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精霊召喚の娘  作者: 鰀目唯香
6 ハムちゃんの冒険譚
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13 レアンドロ

 ヘイワード師団長が消えた伯爵令嬢サイラスを抱えて帰還したのは、ヴァレンタイン伯爵の研究日誌の解析を五大魔術師二人に丸投げしたオスカーが、ルブルス国行き部隊と精霊の森捜査部隊の二手に分ける案を真剣に考えていた時であった。部下の一人が急ぎ足で近づくと、サイラスが見つかったと報告を受けた。隊を別ける事なく進めると安堵したのも束の間、ヘイワード師団長が連れて来たサイラスは、銀髪であった。


 魔法薬の効力が切れて魔道具で色を変えていた……という事か。


 その様子を見たバーン侯爵やアークライト伯爵は、意味深な笑みを浮かべて『訳ありなのね』と囁き合い、オスカーは頭が痛くなった。サイラスがヴァレンタイン伯爵令嬢である事は、オスカーの配下にいる一部の魔法師団員達とジェフリー以外は知らない筈だ。何なら上司であるカイエン将軍にも未だ伝えていない。魔道具で髪色を変えていた理由を色々と勘ぐられるのは想像にかたくない。色々面倒だ。


「サイラス……」


 心配気な様子の第一エリック王子とジェフリーが伯爵令嬢に駆け寄ると、表情の変わらないヘイワード師団長が『眠っているだけです』と言う。そして、ヘイワード師団長は部下達に天蓋を張るよう指示を出して公爵令嬢アリソンの入った鞄をジェフリーに渡した。

 ジェフリーが鞄を開くと、ハムスターがひょっこり顔を出してヤマダサンの前脚に捕まった時とは比べようもない俊敏さで、伯爵令嬢サイラスの肩口にダイブして、彼女の頬にひしっと手を触れて鼻をすんすんと動かしている。


「アリソン嬢……心配なのですね」


 ジェフリーが呟いた後に、伯爵令嬢サイラスは薄く目を開けた。よく見れば、彼女の頬と目尻は僅かに赤く、髪は……茶色と銀色を行ったり来たりしている。意識が朦朧としているのだろう。そして、その唇が僅かに動いた後、彼女は再び瞼を閉じた。


 ヘイワード師団長とエリック王子が天蓋に向かい進む中、渡された鞄を手に佇むジェフリーにオスカーは声をかけた。


「ジェフ。伯爵令嬢サイラスが何か言ったようだが?」


「……ああ」


 無事に公爵令嬢アリソンが見つかったと言う割に、旧友の顔色はあまり良くない。自分に目もくれずに、サイラスにくっ付いたまま天蓋に入って行った事にショックを受けたのだろうか?


「俺には聞こえなかったが……何と言っていた?」


「……『レアンドロ』……と、言ったんだ」


 聞き慣れない名前に、オスカーは首を捻りながらも部下達に天蓋を張るよう指示を出す為、ジェフリーを置いて魔法師団員達の待機する方へと歩を進めたのだった。




 ***




「シャロン様……」


 声がした。薄ら見えるのは、緑の双眸でほんの少しだけ心配気な表情をしたヘイワード師団長だ。


 さっきのは……夢かな?


 私はそう思うと随分と気が楽になり、頬が緩んだ。対照的に、師団長の顔は無を纏い始める。


 あ……勿体ない。


 こんな表情は普段見れないのだからと、私は彼の方へ手を持ち上げたのだが、その手は師団長に遮られるようにして掴まれた。


 ああ、残念。もう無表情に戻ってしまった……。


 そう思った最中、私は再び何処かへと放り出されるような感覚を味わった。





 ああ、此処は……王立学園か。

 見覚えのある中庭を抜けて、そしてこの時間帯は人気の疎らな建物の中へと進む。かつて此処が城砦であった頃には、監視塔として機能していたと聞く。階段を登り進めば、“私”を呼び出した級友がそこにいた。見かければ挨拶をかわす程度の級友は、かつて“私”が信頼していた人と深い仲であった……と、伝え聞いた。白い顔は、精巧に作られた仮面を思わせ、不釣り合いに貼り付けられた微笑みは、何故だか“私”の心にささくれを作る。


「レアンドロ、来てくれてありがとう」


「こんなものを受け取れば……来ないという訳にも行かないでしょう?」


 “私”は彼女からの手紙を左手で広げて、前に出した。彼女の瞳に僅かに揺らぎが見えた。此処へ一人で来なければ命を絶つと書かれた手紙。親し気に“私”を呼びながら、自分の命を懸けてまで“私”を脅迫した理由はよく解らない。


「……そうでもしなければ、貴方と話す事ができないと思って」


 彼女は顔を背けて、その瞳から涙を一欠片零して細い頸を“私”の方へと見せた。きっと“私”が信頼していたあの男は、庇護欲をくすぐる彼女の仕草が心地良いと感じていたのだろうなと、思う。


「私……ミハエルの事を忘れたいの」


 彼女は涙を浮かべて“私”に取り縋り、此方を見上げた。“私”は振り払いたい欲求に抗い、奥歯を噛んで不動の姿勢を貫いた。“私”の心を知ってなのか、彼女は少しだけ身体を離して『無理しないで』と、言うと僅かに微笑んだ。その顔を見て、彼女がたった今“私”に勝てると確信した事がわかった。

