202 ぬいぐるみ爆破
「引っ込んでてくれます? 餓鬼」
「むぅ……ガキじゃない! 愛莉? だか何だか知らないけど、私の大切な人達傷つけたら、容赦しないから!」
頬を膨らませて地団太を踏む。その動きは、説得力というものを削いでいった。
「まずは身動きを取れなくして、人質になってる人を――救います」
桜さんの髪がフワッと浮く。『えみさん』として会ったときは、後ろに大量の蝶が現れていたけど、今回はいない。
その代わり、無数の糸が愛莉の周りでキラリと光った。
その時、愛莉は思った。
(細い。見えない。包丁で切れるか……?)
愛莉は陸を離し、包丁を両手で振り下ろして糸に刃を当てる。
しかし糸はしなり、伸び、鋭利な刃物でも切られない、七不思議の、強さを示す。
(切れない)
包丁に体重をかけても、糸が切れる様子はなかった。
桜子は指を猫が爪を立てる時のように曲げ、後ろに引く。
そうすると糸はピンっと張られ、包丁の刃に食い込んでいく。
(このままいくと包丁が割れる!)
愛莉は包丁の刃を糸から離した。少しでも間を開けると糸は愛莉の体に巻き付いてくるのですぐに振り下ろす。
すると今度は、糸が切れた。
――ブチンッ!
大きな音がして、僕は振り返る。
もしかして、桜さんの糸が――
――切られた!?
「はぁ、はぁ……切れた……切れました兄さん!」
愛莉は佐藤に向き直る。満面の笑みを浮かべて。
佐藤は、絶望の顔を浮かべていた。そりゃそうだよな。大人二人が動けない、っつっても、七不思議の六番が残ってた。
その桜さんの糸が切られちゃ、あたりまえだ。
「うっ……」
僕も失望しかけたその時、場に響いた甲高い声が聞こえてきた。
「うっ、うわあぁァァァァアあああぅわあぁァァァン!」
桜さんが泣いていた。
前、筮さんに魔法で吹っ飛ばされた時とは違う。号泣だった。
えみさんは地面に座り込んで号泣する。するとその周りに、ゆらり、と人形が一体、また一体と現れた。
ぬいぐるみ、の方が近いかも。なぜなら人形の中にはクマのぬいぐるみやイルカ、猿やキツネ、馬など、いろいろな種類があった。
その中には、もちろんシルバ〇アファミリーとかリ〇ちゃんもいたけど、そういうのは無視だ無視! なんだか……動きが気持ち悪いんだよね。
「……は? 何それ。弱そうなんですけど」
愛莉は思いっきり顔をしかめる。
数秒して、人形は動き出した。それぞれに、鋭利な刃物が握られてる。
もちろん、僕は驚いた。それと、えみさんの能力ってすごいなとも思った。
愛莉は包丁を振り、ぬいぐるみの一つを真っ二つに引き裂いた。
強度はないのか? えみさん、負けたのが悔しくて無駄な足掻きしてるの?
そう思った瞬間、愛莉に切られた人形が爆ぜた。
――ドンッ!
僕が驚いて爆破した人形があったところをジッと見つめていると、えみさんが口を開いた。
「うっ、うう~……――どうです? 私の演技。悲しかったのは本当ですけど、号泣するほどじゃありません。だから実質、演技です!」
ちょっとその主張はめちゃくちゃじゃない!?
えみさんはベ~ッと舌を出して愛莉を煽った。
案の定、愛莉はキレ、包丁を持ち直した。
「ふざけないでください。兄さんとの会話を邪魔した! それだけで、私が殺す理由にふさわしい、いえ、死以上の苦しみを味合わせてあげる」
「ええそうですね。あなたにとっては万死に値するでしょう。でも一つ聞いていいですか――?」
えみさんは、子供をなだめるように微笑んで聞いた。
そして少し、眉を下げた。
「――私の糸は、あれが限界だと思ってたんですか?」
えみさんの言葉に、愛莉は「は?」と声を出――した、瞬間――
部屋が、糸まみれになった。
――いや、糸というよりワイヤーだ。黒く、太いワイヤーが、部屋の中に張り巡らされている。
えみさんはソレを自慢げに話す。
「じゃじゃーん。どう? この糸はね、頑丈で、私より強い怪異でもない限り切れないんだー。色も変えられるし、周りの風景に合わせる事もできるよ。面倒だけどね」
えみさんが怪しく微笑んだこの時、えみさんの事を初めて、怪異として見れた気がした。
ナ「えみさん強い……」
白「そして怖い……」
作「敵じゃなくてよかったと、部外者の私ですら思うよ」
そうだね。江見さんが敵じゃなくて……敵じゃ、なく……って………。
ナ「キキ?」
江見さんが敵じゃなくて、よかったぁ……。
ナ「え!? 何!? 怖いんですけど!?」
作「まあそうだよねぇ。そうなっちゃうよ~」
白「うんうん。ガチそれな~」
ナ「ギャル……?」