7 呼ばれて飛び出てヤマダサン
方向音痴のヴィンセント王子がラーウスの僻地でブレイク公爵夫人に遭遇するよりも前、時は数日ほど遡る。
アリソンと護衛騎士の二人と精霊は野営準備を終えて、ヴィンセント王子の帰りを待ち続けていた。陽もすっかり落ちてしまい焚火を離れれば辺りは闇ばかり、星も見えない樹海の中で不穏な空気感だけが増し、アリソンだけでなくジェフリーすらも眉根を寄せていた。
「クリス……近くにヴィンセント王子がいないか上から見てくれる?」
「承知しました」
アリソンのお願いに、クリスはふわりと上空へと浮かび上がり闇に消える。ジェフリーは『ありがとうございます』と言いアリソンに微笑むのだが、彼の眼差しは厳しいままだ。
「やはり、クリスを連れて行って貰えば良かったです」
クリスがいれば、空から戻れたのに……
アリソンは、クリスの意向を尊重してしまった事を後悔していた。クリスはブレイク公爵から自分を護るよう指令を受けているから、アリソンが頼まない限り王子を優先する事はないのだ。下唇を噛みながら、しょんまり項垂れるアリソンの頭を、ジェフリーが少し躊躇いがちに、それでも優しく撫でた。
「その……きっと大丈夫です。殿下は強い方ですから」
見上げると、ジェフリーの緑色した瞳にアリソンが映り込む。焚火の灯りが護衛騎士の顔をほんのりと赤く照らす。
何だか……父上みたい。
アリソンはへにゃりと笑い。ジェフリーに礼を言ったのだった。
そこに、一陣の冷風が吹いたかと思うと、野営地に突如リュックを背負った白猫が出現した。
「あ〜いたいた。やっと見つけたゾ」
……ヤマダサン?
アリソンの眼前には、母の使い魔ヤマダサンが鎮座していた。そこに上空から戻ったクリスが『アナタは私の結界を壊しましたね』と、ヤマダサンに言った。精霊にしては珍しく、不愉快そうに見える。
ヤマダサンは後ろ脚で耳を掻くと、欠伸をした。聞く気は無いんだゾの意思表示という事らしい。
「灰色の兄ちゃんも後から来るからナ」
「オスカーですか?」
「そだヨ」
ジェフリーが目をぱちぱちと瞬かせて、ヤマダサンに訊ねた。
超面倒臭がりの男が、よく樹海までやって来たものだと彼の方は思っていたのだが、アリソンの方は、流石にあの人は自分が以前メリッサ嬢に扮していた眼鏡っ子だと気がつくだろうと気もそぞろだ。今更ながらもフードを目深に被り、ぷるぷるしている。
どうしようぅぅぅぅ……
「アリソン嬢、寒いですか?」
ジェフリーがアリソンの様子に気が付き首を傾げた。奥手な護衛騎士は、小動物のようにぷるぷるしている公爵令嬢に、自身の上着をかけてやれる程度には紳士であった。驚かさないよう気をつけながら『使って下さい』と言い、アリソンの両肩に彼の上着を乗せた。
「それじゃあ、そろそろ呼ぶゾ」
ヤマダサンは、背中の魔道具から一枚の紙を取り出して、前脚で踏むと、魔力を込めた。転移の魔法陣が起動し、魔法陣から数歩離れた野営地上にオスカーを含めた魔法師団員が出現した。その数はオスカーを入れて七名。
野営地に転移するや否や、第一魔法師団長は辺りを見回して溜息を吐いた。
「王子はどこに?」
人知れず、アリソンのぷるぷる周波数が上がった。
「実は……肉が食べたいと言われて、野営地を離れられてから戻って来ない」
「肉……アレは阿呆なのか?」
ジェフリーの説明に、オスカーは目元を指で摘んで頭を振った。“アレ”とはヴィンセント王子の事であろう。それは流石に失礼だろうと全員が思うのだが、アリソンは怖くて指摘できないし、誰も指摘しない。
「肉も探すのカ?」
ヤマダサンが耳をぴこぴこさせながらオスカーに訊く。わざとやっているのだろうかとアリソンは更に震えた。オスカーは律儀にも『肉は探さなくて良い』とヤマダサンに応えている。
「聖廟を目指しつつ殿下を探すほかあるまい。それともブレイク公爵夫人の使い魔ともなれば、王子を探す秘策を持っているのかな?」
にょぉぉぉぉぉ?
何故にヤマダサンが母上の使い魔と知っているのかとアリソンは眉間に皺を寄せて震える。
「うーん。アリソンの居場所はわかるけド、あの王子はどこにいるかわからないゾ」
「まあ、そうだろうな」
「ああ、アリソン嬢はブレイク公爵夫人の目印をお持ちなのですね!」
オスカーやジェフリーが納得したとばかりにそう言い、アリソンの眉間に戸惑い皺が現れた。
何だか……ヤマダサンが当たり前のように母上の使い魔と知れ渡っている……
「久しいな、ブレイク公爵令嬢。あの阿呆を召喚できればして欲しいところだよ」
えぇ……?!
オスカーの言葉に呆然としたアリソンに対してヤマダサンが『どうしたんダ?』と髭をぴこぴこ動かす。
「えっと……皆さんはヤマダサンが母上の使い魔と知っているように思うのだけど……」
「そだナ、本当の事言って良いって前にシリウスが言っていたからナ。ちゃんとそこにいる兄ちゃん達に説明しておいたゾ」
ヤマダサンは褒めろとばかりに胸を逸らせた。
早く言ってくれとアリソンは憤り筋を鍛えつつ『一体いつから知っているの?』と訊く。
「え〜と、執事のオッチャンが城に来た時かナ?」
随分と前から知っていたと言う事だ。
アリソンは黙って被っていたフードを取ったのだった。




