210 忍者
「ええ……? じゃあ、林間学校の時、妙に淳君と連携が取れてたのはそういう……」
「ああ、そうなりますね」
筮さんは「マジか~」とつぶやいて天を仰いだ。
「だって、鬼桜啓……って、佐藤くんのクラスメイトの、安藤啓介君でしょ?」
「ああ、確かそんな偽名でした」
そう言って鏡は微笑む。
筮はゴンッと机に頭を打ち付けた。佐藤はなぜこの行動に出たのか理解できなかった。
「じゃあ……私の上にいる二人は誰と誰ですか?」
「その二人は、SPじゃない方の二人だよ」
「そうなんですね……じゃないですよ! 名前を聞いてるんです。名前を!」
筮は机をバンッと叩く。
今日はそれに驚き少し両手をあげて苦笑いを浮かべた。
「あはは……そうでしたか。そこの二人は、黎牙くんと紫乃――」
――バンッ!
鏡が二人の名前を言いかけた時、上から大きな物音がした。
「………………今の音は?」
「うーん、上にいる二人が名前を言われたことに対して怒ってるんだね」
「当主なのに?」
上を見上げる鏡に、筮はツッコミを入れる。
正直言って、そのツッコミには佐藤も同感だった。
鏡はポリポリと頬をかいた。
「でも、あの二人と啓さんは、僕の支配下から外れてる立場だからなぁ……。立場的にも、無理に言う事はできないし……」
その言葉に、佐藤は違和感を抱いた。
佐藤の知る『鬼桜啓』は、ちゃんと当主の支配下にいた。
やっぱり、佐藤の知る『鬼桜啓』と、今の『鬼桜啓』は、何かが違っている。
似ていないように見えるが、それでもどこか似ている。どこが違うのかすらわからないくらい、ほんの少ししか違わない。
一方その頃、媿野本家では、ある二人の男が、ひっそりと作戦会議をしていた。
「――いいか? お前は奴らの目を引き付けろ。そのうちに俺は目的の『ヤツ』を回収する」
男に念を押されたもう一人の男は、パチッとウインクをして言った。
「わかってますよそのくらい。お任せください」
「ああ、悪い。問題のあの事件が無ければ、もっとスムーズに逃げられたんだが……」
「はぁ……だいじょぶですって。俺も見てて面白かったですよ――彼女には、悪いですけどね」
そう言ってその男は刃物を手に取る。
もう一人の男は刃物を見つめながら心の中で心配に思いつつも、大きなリュックサックを手に取った。
「ところで、上にいる二人は忍者か何かなんですか?」
筮は鏡に問う。
「うーん? 忍者か……まあ、その表現が一番近いかも? 忍者なんじゃない?」
「そうですか……じゃあもう一つ。二人はなぜ名前を言われるのが嫌だったんですか?」
ずっと気になっていたことだ。
ごくり、と唾をのむ。
「それは、彼らは一度陸に攻撃したことがあってね」
あははと笑う。
筮は固まった。いくら支配下に居なかろうが、当主候補に危害を加えるのは――
「それはダメでしょうよ! なんで罰与えないんですか!?」
「ええ!? だから無理なんだって。一回与えたことある、け……ど…………」
鏡はうつむいた。
そして、震え気味の声で答える。
「――兄が、殺されたんだ」
殺されたのは本家であるここの近くだったから、すぐに人が向かったんだけどね? その時にはすでに殺されてて、人が集まってた。
――事故だったらしい。
「事故? じゃあなんで殺されたって断言できるんですか?」
まあまあ、黙って聞いてなよ。
兄は、誰かに殺害依頼を出されていたらしい。
その依頼をされた人物は貧乏で、その依頼料という大金に目がくらみ、依頼を受けた。
依頼された人物は、数日後、兄を見かける。
ちょうどトラックが走ってきていたから、押してトラックに轢かせようとしたらしいんだけど――
――怖気ずいて、殺すのをためらってしまった。
「……え? ならなんで――」
「だから! 黙って聞いててよ!」
……その時、ちょうど下校時間だったんだ。
遊びながら帰ってた小学生がぶつかってしまって、結果的に兄をトラックに轢かせることになり、死んでしまった。
話を聞き終えた筮は、それで? と言う。
まだ、なぜそれが黎牙に罰をくわえられない理由になるの分かっていない。
「いやね? 兄がトラックに轢かれたって報告を聞いて、病院に行ったの。そしたら、不審者がいて……」
その不振者はこう言った。
『黎牙は俺の息子なんだ。子を守るのが親の義務だろ? だから、次黎牙に何かしたら――分かるよね?』
病室の窓から雨風が入り込んでいるにも関わらず、男は窓際にもたれかかってこちらを見ていた。
そして強い風が吹き、砂が目に入らないように目を細めてしまった。その次の瞬間に、男は消えていた。
「ほーん。小学生がぶつかったせいでトラックに轢かれたわけだから、事故、てわけね」
「そうそう」
「そのアヤシイ男の正体は特定できたの?」
「それはまだ……」
二人が納得し、さっきまでの会話に戻りかけた時、部屋のふすまが勢いよく開いた。
鏡はめんどくさそうにふすまの方を向く。
「何々騒々しい。何があったの?」
「とっ、当主、その……鬼桜啓が、暴走しています」
「……はあ?」
佐藤は一瞬驚く。ストレスがたまっていたのか?
鏡は立ち上がり、部屋を出て行こうとしたとき、ピタッと止まって振り返った。
「…………来る? 啓さんの様子見に」
「「え?」」
そちらに気を取られた鬼どもは気づかなかった。
だれもいない裏庭から、こっそりと、一人の男が脱走したことに。
ナ「不審人物発見! 直ちに逮捕します」
その錆びた手錠どこから持ってきたの? 警察ごっこ中?
作「私が犯人役なの!? いや、捕まるほどの罪犯した心当たりないんですけど!?」
白「『公務執行妨害』で、現行犯逮捕です!」
作「まさかの白銀も敵!」
わー、何の騒ぎだろ。あ、そうだ話のネタにしよ。カシャ。
作「野次馬!?」