある数秒だったってだけ。
彼は、僕の顔をまっすぐ見て、口を開いた。
僕も、元アイドルの親譲りの偽装の微笑みを張り付けて、彼の言葉を待っていた。
「――知りません。誰ですか?」
彼の表情は、ほとんど変わりなかった。
「桜井、という名字はそこまで少なくもありませんから、ぼくとその人……やいち? さんが知り合いとも限りませんし――」
「嘘でしょ?」
嘘の仮面を張り付けたまま、僕は一言。その一言で、桜井さんの言葉を切った。
顔色一つ変えずまっすぐ僕を見つめることができる彼の仮面は、分厚いものだと思う。
――だからこそ、引き裂いて剝がしてみたい!
禁を犯す快感を、もう一度、味わって、物理的にも精神的にも、引き裂いて散らかしてみたいんだ。
「僕は桜井捌夢が桜井弥一の親戚という情報を持ってる。それも、僕が信用している情報源から提供された情報だ」
桜井さんの返事も聞かずに、僕は「それに」と話を続ける。
「ほとんどの人は自分の記憶に絶対的な自信はない――っていう情報は、漫画で知ったけど……。もしかして、ほぼノータイムでそう言い切れるほどの自身の出どころが、あるの?」
無表情で少しにらむように桜井を見ると、桜井さんはハァ、とため息をついて「嘘ついてすみませんでした」と頭を下げた。
「桜井弥一という名前は知っています。でも桜井弥一のいとこである父に口止めされており、嘘をつかさせていただきました」
「じゃあ、知ってるんだね?」
「『木野鏡』という人間が、彼ら兄妹と仲良くなり、鏡に二人が殺されたことは知っています。
思わずパァッと顔が明るくなる。
木野鏡とは父さんのことだろう。桜井弥一に兄妹がいたというのは初耳だった。だが貴重な情報には間違いない。
他にも何か知っているかもしれないという僕の期待はおそらく漏れ出ている。
しかしそんな僕の期待を、桜井さんはズバッと切り捨てた。
「――でも、その事件の詳細は、子供だったぼくたちには教えられていません。上のきょうだい四人は教えられたそうですが……」
そう言って桜井さんは少し眉を下げた。
「その話をされたのは小五の時でした。上のきょうだい四人が18、19、21、22の時にされた話で、ぼくたちはその時15、13、12、11でした。子供にしてはいけない話だったのでしょう。なので、あまり知らない方がいいんじゃないでしょうか?」
僕は一瞬、これは思った以上にセンシティブな話らしいぞ、と思った。
ここから先に、踏み込んでいいものか、と。
「……先輩」
桜井さんが、目を少し見開き、困惑と、本当に少しの恐怖が混じった表情でこちらを見ていた。
「――なんでそんなに、楽しそうなんですか?」
でも……。――きっとこれが好奇心に負けるということなのだろう。
今の僕の目には、僕の心の何かを糧に燃え続ける炎が宿っていた。
桜井さんの目に映る僕は、明らかに普段の僕とは違う表情をしていた。
怪奇。捌夢の頭に浮かんだ言葉はこれだ。
――踏み込んではいけない『これ以上』が、知りたくてたまらなかった。
ナ「わかる! 俺も知りたくなっちゃう!!」
黙れ。放火魔。
ナ「短いながらも辛らつな一言!」
作「つまり、『ガビーン』てこと?(笑)」
白「いや『(。•́ – •̀。)シュン…』のほうが似合ってるでしょ」
作「その顔文字可愛い!」
ナ「いや俺のメンタルの心配をしてよ!」




