9 タウンゼント家のやんごとなき事情
オスカー・タウンゼントはアルブス王国の第一魔法師団長を勤める二十四歳だ。肩書きの割に若いオスカーは、『灰色の出世頭』と揶揄され第二王子ヴィンセントに媚を売って異例の速さで師団長の地位を得たと影で囁かれている。但し、魔法師団内では、第二王子の弱みを握って出世した男だと言われている。第二王子に対してあまりに不遜な態度にも関わらず、一切罰せられる気配がないのが主な理由だ。
六年前まで市井の出だったこの男は、魔法師団へ入団を果たすと、あれよあれよという間に功績を重ねに重ね、今では子爵位を得ているお貴族様の一員だ。出る杭は何とやら、兎に角目立つのでやっかみの類も当然のように多い。
そんなオスカーには、最近妻との間に双子の娘が産まれた。幸せ一杯夢一杯というヤツだ。
にも関わらず、彼は機嫌が悪い。愛妻と娘達に会おうと早く帰宅しようとする度に、誰かしらに引き止められては帰りが遅くなる。やっと帰っても、時既に遅く妻子ともども寝静まっている毎日がここの所続いているのだ。
今日のは特に酷かった。
あの第二王子がやって来てジェフの命が危ないからとヴァレンタイン伯爵の執務室まで引っ張り出されたお陰で王位継承権争いという名の貰い事故に巻き込まれた。確かに室内は酷い有様だったが、肝心のジェフは無傷ときた。五大魔術師が死亡していたのには流石に驚いたが…。挙句にヴァレンタイン伯爵の生存を偽装したりと余計な報告業務が増えて、またもや帰宅が遅くなった。
不幸中の幸いなのか、権力闘争に活路を見出していそうな同僚が第二王子襲撃事件の事後調査を買って出てくれた。調査結果次第でどの王子に恩を売るか決めるのだろう。渡に船というヤツだ。野心溢れる同僚のお陰で、今日こそ妻が就寝する前に帰宅できそうだ。
起きているといいな……
そう思いつつ帰宅したオスカーは、妻が足で娘の一人を踏み踏み揺らしながら、ソファーに腰掛け、授乳しているという面妖な光景を目の当たりにした。
「レベッカ……一体どうしたんだ?」
「ああ、よかった。帰ったところ悪いけど、代わりにリリーを寝かしつけて。足を離すと泣き出しちゃって」
どうやら、妻の足技でウトウトしている方が双子の姉リリーだ。食事中なのが、妹のエミリーらしい。オスカーは未だ双子の見分け方を知らない。
床で寝かしつけられている娘を抱き上げると、彼女は盛大にぐずり始めた。生まれたての頃は泣くといっても声を出すのも精一杯な様子に心配になったオスカーだが、三月も経てば慣れるもので、今となってはどう泣き止んでもらえるのかと焦る。
「ああぁ、やっぱり降ろして! 足の方が落ち着くみたい」
オスカーはすぐにリリーを妻の足下に戻すと、途端に泣き止んだ。
「何故だ……」
オスカーは思わず呟いたが、『足が気に入っているのよ』と愛妻は疑問に思う様子もない。レベッカはエミリーに食後のゲップをさせると、足下からリリーを片手で抱き上げ、二人を連れて双子用寝台へと向かう。リリーはまだウトウトしているようだが、足から離れても泣かない。
「何故だ……」
オスカーがもう一度呟くと『気にしたら負けよ』と、一仕事終えた愛妻に返された。
夫婦円満の秘訣と一緒か……と、オスカーは思うのだった。
「レベッカ、やっぱりメイドを雇おうか?」
オスカー同様、妻のレベッカも生まれながらの貴族ではなく、館の広さを持て余す程度に庶民の心を維持している。これまでも何度かメイドを雇い入れる提案がオスカーから出たが、その度に庶民の心が邪魔をして、楽よりは節約を選んでしまうレベッカだったが、自分一人で出来る事に限界を感じ始めていた。
