216 祖父の支配下
ヤバい。半居候の彼、出て来ないよ……。
「はぁ……ほんとに反省してます」
「そうだよ! ちゃんと反省して。この家は誰のものだとおもっ――」
「あ、あと言い忘れてたのが……」
父さんの言葉を遮って僕は壁に隠されていたボタンをポチッと押す。
するとそこに、地下へ続く階段が現れた。
父さん、母さん、そして弟たち二人は目を真ん丸にして驚いた。
「筮さんに魔法で作っていただいたものです。この先には桜さんの部屋があります。本当なら親が返ってきたときに桜さんを隠すために地下に作ってもらったんですけど……」
結局意味なかったなぁ……。
この親、結構急に帰ってくるってこと忘れてた。
まあでも、さすがに知らない間に家の地下に怪異用の部屋が作られてるなんて、妖のご当主やご子息様でも驚くか……。
「やっぱ筮さんが地下室作ろうとしたとき、全力で止めればよかったなぁ……」
そう言って僕はため息をついた。
「……待てよ? あの時僕は壁に固定されてたから結局意味はなかった……? でもまあ、いまさら考えても意味ないか」
「ちょっ――と、待って?」
「何?」
考えたことをすべて口に出すと、ついに父さんからストップがかかった。
「………………ついに、何も隠さなくなってきたね」
「そっちもでしょ? 父さん」
※似たもの親子。
・・・
「じゃ、僕お風呂入ってくるから」
「ん、りょーかい」
ソファーに座って友達とラインをしている兄さんに声をかける。
脱衣所のドアに手をかけた時、後ろからウキョウくんに声をかけられた。
「兄上」
何? と言うと、ウキョウくんは「その……」と一瞬口ごもる。
「俺も、一緒に入って、いいですか……?」
・・・
僕はその申し出を、断らなかった。
多分、なんか話があるんだろ。
「……思っていたより、広いです」
お風呂に入った後の第一声は、これだった。
「もっと、なんか……二畳とか、三畳くらいかと思ってた……」
……確かに、うちのお風呂は普通の家よりは大きいかも?
まあいいか。今は関係ない。
「……何かあったの?」
湯舟に浸かるウキョウくんに、そう聞いた。
するとウキョウくんは少し黙る。
「……怒られました」
しばらくして、ウキョウくんは口を開いた。
怒られた? それだけ? ――それだけであんな、絶望の顔をしていたの?
父さんと母さんの仕事が終わってないのにこっちに来たのはなんとなくわかってる。いくら隠しても、滲み出る”感情”がある。
「――おじいさまに」
あー……。
ここで、兄さんと同じように『やっぱそうか』ってならないのは、きっと生まれ持った物の違いなのだろう。
「……そうか………………そんなに怖いのか……」
思わずその言葉が口から出た。
小さかったけど、たぶん相手には聞こえてる。
妖というのは基本的に、人間より五感が優れた生物だから。
「ちょっと冷たいと思うけど、ごめんね」
僕はシャワーの水を思いきり冷水にして、ウキョウくんの頬にあてた。
ウキョウくんは「イッ」と小さく声をあげる。
「叩かれたの? 今日、妖は人間より回復能力が高いって教えてもらったけど、ホントに切れてなければすぐに治るんだね……でも、昔よりは、回復能力も下がってるよね?」
妖は、五感すべてが人間より鋭い。だから、僕の小さな声も、きっと彼には届いていた。
他にも、体感、運動神経、回復能力、動体視力なども優れている。だが、それは代を重ねるにつれ人間に近づいていってる。
周りよりちょっといろいろ優れてるだけ、で片づけられるくらい、能力が低下している。
――それでも、ちょっと叩かれたくらいでは、数時間で治ると思う。
やっぱりこの辺のラインはあいまいだけど、漫画などの『作り話』とあんまり変わらない。
父さんたちがここに来た時は、もうちょっと色が濃かったと思う。
僕は、兄さんより色彩感覚が優れているから、少し赤くはれていることに気づいた。
でも、もう少し兄さんと一緒にいる時間が長ければ、きっと動作で気づかれていたかもしれない。
僕はシャワーから出る水を止めて、できるだけ、優しく微笑んで言った。
「……何されたの?」
本当に、心配してるんだ。
相手はそのことを察したのか、下を向いて、話し出した。
――バチンッ!!
