214 たくらみの成功
ただいま。帰ってきたよ☆
いや大変だったなぁ……そういえば、帰り道に親がタクシーの運転手と話してたんですけど、「みんなのくたびれた顔見に来たようなもんです」って言ってて、確かにそうかも……と納得してしまったんですよね。
母は万博の事「お祭り」だって言ってたけど、結構大変だったから……ちょっと苦手になったかも。万博。
「ほら早く逃げますよ! ったく遅いなぁ……」
ウキョウくんに急かされ、急いで公園を離れる。
「………………ねえ」
「なんです?」
ウキョウくんの背中を追いかけながら声をかけると、キレ気味の声が返ってきた。
「……何で今日、僕たちのところの来ようと思ったの?」
今日じゃなくてもよかったはずだ。
なんなら、一応偉い立場なのだから、逃げ出す計画なんか立てなくとも、できたはずなのに。
協力者は一人だけ。それはなぜ?
「……さあ」
戻ってきたのはさあ、その一言。
「さあ? どういう事?」
「……おじいさまが、お怒りだったんです」
彼は走りながら、そう言った。
表情は見えない。平坦な声だったけど、どこか悲しそうにも聞こえた。
「なぜかは分かりません。でも、怒っていたのか確実だった。そのことを、鬼桜から聞いて……」
『生鏡! ……様! なんかヤバイ、逃げた方がいい』
『はぁ? なんで』
『先代当主がお怒りだ。陸と空……様を連れて、逃げろ』
鬼桜は必死に、逃げろ、とだけ伝えてきた。
なぜかは知らない。大人の事情ってやつだろう。
『陸たちの家の住所は――』
そこで俺は、初めて兄たちの住む家の場所を知った。
初めてだ。今まで一度も聞かされなかったこと。
鬼桜に書いてもらった地図を頼りに、俺はあの家まで行った。
「――というわけです」
ウキョウくんの話を聞いて、僕は思った。
どうして安藤さんは、ウキョウくんのことを『さま』づけで呼ばないんだろう……。
うーん、でも、僕らのおじいさんってそんなに怖い人なのかな?
「ねえウキョウくん、その、おじいさまって、そんなに怖い人なの?」
「え?」
話を聞く限り、誰もそのおじいさんとちゃんと話してない感じがした。
「怒るのには人それぞれ理由があるし、ちゃんと話し合えば、きっと――」
にっこり笑ってそう言うと、ウキョウくんは急に足を止めた。
彼はうつむいたまま、小さな声でこう言った。
「……兄上は、おじいさまに会ったことないからそう言えるんです」
その言葉に、僕は「え?」とつぶやいてしまった。
「小さいころから何度も話そうと試みましたよ。でも無理だった。大体部屋の中に声をかけても、低い不機嫌な声で『帰れ』の一言。しつこく声をかければ『つまみ出せ』との命令で連れ出される。無理に中に入れば殴られるんですよ。だから事前に機嫌を窺って『会いたい』と伝えてもらっても返事はない」
『……でしたら、今度、面会の予定を入れてもらえませんか?』
これで、最後にしよう。
これで無理なら、あきらめよう。
数日後、面会の日――。
『何が欲しい。何が望みだ。小遣いか? それとも人か? ”アソビ”か?』
開口一番がそれだった。
「――そんな人と! 話せるわけないじゃないですか! じゃあ兄上が話してみてくださいよ!」
そう怒鳴られて、僕は思わず一歩下がる。
僕より年下で、身長も低いのに、台の大人さえ気圧されそうな――気迫。
「……ご、ごめん……ね」
ようやく絞り出した、その一言。
何もわかっていなかった。
彼は大きな覚悟を持って、ここに来たのに。
その覚悟を、実際より何倍も軽く、考えていた。
……百聞は、一見に如かず。
会って、みたいな。
その時、僕はハッとして後ろを見た。
「……兄上?」
「誰か……いるような気がする」
本当に、なんとなくだけど。
ただの勘。それでも、こういう時の勘は、意外と当たる。
「……誰?」
僕は、道の角に声をかけた。
すると、その角からヒョコッと、知ってる顔が出てきた。
「えっ――馬場さん!?」
僕が驚いて声をあげると、馬場さんはこっちに向かってひらりと手を振った。
「………………ごめんなさい。公園のとこからずっと聞いてたわ」
どうやら馬場さんは、家の近くにある小さな本屋にはない新作のBL本を買いに出かけたところ、一緒にいた弟の永来君ともはぐれ、迷子になってしまったらしい。
「帰り道どこ……」
とぴすぴす泣いていた(中学三年生)所、公園の方から僕の声が聞こえ、覗いてみると、顔がそっくりな男の子と一緒にいるところを発見。ずっと後をつけていたらしい。
「ストーカー……」
と思ったことは置いといて。
「じゃあ正体とかもうバレてるわけね。ウキョウくん、気配? とかなかったの?」
「………………」
「……ウキョウくん?」
「え? あ、はい」
もう一度声をかけると、今度はちゃんと返事が返ってきた。
「気配……ですか? まあ――」
「ああーーーーーっ!!!」
ウキョウくんが口を開いた時、遠くから大きな声が聞こえてきた。
声の方を見ると、そこにいたのは――
「あねぇ! やっと見つけたっ!」
「永来!」
馬場さんと一緒にこっちに来ていた、永来君だ。
永来君は小走りで近づいてきて、馬場さんの肩にポンッと手を置いた。……おそらくだけど、逃げられないようにだろう。大変だなぁこの人の弟も。
「まったく。探すの手伝ってくれたヤムにも連絡しなきゃいけないし、面倒なんだからね!?」
「え? ハッくんってこの辺に住んでたっけ?」
「いや? 兄の墓参りの帰りらしいですよ?」
……なんだろう。兄さんを叱るときの僕を見てるようだ……。
呆れながら見ていると、永来君はこちらに向き直り、頭を下げた。
「こんにちは、西村先輩! お久しぶりです! あと……弟さんですか? 初めまして。馬場永来と申します」
僕は永来君に「こんにちは」と返した後に、ウキョウくんの方を見る。
ウキョウくんは複雑そうな顔をした後、明らかに作り物のぎこちない笑みを浮かべた。
「え? あー……はい。き……西村、生鏡です」
今一瞬『媿野』って言いかけたな。
その後、馬場さんと夏休みの宿題の進み具合について少し話した後、永来君とウキョウくん、カバンの中から顔を出したナギトくんにこんな時間に外にいるのは危険だと注意され、解散することになった。
ちなみに、馬場さんたちはずっとカバンの中にナギトくんがいたことに驚いていた。
※馬場さんは公園にいた時もう一人入るなと思ってはいたけど、その後解散したと思われていたよ。
今回は執筆の裏側を(少し)語っていくよ☆
ナ「……? ヤムって誰?」
ああ、ヤム君はね……あれは、中二のヤム君が小学六年生の時の事……
作「え? 何その語り出し。こわっ」
白「どうせなんも考えてなくて、のらりくらり誤魔化すのでは?」
いや違うよ? ヤムはほかの物語の主人公で、その物語に登場する学校の名前考えるのめんどくさかったから、こっちと同じ学校名にしたんだけど……
ナ「で、だったらこっちの話に登場させようって事になって?」
適任だなぁと思ったキャラが永来君だったから、永来君の友達になったってわけ。でも物語での役割はゲームで言う『村人』的な存在にとどめておく予定。重要キャラクターにしちゃうと必然的に彼の家族についても触れなきゃいけなくなるからね。