201 依存少女の告白
「……愛莉! やめるんだ……!」
犬かな?
「う……兄さんがそう言うなら……。」
犬だな。
僕がそう思った時、愛莉はにこりとほほ笑んで、条件を出した。
「……わかりました。ただし、兄さんが帰ってきてくれて、一生、逃げたりなんかしないって約束してくれるなら……♥」
犬じゃない。地雷だ。
佐藤はそれに対し、う、それは……と曖昧な返事をしている。
そのままちらりとお風呂場の方を見て、目を伏せた。
なぜお風呂場の方を見たのか、なんて、考えられる余裕があるのは一瞬だった。
「………わかった。」
――え?
いや、なんで?
どうしてそうなるの?
だって、いくらみんなに迷惑かけたくないからって、自分を犠牲にする必要ないじゃん。
わかんないよ。
「――まったく。お前は問いてばっかですね。」
その時聞こえた声は、確かに愛莉からだった。
思わず「は?」とつぶやいてしまう。
すると愛莉は包丁を持つ手の力を急に緩め、だらんと下を向いてほとんど放心状態になった。
……どうしたんだろう……。
今の、聞いちゃいけないやつだった!?
数秒の沈黙を経て、急に愛莉の目の色が変わり、包丁を持つ手に力が入った。
「あい――」
「――兄さん、本当は私わかってたんです。」
佐藤がへ? と疑問の声を漏らす。
だが愛莉は動じもせず、言葉をつづけた。
「家で、壁にもたれかかって電話してるふりして返事してくれてるのは、思い込みだって事。勝手に部屋に忍び込むのは、悪いことだって事。兄さんに近づく女は全員、消していきたいって願望も――全部全部、悪いことだって。」
泣きそうな声になりながらも、愛莉は止まらない。
ところで今の僕の感想だが、え、この子こんなことしてるの? としか思えないのは、今日が追い付けていないからだろうか?
「でも、その気持ちに嘘はなくて――だからこそ余計にわからなくなって。思い込みが激しいタイプだから、私、私っ……――」
「……愛莉……?」
「――この気持ちも嘘、思い込みなんじゃないかって! ……でも――」
顔が見えなくても分かる。今この子の流してた涙は――一瞬、止まった。
「――この”好き”って気持ちは、本当だったはずなんだよなぁ……。」
ああ、ダメだ。もう救えない。
恋することから抜け出せなくなる自分に依存する、この少女はもう――。
どうせ救えないのなら、見届けよう。
この依存少女の末路を――。
この瞬間、かすかに微笑み、目に狂気の色を浮かべた僕は、確かに『僕』であり、”僕”じゃなかった。
愛莉は顔をあげ、涙で濡れた目で佐藤を捕らえ、佐藤に向かって手を伸ばした。
「答えて兄さん。私の、”愛”に――!」
佐藤が諦め、もう、逃げるのをやめにしよう、と考えた時、その場に響く、光の声があった。
「ダメですよ!」
その声は、台所から聞こえてきた。
僕は台所を見る。
小さな体で包丁持ちの狂人に立ち向かうのは――
「さ、桜さん!?」
火傷を冷やした後のため、水滴の残る細い指は、確かに愛莉に向いている。
「私が命がけで救った命、奪うなんて絶対に許せません! 私は――絶対に。」
本気で怒ってる……!
一瞬、ゾクッとした。
体の奥から湧き上がってくる、ぞわっに似たゾクッとする感覚だった。
やっぱり、桜さんは強いんだ。
……ただ、家の家具は壊さないようにお願いしますねーー!!
それは、小さな嘆きだった。