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精霊召喚の娘  作者: 鰀目唯香
幕間
70/128

幕間8 ある夜の抜け毛問題

 それはラーウス国辺境の村にて、メリッサ嬢手製の豆大福を美味しく頂いた後に発覚した。

 アリソンが纏わりつく使い魔ササキサンを撫でるとその手に大量の毛が残ったのだ。


 ほぇぇぇぇ……


 毛が抜ける現象といえば、魔法薬の副効果で抜ける薬がいくつかある。

 ササキサンが何か毛の抜けやすい品を飲み込んだのではと、目でヤマダサンを探すのだが、居ない。どうやら差し入れにと豆大福を魔法師団員達へと配りに行ったメリッサ嬢にくっついて出て行ったようだ。おこぼれ狙いに違いない。


 うー……


 アリソンの憤り筋が少し動いた。よくよく見れば、アリソンのローブにはササキサンの毛があちこちにくっ付いている。ちょっと抜け毛と呼ぶには多すぎやしないかと思う量だ。ヤマダサンが抜け毛の多いタイプであればアリソンも驚かなかったのだが…ヤマダサンはシニャとは異なり、元々が抜け毛と無縁な使い魔であった。


「えっと……ササキサン、大丈夫?」


 アリソンが心配気に問いかけると、ササキサンはアリソンを見上げた後、全身をふるるるんと揺らして、さらに毛を落としてそれを宙に巻き上げた。幻想的……という事はない。


 豆大福がダメだったの……?


 アリソンの心配などどこ吹く風、ササキサンは後脚を使い、耳の後ろを掻いて抜け毛を増やした。脚に絡まる毛の量は……ササキサンの脚を隠す程だ。


 ふぇぇぇぇ……


 初めての事態に狼狽したアリソンは、ササキサンを抱えると建物の外に出てオロオロとヤマダサンを探して回った。魔獣の生態に詳しそうな契約精霊クリスは何故かこんな時に傍には居ない。

 辺境の村落と言うだけあって、陽が落ちると辺りは樹海並みに真っ暗でよく見えない。加えて、村落と言うだけあって村道は舗装されていない。当然、でこぼこしているので、躓き易い。そんなところを気もそぞろで運動音痴のご令嬢が動く使い魔を抱えて歩けば、転がるのは自明の理と言える。


「み゛ぃ!」


 アリソンは盛大に前方へとすっ転んだ。アリソンの顔と地面に挟まれてしまったササキサンが不満気に『ふしゅぅ!』と鳴いた。


「……ごみんね、ササキサン」


 顔にササキサンの毛を纏ったアリソンは、ササキサンの様子を伺うのだが、毛が後から後からぽろぽろと落ちて行き、それに感化されたかのようにアリソンの不安が増して行く。


 ……どうしようぅぅぅ。


 ササキサンが金色の瞳を瞬かせて、アリソンの顔についた元ササキサン(毛)を舌で取り除いてやるのだが、毛を撒き散らす本体がやる事だ。アリソンの顔や髪は元ササキサン(毛)塗れで、状況は悪化する一方であった。


「そこにいるのは誰です?」


 そこに、聞き慣れた声がしてアリソンが振り向けば、ヴィンセント王子の護衛騎士ジェフリーがランタンを片手に佇んでいたのだった。


「……ふぇ、ジェフェリーさま?」


 残念。アリソンは相手の名前を噛んでしまった。彼女の眉間には、不安と悲哀の皺がくっきりはっきりと刻まれた。


「アリソン嬢、夜道は危ないです。お怪我は無いですか?」


 ジェフリーは、アリソンの言い間違いをさらっと流して屈むと、毛塗れで地面に座り込むアリソンに向かい手を差し出した。


「あ、ありがとうございふ」


 またもや噛んだが、これもさらりと流すジェフリー。きっと恐ろしく滑舌の悪い子供だと思われている事だろうと、アリソンは思いながらもジェフリーの手を取り立ち上がった。


「夜更けにお一人で何かあったのですか?」


 ジェフリーはアリソンの手を握りつつ、彼女の顔を覗き込んだ。そして彼女の顔や髪に大量の毛が付いている事に気がつき『これは……』と言いながら、彼女の髪にくっ付いた元ササキサン(毛)をひとつかみ取り上げた。


「サ、ササキサン……毛が急に抜け出して……何か変なもの食べたのではないかと……」


 背丈の都合上、常に上目遣いのアリソンが目を潤ませてそう訴えた。アリソンの手を握るジェフリーの力が一瞬強くなった事に果たして残念令嬢は気がついただろうか?


