203 当主部隊の乱入
「クソッ……ガキィ!」
愛莉は大声をあげ、包丁でワイヤーを受けていたが、先ほどのように切れることはなく、そして包丁が折れるような様子もなかった。
えみさんはケラケラと笑い、細い糸の上に乗って愛莉を見下ろした。
「うふふふふ。ガキ? どちらの事ですかぁ? 教えていただかないとわたくしガキだから分かりませぇーん」
ワイヤーで動きを封じられている愛莉はただ歯を食いしばるだけで暴言を吐くことはなかった。
その時、えみさんが何かに気づいたように目を見開いた。
「――ん? え? ああ――!」
僕は声をあげたえみさんが見ている方向をとっさに見ると、そこは玄関がある方向だった。
――ドンッドンドンドン!
――ピーンポーンピンポンピンポン
「え!? 何!?」
玄関から聞こえた音に驚いて僕は声をあげ、玄関に向かってゆっくり歩いて行った。
ドアノブに手をかけ、前に押すと――
「失礼します! とっ――鏡さんに呼ばれてきました。会社の部下です!」
怪しい。
玄関に居たのは、どうやら父さんの部下らしい。が、逆に怪しく感じてきた。
「不審者がいるとのことで」
後ろにも、数人スーツの男が立っている。
警察に連絡しなかったのか? いや、パトカーのサイレンで気づかれちゃうのか。
「それで、不審者とは」
「あやつですね。お邪魔します」
彼らは靴を脱いで家に上がり込み、愛莉の近くに駆けて行く。
仕事が早いなぁ……。
「こいつ、包丁持ってる!」
「うーん、平手と拳、どっちで殴ればいいだろう」
「拳では? 悩むまでもないだろう」
数秒の会話で(何をするのかは知らないが)拳に決定し、スーツの男の一人が拳で愛莉の包丁を殴り飛ばす。
すると殴り飛ばされた包丁の先にもう一人の男が立っており、包丁をキャッチする。
なんか怖いこの人たち。
そう思ったのは僕だけではないようで、えみさんモードから戻った桜さんは壁際に立つ千代さんの後ろにサッと隠れた。
佐藤はスーツの男たちを見て、小さく頭を下げ「……お久しぶりです」とつぶやいた。
だが男たちは無言の笑みを返すだけ。知り合いなのかと疑問が浮かぶ。
その時、脱衣所がある方のドアから父さんが顔を出した。
「いやーごめんね急に呼びだしちゃって。我が家に包丁を持った狂愛者の変人が入り込んできたからさ?」
眉を下げてにこにこと笑う父さんは、いつも通りだった。
さすがに少しは、動揺するべきだと思うけどなぁ……だって、優斗さんだって混乱を隠しきれてないし。
ちらりと優斗さんの方に目線をやると、優斗さんは頭に?マークを浮かべた状態でフリーズしていた。
思い返せば、愛莉が入ってきたときから真っ青になったり青通り越して緑になったり、隣の千代さんと一緒に口ポカーンとして動かなくなったり。表情ではなく顔色が変わってた。
数分後・・・
愛莉は無事桜さんのワイヤー(ちゃんと誤魔化したよ)を使って拘束し、警察に突き出すことにした。
愛莉をワイヤーで縛っているとき、父さんが正座で部下と話をしているのを、僕たちは横から見ていた。
「はぁ……でもほんと助かったよ。もうダメかと思っ――」
「よかったです当主! 当主の事だから私達が来る前に攻撃しちゃうかと思ってました」
「ええそうなんですよ当主。急いで来たからスピード違反になっちゃってパトカーの音聞こえたときには焦りましたけどね(笑)」
「いやほんと焦ったわー運転手真っ青でしたもん。でもスピード遅かったから足踏んでスピード加速させました」
「うんうん」
「そうそう」
「その通り」
言っておくが、このセリフは誰一人二回喋ってない。
父さんの声を遮ってしゃべり出す部下たちは、父さんの事を『当主』と呼んだ。
当主……?
「父さん、当主ってどういう事?」
普通に聞いたつもりだった。ほんとに何のことかわからなかったから。
でも父さんは無言になり、部下たちを睨んだ。
数秒の沈黙が流れた後、後ろから間延びした声が聞こえてきた。
「ええ~? 陸くんのおとーさんが鬼のとーしゅってことでしょぉ~?」
振り返ると、佐藤に起こされたソファーに座る筮さんが、水入りペットボトルを片手にそう言っていた。
佐藤の目はまん丸で、声にならない声を出していた。文字にすると……難しいな「ㇵァ……!」って感じ?
どうやら、言ってはいけない事だったらしい。
でも……
「………………鬼って何?」
セーフ!! と心の中で叫ぶ声が、聞こえた気がした。
その時、父さんがスッと立ち上がった。
いつも筮さんを見ているから分かる。あれは着物の立ち上がり方だ。
後ろ姿で顔が見えないからなのか、迫力があった。
父さんは振り返りもしないまま、押し殺したような低い声を出した。
「筮殿に、今度一対一での面会を要求する。佐藤、手配しておけ」
酔ってまっすぐ座れない筮さんを支えながら水入りペットボトルを持っている佐藤が、真っ青な顔をして「………………はい……」と答えたのが分かった。
父さんの前に座る部下たちも、目を丸くして真っ青な顔をする者、笑顔のままだらだらを汗を流す者、あからさまに目をそらして諦めの笑みを浮かべる者など、いろいろな反応があった。
「はぁ……帰る」
父さんは玄関の方へ歩いていき、正座のままの部下に振り返りもしないまま声をかけた。
部下は「は、はい!」と返事をして立ち上がり、お邪魔しましたと声をかけて父さんを追いかける。
父さんは見えなくなる前に、少しだけこちらに目線を向けて、一言だけ、言葉を発した。
「陸、空……行ってきます」
笑っていた。部下が真っ青な顔になった時のような顔ではないだろう。
隠し事ばっかり。これって本当の――
――『家族』なのかな――?
ナ「隠し事があったとしても、家族だよ」
白「そう? 私は隠し事なんてしたくないけど……あ、でも、他の家族はしてたみたい」
ふーん、そんな事よりさ、新作書き始めたんだよね。
作「『そんなことより』?」
ナ「どんな話なの?」
作「適応力高……」
シリアス。
ナ「それしか書けないの?」
うん。それでね? 主人公は小学六年生の男の子『捌夢』。ある日最愛だった兄が死んで――
白(ハッ、今こそ、昔の恨みを晴らすときでは!?)
白「必殺! 癪がありません攻撃ーーっ!!!」