 そうしてみると、彼女の身につける香りや、か弱さを強調した首や手足の細さ、瞳に浮かべる涙、全ては勝負に勝つための彼女の武器なのだとわかる。きっと、ミハエルの次を探しているのだ。御し易い次のおとこを物色して……よく解らないが、何故か“私”を選んだ。


「恋の悩みならヴェロニカ先生にすると良い」


 苛立ちや、不快感、全てを取り払って答えた。それに彼女は殊更に驚きと悲しみを乗せた表情を作って返してくる。未だ勝負は終わっていない……と、言いたいかのようだ。


「レアンドロ、私の気持ちを察しては下さらないの?」


 彼女は、どうやって見せれば自分が男心をくすぐる事ができると知っているようだが、“私”は彼女が勝利を確信した時の顔を先程見たばかりだ。“私”は黙って首を振ることで拒絶の意を示した。


「残念だわ。その右手では、もう騎士にはなれそうにないわね」


 そう言い、ほんの少し不自然に笑って見せた。

 負け惜しみにしては、芸がない。そう思うと“私”は思わず笑みが溢れた。この右手で剣を振るう事は難しそうだが、頼もしい後輩が作った魔道具は、動かなくなった指を再び動かしてくれたのだ。それに何より、彼女との勝負には負けなかった。


()()そうだね。」


 そう“私”が応えると、彼女の顔や華奢な手足、窓から見える景色が歪んで暗転した。




 どこだろうか?

 それほど大きくない…会談用に誂えた部屋だろうか? 調度品から、高位の人向けと言う事がわかる。


 大勢いた候補者から、どうして“私”を選んだのか不思議ではあるが、“私”はこれから騎士として仕える人に初めて会う。彼の新しい館ではなく、慣れ親しんだ王城を初顔合わせの場所に選ばれたようだ。


 開かれた扉から出てきたのは、二人の男。一人は“私”の主人となる若き公爵。そして、後ろに続いて入室したもう一人の赤髪をした男は、公爵あるじの弟君に仕える秘書官だった筈。男は後手に扉を閉じると、文官服を着崩して懐からペンダントを取り出して、それを机に置いた。


 男の髪と瞳の色が変わり、隣の公爵と同じ色になってからようやく“私”は二人の顔が瓜二つである事に気がつく。公爵と同じ顔を持つ人を、アルブスに一人しか知らない。


「ナバーロ子爵。君の登用を決めたのは、アイザックではなく私なんだ。ヴァレンタイン伯爵令嬢と懇意であったと……妻から教えてもらったから」


 “私”は、話の続きを待った。ヴァレンタイン伯爵令嬢は一昨年、目の前にいる男の三人目の妃候補と言われていた。伯爵令嬢は、確かに“私”の級友であった。その外見以上に美しい心根に惹かれた優しい女性だ。妃候補にさえ選ばれなければ、今も元気にしていたかも知れない。


「伯爵令嬢……シャロン嬢を助けられず、済まなかった。実は、今一人助けたい人がいてね。君の力を借りたいと思っている。引き受けて貰えるのであれば、これを受け取って欲しい。無理ならば、アルヴィン王太子の近衞騎士としての職を用意する」


 男はそこまで言って、懐からペンダントを取り出し、机の上に置いた。隣には彼が先程まで身につけていた品がある。彼の物と同じで、瞳と髪の色を変える魔道具なのだろう。受け取れば、彼の兄に仕える騎士として、影で弟を支える兄の手足となり誰かを救う為に働くのだろう。そして、受け取らなければ、彼の近衞騎士として王子を護る為に働くのだと言う。


「頂戴します」


 “私”は右手で魔道具を受け取り、瓜二つの王子達を見た。公爵は、どこかホッとした表情を浮かべ、文官服を着た彼の弟は『ありがとう』と、言った。


「助けたい人とは、どなたです?」


 “私”が茶色に変わった自身の髪を尻目に訊ねると、それまで黙っていた公爵が口を開いた。


「助けたいのは、私の息子だ」


 “私”の知る限り、公爵には息子はいない。公にできない息子なのだろう。公爵の輪郭が歪み、暗転した。





 此処は、いったい何処なのか……

 森の中、人目につかないよう、隠匿の術式を展開して“私”は一人荷を持ち歩く。陽が落ちようとしているが、森には魔道具の灯りがあちこちを照らしている。

 彼らに見つからないよう、“私”は適当な場所を見つけ出して、荷を解いた。


 少年が先刻まで着ていた服と、血を溜めた袋。


 “私”は少年の服を手で引きちぎった後、風魔法で周囲の木々を薙ぎ倒して土魔法で魔獣の跡を作った。まあまあ大きめの音が辺りに響いた。もうすぐ人が此処に集まるだろう。ボロボロの布片に変わった少年の服に血を注ぎ、周辺にも撒き終わり、“私”は主人から預かった転移用の魔法陣を広げて起動展開して、森を去った。


「やあ、ご苦労だったね」


 自由に動けない主人あるじに代わり、身軽な立場を手に入れた彼の弟が“私”を迎えてくれた。彼の傍には、怯えた表情をした少年が新しい衣服を身につけて此方を見ている。


「何日か遅れるとは思いますが、エリック殿下の訃報が王都に届くでしょう」


 少年は“私”を見上げて、震える声ではっきりと言った。


「ありがとう」


 彼の青い双眸に写る“私”は久しぶり見る本来の髪色をした自分であった。表に出ない立場が長くなり、本来の髪色の方が目立たなくなるとは人生何が起こるか解らないものだ。少年の瞳に写り込んだ“私”は、彼の輪郭と共に次第に歪み、そして暗転した。


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