「……っササキサンですか?」


 護衛騎士は、顔を少し歪めつつアリソンの傍にいる使い魔に目を向けた。使い魔になる前の記憶が残っているのか不明だが、どうもササキサンには敵対視されていると感じているジェフリーであった。仔犬然とした使い魔は、アリソンのローブの裾を噛みながら尻尾を振っている。ジェフリーには見向きもしない。ガン無視である。

 ジェフリーは、改めてアリソンを見ると彼女はササキサンの抜毛まみれである。


「ササキサンの……抜け毛……ですね」


「はい」


 ジェフリーは犬を飼った事はないが、馬は毛が生え変わる時期にブラッシングが重要だと知っている。ササキサンも同様ではないかと黒い仔犬に目を落とした。相変わらず、アリソンに向かい尻尾を振っている。


「厩のある家からブラシを借りて来ましょう」


 ジェフリーはそう言うと、アリソンの手を引いたまま夜道をできるだけゆっくりと進むのだった。



 厩のある家は、村長宅であった。

 アリソンの顔を一目見た村長は、にっこり笑うとアリソン達を迎え入れて、ササキサンの様子に『そろそろ暖かくなるからねぇ』と言って快くブラシを出して、手ずからササキサンの身体をブラッシングしてくれた。


 ふぇぇぇぇ……。


 軽くブラッシングをした後に出てくる毛の量にアリソンは圧倒されていた。


「随分多いですね」


 ジェフリーも出てくる毛量に驚いたようで感心したように呟いた。村長は『まぁ、こんなもんでっしょー』と、手慣れた様子でブラシをかけて行く。ササキサンも気に入ったようで、素直に前脚を出してブラシを見つめている。


「さっきメリッサちゃんが、お菓子をくれたのよー。一緒に食べて行ってねー」


 村長の奥方らしき女性がお茶と茶菓子をお盆に乗せて奥から現れた。その顔がジェフリーとアリソンの繋がれた手を見て一瞬止まり、微笑んだ。視線に気がついたジェフリーは、慌てて離す訳にも行かず、アリソンの手をそのまま引いて席へと促した。


 食卓にはアリソンが先程食した豆大福以外にもクッキーがある。アリソンは『いただきます』と、言いクッキーを一つ手に取り口にした。


「ほんと、お母さまにそっくりねぇ」


 奥方らしき女性は目を細めて微笑む。ササキサンをブラッシング中の村長も『違いねぇ』と言い笑っている。


「母ですか?」


 アリソンが首を傾げつつ咀嚼を続ける。彼女が手にしたクッキーはディアナが起き抜けに食べる木の実がいっぱい入っているクッキーだ。しゃくしゃくと僅かに音がすると、頬が膨らみぷにぷにと動く。


「ええ、そのクッキーは慧心の魔術師も気に入ってくれて、毎朝食べているってメリッサちゃんから聞いたわよー」


 アリソンは頬をもきゅもきゅと動かしながらくびを縦に振り、美味しい事を体現して奥方を笑わせる。おおよそ公爵令嬢とは思えない所作ではあるが、親しみだけはある。


「よーし。こんなもんだな。スッキリしたろぅ?」


 村長の言葉にアリソンが其方を見ると、ササキサンの二倍ほどの毛玉の横で満足気な使い魔がいたのだった。


「いっぱいあるから持っていってね」


 村長の奥方にクッキーを貰い、アリソンとササキサン、そしてジェフリーは村長宅を後にした。帰り際に『頑張ってね』と、奥方に肩を叩かれた護衛騎士の耳が赤くなったのだが、残念令嬢は気が付かないままであった。


 村長宅に残された大量の元ササキサン(毛)が、役立つと気がついたのはもう少し後の話である。

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