「そうね、出来ると思っていたけど、手がもう二本あると助かるわ。そんな魔道具あるかしら?」
レベッカはそう言うと肩を竦めた。
「そんな魔道具、聞いた事ないな。それよりも俺は娘達に泣かれない魔道具が欲しい。」
レベッカはオスカーから上着を剥ぎ取ると、『そんな魔道具、聞いた事ないわね』と、笑うのだった。
貰い事故の翌朝、登城したオスカーは、書物の歴史的価値と適切な保存を主張して、魔法陣解読に使えそうな資料をヴァレンタイン伯爵の執務室から回収し、メリッサ嬢の元へ向かっていた。
それにしても驚いたのはあのメリッサ・ブラッドショウ子爵令嬢の年齢だ。貴族年鑑を確認すると、第二王子と同じ十八だという。童顔にも程がある。せいぜい十ニ歳と思ったが、よくよく考えたら十ニでは無理のある賢さだ。精霊召喚の魔法陣を読める人間など国に数えるほどしか存在しないというのに……
慧心の魔術師でもあるまいし。
かなり穿った推測だったのだが、オスカーも慧心の魔術師に引きこもりの愛娘がいた事まで思い至らなかったようだ。ブレイク公爵令嬢がもう少し社交に力を入れていたら、話は変わっていたのかも知れない。
五大魔術師であるヴァレンタイン伯爵の遠縁のようだから、彼に師事していたのだろう……と、オスカーは納得し易い解答にたどり着いたのだった。
「ありがとうございます。大変助かります!」
オスカーが持ち込んだ資料に子爵令嬢は目を輝かせて喜んだ。
銀髪の娘は、白猫と一緒に小さな子供が文字を覚える時に使う玩具で遊んでいた。ジェフが娘達にくれた品と似ているようだ。言葉を覚えたいと言い、届けて貰ったモノのだと言う。
その様子に娘達を思い出し、早くも帰宅したくなるのだった。
「あの……実は、彼女の事で気になる事がありまして。」
メリッサ嬢がおずおずとオスカーに声をかける。
「気になる事とは?」
「それが……」
現実主義を主食に合理主義を纏うタイプのオスカーにとって、メリッサ嬢の話は俄かに信じ難いものであった。
彼女の思い出深い私物に触れた銀髪の娘が、メリッサ嬢しか知り得ない過去が見えたと訴え、その内容に間違いが無かったと言うのだ。
「それで……できれば実験に協力して欲しいのです」
「実験?」
「はい。タウンゼント子爵の私物を彼女に触れさせて頂きたいのです。できれば思い出深い物を」
成程……
メリッサ嬢に自分と似た気質を見たオスカーは、彼女に好ましい感情を持ち始めた。
仮説にもとづく検証は大事である。
オスカーは銀髪の娘に、指輪を渡し何か見えるかメリッサ嬢を通して確認した。
銀髪の娘は小首を傾げながら指輪を受け取った後、一瞬だけ虚ろな表情を見せた。
その後、見えた物を通訳してくれたメリッサ嬢曰く、青っぽい色合いの髪をした母と二人の赤ん坊が見えたと言う。
オスカーは僅かに眉を動かした。
妻と娘達の髪は青いのだが、素直に受け入れられるほどオスカーは純粋無垢なお育ちではなかった。もう少し具体的なものが欲しいところだ。銀髪の娘は続けて何か話をしている。そんな娘の傍にいた使い魔がオスカーの方を見上げて口を開いた。
「赤ん坊は母チャンに足蹴にされても泣かないのに、お前に抱っこされたら泣いたのか。もしかして赤ん坊に嫌われてるのカ?」
……随分と抉る事を言うんだな……
家族に関しての自分の不安を指摘される事となり、自分が人並みに打たれ弱いとに気付かされるオスカーであった。指摘したのは銀髪の娘ではなくヤマダサンだった訳だが……
流石に昨日の庶民感丸出し且つ面妖な光景を言い当てられてしまっては信じるしかない。
「メリッサ嬢、もう一度実験してみよう。次は、第二王子襲撃犯二人の遺品を使おう」




