5 王子は方向音痴
うん……思いのほか肉が手に入ったな。
肉を求めて野営予定地を離れたヴィンセントは、運良く遭遇した魔獣を仕留めていた。中々の大物なので、何日かは食事が豪華になるだろうとご満悦だ。アリソンを卒倒させては可哀想だなとその場で下処理を行い、原型の解らない三歳児程の大きさをした塊肉になったものを、風魔法を駆使して運ぶ。残りは穴を掘り埋めておく。
あの二人、少しは打ち解けているだろうか?
あの二人とは、勿論アリソンとジェフリーの事だ。ヴィンセントなりの気遣いで、二人が会話し易い状況を作ってあげた……と、信じている王子だ。
ジェフリーは見目の良さも手伝い、舞踏会で声をかける年頃の女性も相当数存在するのだが、彼は優しく壁を作ってしまい、どの女性も上手に遠ざけてしまう。あまりに女っ気が無い為、男色家と言う噂も流れ始めている。
かたやアリソンと言えば、舞踏会にはまず現れない為に幻の公爵令嬢などと呼ばれているくらいだ。母親である慧心の魔術師に似て小柄で愛らしく表情も豊かだ。普段王城で会える煌びやかだが表情と内心がちぐはぐな女性たちとは違い、思ったことが顔に出てしまうようだ。
歳は少し離れているが、確かブレイク公爵と公爵夫人も歳の差があった筈。
魔力量は……恐らく二人とも相当高い筈だが、上手いこと合うだろうか?
ヴィンセントは道なき道を歩きつつ、二人が恋仲になった場合は……と、すっ飛んだ妄想を膨らませながら肉塊と共に樹海の中を突き進んでいた。
そういえば、ヴァレンタイン伯爵令嬢は元気にしているだろうか?
思い出すのは危うく殺されそうになった日に会った美しい女性。時を留める魔法陣の影響で年齢はヴィンセントと同じくらいに見えるが、亡き母と親友であったと聞いた。しかも、王族に並ぶほどの魔力量だとか……会話の内容は全くわからなかったが、白猫と楽しそうにしていた事を思い出しては頬が緩む。
そうか……彼女の事を『お義母様』と呼んでいたかもしれないのか……
そう考えると急激に冷静になるヴィンセントであった。そこに目に入ってきた別の魔獣。
おや……あれはポスフォンか。卵産んでいないだろうか?
色はアレだが、味は良いからな……
ヴィンセントは、魔獣の巣が近くに無いか見回しては、魔獣の好きな草が多い場所を集中して探す。
そこか?
ヴィンセントの膝程の高さまで伸びた草に隠れて魔獣の巣はあった。魔獣の卵は二つ。思わず口元が緩むのを自制しつつ、卵を一つそっと取りあげた。
「ピィィィィィィィ!」
そこへ魔獣がけたたましく鳴き、ヴィンセントに向かい突進して来た。
ヴィンセントは『おおぉっ』と言いながらも卵を一つ抱えて横に飛び駆け出した。草が絶妙に邪魔してスピードは出ない。魔獣を煙に巻く為、縦横無尽に駆け回り文字通り奔走した。勿論戦利品である肉塊と共にだ。
そうして、かなりの距離を卵を手に走り魔獣を撒いてからヴィンセントは思った。
此処は……どの辺りだろう?
さらに日が暮れてしまい、見通しも悪い。これはジェフリーに怒られるなあと思いながらも一人で野宿を決意するヴィンセントであった。
翌朝、三分の一ほど量が減った肉塊と卵を手に、北を目指し進んでいた。目的地の聖廟を目指せば、いずれ二人と精霊にも再会できるだろうと非常に楽観的な思考でどんどん先へと進む。
二人と精霊には再開できなかった。
その翌朝、更に量が減った肉塊と卵を手に、北を目指し進む。目的の聖廟は未だ見えない。そして、異変は午後になってから起きる。
パキッ
手にしていた卵が割れて、魔獣が孵化した。
貴重なタンパク源であったが、こうなってしまうと食しにくい。更に困った事に、魔獣はヴィンセントの後をヨチヨチとついて歩く。 刷り込み現象というやつである。
弱ったな……食えなくなってしまった。
魔獣とはいえ赤ちゃんだ。つぶらな瞳で辿々しいアンヨで後をどこまでも追いかけられては王子の心は鷲掴みである。しかもポスフォンは飼育可能な気性が大人しめな魔獣だと聞いた事がある。幸い雌だから卵を量産できるかも知れないとヴィンセントは自分に言い聞かせ、魔獣の餌を探しつつ歩く。
……名前つけてしまうか?
こうして王子は、雛を連れて北を目指したのだが、この日も二人と精霊には再開できなかったのだった。