先ほどまで、目の前の祖父から放たれていた言葉を受け止めきれず、つい目の前のことに気をやるのを忘れていた。
叩かれた衝撃で、畳に倒れこむ。
頬に、音より一瞬遅れて激痛が走る。
耳に、叩かれた時の大きな音が入ってくる。
頭が、今起きたことを数秒使って理解する。
隣で、凪寽が自分も叩かれないように悲鳴を押し殺す。
「何を黙っておる? 今、ワシはお前に言った。『なぜ――」
――あ、ダメだ。
これ、聞いたらダメなやつだ。
起き上がる気も起きなかったが、恐怖心が体を動かした。
――何分経った分からない。
多分、話を聞いてないと思われたんだろう。頬の痛みがまた大きくなってる。
凪寽が大粒の涙をこぼして泣いている。
俺は、何もできなかった。
「――! ――――――、―――!」
「―――! ―――――――!!」
部屋の外から、声が聞こえてきた。
多分、父上と母上だ。
数秒して、ふすまが勢いよく開く音がする。
「生鏡ッ!」
「凪寽っ」
俺は、父上に抱きしめられた。
ごめん、ごめんな生鏡、耳元でそう言われた。
でも俺の視線は、ふすまの方に向けられていた。
親に抱きしめられる俺たちを、ふすまの奥に立つ四、五人の大人が見下ろしている。光のない、冷たい目で。
「――何をやっておる?」
その重い声が、この場の全員の耳に鳴り響き、残る。
するとふすまの奥にいた大人たちは、一斉に顔を青くした。
「この場には誰も入れるなと、言ったはずだ」
真っ青の大人たちが床に頭を打ち付ける勢いで土下座し、声をそろえて「申し訳ございません!」と叫んだ。
「私は、使えん奴らを我が近くに置いておくほど、心優しくないのだよ」
「も、申し訳ございません!」「申し訳ございません……!」
「次こそは! 次こそは誰も通しませんので、もう一度チャンスを!!」
必死に謝る大人たちの行動を、アイツは一言、たった一言で否定した。
「――誰がお前たちに発言を許した?」
場が一瞬静まり帰ったその時、静かな部屋に凪寽の嗚咽が鳴り響く。
「凪」
「………………はい」
「お前はガキの躾もできんのか」
「いえ……」
「ガキの躾もできんのかと聞いている!」
「………………」
「凪」
「……はい」
「凪!!」
「………………申し訳、ありません……」
母が謝り、おじいさまは土下座している大人たちに目線を戻した。
母に抱かれて泣く凪寽は、もうすっかり静かになっていた。
「無能はいらない」
「ただの荷物」
「ここにいるべきではない、散れ」
止まる事を知らない祖父の罵倒。
俺たちはそのうちにこっそり部屋を抜け出し、逃げてきた。
ナ「えっ、こわ……」(鳥肌)
おや、ナレーターさんが鳥肌なんて、珍しいね。恐怖心から鳥肌を立たせるなんて、千何年ぶり?
ナ「俺しわくちゃのじっじい~……って誤字かよ!? でも面白いから採用!」
白「私こういう人見たことある……。同じく妖の人だった」
血筋だねぇ……。そうか、白銀は見たことあるのかこういう人。
作「うち、こういう人無理……」
作者にはちょっと刺激が――ンブゥ!!(作者による腹パン)いったいっ!!
ナ「うわぁ……作者の力ヤバッ」
白「いやナレさんそんな事言ったらキキと同じく腹パンの標的――ングッ!」(なんで私まで)
ナ「ウベェッ!!」
作「………………おやすみ――永遠に」
(いや殺すなよ。ナレちゃん、白銀、キキ、後日談)