1 幸先のわるい出立
「はぁ。樹海行きとはついていないな」
「仕方がないさ。危険手当で少し潤うんだから帰ったら一杯やろうぜ」
「ああ、それくらいしか楽しみは無いな」
アリソンの耳にも魔法師団員の声が聞こえて来る。隣に立つブレイク公爵が集音魔術を起動したようだ。見上げると、公爵はアリソンを見てはにかんだ。
「てっきりアーテル国の外遊に帯同できると思っていたのに、ハズレを引かされたな」
「あれな、元々第二師団が行くところを将軍の気が変わって第三師団になったて話だな。いいよなぁ、アーテル王都は遊興施設も多いからな。やっぱりついて行くなら第一王子だな」
「違いない」
「可哀想なのはあの公爵令嬢だよな。まだあんなに小さいのに、樹海へ連れて行かされるって……お貴族さまはやる事がエグいな」
「でもまあ、呼ばれるくらい優秀なんだろう? 俺たち楽させてもらおうや」
「どうだろうな。魔力が強いだけで戦闘には向いてなさそうだぞ」
大当たり……
アリソンは魔法師団員たちの会話に、思わず溜息が漏れた。隣のブレイク公爵がアリソンの頭を撫でると『お守りは用意したから、大丈夫だよ』と言い、集音魔術を解除した。
王の勅命といいながらも、第二王子が聖廟に向けて出発の準備が整ったのは命を受けてからひと月ほど経ってからであった。その間に危うく殺害されそうになった第二王子ヴィンセントに対して見送りは少なく、危険な樹海を抜けると言う割に護衛は自分も含め頼りないようだ。
第二王子の為に第二魔法師団から集められた有志部隊……人数こそ多く二十名ほどいるのだが、先日世話になった第一魔法師団の面々と比べ士気はかなり低そうだ。第二魔法師団員に第一王子派閥の貴族が多い事が部隊編成に影響を与えた結果なのだが、アリソンがそんな事情を知る由もなく、第二王子と護衛騎士に同情してしまうのであった。
そこへヴィンセント王子がジェフリーと金髪の美丈夫を引き連れて現れた。三人それぞれ無駄にキラキラしているが、アリソンは父親のお陰で耐性がついている。目深に被っていたフードを取り、顔が見えませんようにと祈るように礼を取る姿勢のまま待機した。彼女のひ弱な筋力ではこの姿勢を維持するのは重労働だが、顔を見られたくない気持ちが勝り、根性で耐えている。隣の公爵は相変わらず悠然と佇む。
そこへヴィンセント王子の声が聞こえた。
「おはようございます、ブレイク公爵。協力を感謝します。こちらは護衛騎士でジェフリー・フリンです。で、こちらは……」
「国王陛下の秘書官で、クリスと申します」
この声でクリスって……
下を見つめたまま、アリソンは人知れず眉間に皺を寄せていた。王の秘書官と自己紹介したのは、ブレイク公爵の契約精霊であった。滅多に公爵家の外へ出る事がないが、幼少期アリソンの遊び相手をしてくれたのが主にクリスだ。公爵家ではメイドの格好をしているクリスなのだが、今日は文官服を身に纏っている。父の言う『お守り』はクリスの事だろう。
「おはよう、ヴィンセント王子にジェフリーとクリス。ようやく出立までこぎつけましたね」
ブレイク公爵はいつもの悠然とした調子で三人を迎えて、アリソンに挨拶を促すように彼女の後頭部を少し撫でた。
アリソンは礼をした姿勢のまま『アリソン・ブレイクと申します。宜しくお願い致します』と言うと、再びフードを被り立ち上がった。小柄な彼女がフードを被ってしまうと、王子や護衛騎士からは顔は見えない。この調子で顔や声を小出しにして行けば、何とか誤魔化せるのではないかと言うのがアリソンの浅めな目論見だ。
キラキラした公爵に見送られ、アリソンはキラキラした王子達の後ろを歩く。心なしか、三人の歩調が緩やかになったのは、アリソンの小さめな コンパスに合わせてくれた為のようである。
「アリソン様とお呼びしても良いですか?」
クリスがそう言いアリソンが了承すると、『では私やジェフリーもアリソン嬢とお呼びしても良いかな?』と、ヴィンセント王子が食い気味に言う。
「はい、問題ないです」
「よかった」
ヴィンセント王子は微笑むと、アリソンを馬車へと促した。
アリソンの後ろから馬車に乗り込んだ王子はアリソンの隣に、彼の護衛騎士ジェフリーはアリソンの向かいに、クリスが護衛騎士の隣という体格差を考えた席次になった。こうして、第二王子率いる聖廟探訪部隊は城を出立したのだった。




