001
暗黒時代が過ぎ去って早五年が経とうとしている。
師の頼みによって大陸中を渡り歩いていたエルクは久方ぶりに故郷である王都アスタロテに足を運んだのであった。
「五年も経つと随分と変わったよな」
記憶の中の王都と見比べて様々な所が変化している事にエルクは懐かしむ様に呟く。
暗黒時代が過ぎた事により国外へ出る事による危険性が減ったせいもあるのだろう。店の数も増えていたし、品数は豊富。値段も手頃な額になっており、あの頃と比べると暮らしも楽になったと推測できる。
「師匠達にお見せしたかったな。今の活気溢れた王都の姿を」
暗黒時代を打ち破った英雄達はこの世界にいない。みんな、自信の役目を真っ当して自分の世界に戻ってしまった。
「いま、どこで何をしているんだろうな」
昔の事を思い出すと、妙にあの頃が懐かしく感じてしまって仕方がない。最悪の時代と呼ばれた暗黒時代が過ぎた事は嬉しいのだが、敬愛していた師匠達と別れてしまった事に寂しさを感じないと言われれば嘘になる。
「……なんか、妙に騒がしいな」
商店街と思わしく場所を歩き続けること数分、数メートル先で人垣が出来ているのを目撃する。その奥から男の怒声が聞えてきた。
「はぁ。平和になったのに、ここでも人間同士のいざこざが勃発されているのか」
思わずため息が出てしまった。
最近、平和になった影響か人同士のトラブルが頻繁に見受けられる。人口が多い王都だから絶対にないとは言い切れないと思ってはいたのだが、入国した初日に出くわすとは思っても見なかった。
「失礼。どうかしたのですか?」
近くにいた野次馬の人間に話しかける。
反応してくれたのは年若い青年であった。仕事の途中なのか大量の野菜が入っている箱を持っており、現状に困っているように見受けられた。
「アシュラファミリーがまた暴れまわっているんだよ」
「アシュラファミリーって、あの?」
そうだ、と青年は頷く。
その言葉に信じられないと目を丸くするエルク。アシュラファミリーは東の勇者である鋼の騎士、トウジョウ・ツカサが結成した一団。決して愛想のよい方々でなかったとエルクは記憶しているが、自分から騒ぎを起すような人達ではなかったはず。
「信じられないな。アシュラファミリーの名を語ったゴロツキなんじゃないですか?」
「間違いない。ルーク・ソルブレイン様もいるんだからよ」
その言葉に再び驚かさせる。ルーク・ソルブレインは北の勇者であるトウジョウ・ツカサの仲間でありアシュラファミリーの副団長を務めていた人である。曲がった事が大嫌いで正義感に溢れている紳士、それがルーク・ソルブレインであったはず。
「にわかに信じられないな。……ちょっと行ってみるか」
「行くって……。おい、あんた!?」
人垣を掻き分けながら現場の最前線に歩み始める。後で青年が呼び止める声が耳に入ったが、エルクはお構いなく先へ進んでいったのであった。
現場へ到着すると目に入ったのは二人の女性を大勢の男性で囲う光景であった。その男性のほとんどの者達をエルクは知っている。みんな、暗黒時代から平和を勝ち取る為に剣を取った猛者達。対する女性はエルクと同年代ぐらいだろうか。魔法の心得があるらしく、手には魔法の杖が握られており、身体全身を覆い隠すローブを着込んでいる。力強く男連中を睨みつけて入るが、実践経験は少ないらしく僅かであったが両足が震えているのが見受けられた。背中越しにいるおばあさんを庇っているように見えたが、未だに事態の全容は把握できなかった。
「お嬢ちゃん。悪い事は言わないから、この場から去ってはくれないかい。僕達は後にいるおばあさんにお話しを聞きたいだけなんだよ」
男達を指揮していた青年、ルーク・ソルブレインが女性に去る様に言う。けど、女性はその言葉に首を振って否定したのであった。
「信じられません。あなた方、こんなご老人に難癖つけて恥ずかしくないのですか。それでも栄えあるアシュラファミリーの一員なんですか!?」
「周囲の方々に迷惑をかけたことにはお詫びするけど、僕達にも事情と言うものがあるんでね。素直にそのおばあさんを僕達に引き渡してくれないかな」
ルークの言葉に無言の否定と言う形で返す。その返答は予想済みであったらしく、やれやれと肩を竦めた。
「副団長。これ以上、時間を取られますと騎士団が来てしまいます。この際、この女とご老人を一緒に連れていきましょう」
「おっ、いいね。どうせなら、囲ってやっちまおうぜ。久々に女を抱きたいと思って痛んだよ」
「お主。俺達は栄光あるアシュラファミリーだ。間違っても公の場でそんな事を口にするな、殺すぞ」
「上等だ。平和の毒によって牙を抜かれた貴様風情に、俺様が殺せると思ったか」
剣士風の男と戦士風の男が睨み合う。
「やめないか、貴様ら。ただでさえ時間がないんだ。アルヴィン。あなたの提案でいきましょう。その娘と一緒にアジトまでお連れしなさい」
「はっ。ブルーザ、お前はその少女を担げ。俺はご老人をお連れする」
「あいよ。そう言う事でお嬢ちゃん、俺達のアジトへご案内させていただきますよ」
ルークの命に従いアルヴィンと呼ばれた剣士風の男がご老人に、下卑た笑みを浮かばせたブルーザと呼ばれた戦士風の男が少女へ近寄る。
「こ、こないで。近づいたら魔法をぶっ放すわよ」
「おう、やってみろよ。お前さんが魔法を完成するよりも速く、俺様が邪魔しちゃうけどよ」
「――そっか。それじゃあ、遠慮なく」
不意に野次馬の方から声が届いた。
――【地の魔法技・土壁】
女性とご老人を囲う様に土の壁が出現する。アルヴィンとブルーザは咄嗟に後へ跳んで女性達と距離を置き、己の得物を掴んで戦闘体制に移ったのであった。
「誰だ、俺様達の邪魔をする命知らずは」
「あー。はいはい、ここにいますよ」
手を上げて自分がやった事を知らせたのはエルクであった。周囲の人達は咄嗟にエルクから距離を取って、自分に被害が出ない様に退避する。
「……きみは」
「おひさ――」
「おいおい、兄ちゃん。自分が何をしたか分かっているのか。正義の味方にでもなったつもりなのかな。かっこいいね」
乱入者がエルクであった事にルークは気付いたのだろう。唖然としながら呟くルークに向けてエルクは久方ぶりの再会に挨拶を交わそうとしたのだが、ブルーザが両者の間に割って入って邪魔をされてしまう。
「兄ちゃんって……。俺とあなたは初対面じゃないんですがね、ブルーザさん」
「あん。どうして俺の名前を――」
「エルク・クルセイドですよ。お忘れですか?」
「エルク・クルセイド……。どっかで聞いた覚えが」
五年の歳月が過ぎたせいか、ブルーザの記憶にはエルクの存在は消えてしまっていたらしい。
「我々の同志だ、ブルーザ。久しいな、エルク君。随分と大きくなったじゃないか」
「ご無沙汰しております、ルークさん。まさか、こんな事態であなたと再会するとは思っても見なかったですが」
「皮肉の言い方があの方に似てきたな」
「光栄です」
「褒めていないんだがな」
久方ぶりの仲間との再会にルークの表情が和らぐ。笑みを絶やす事無くエルクの傍まで歩み寄ろうとするのだったが、ある一定の距離まで近づくと歩みを止めたのであった。
「……どうやら、この五年間で随分と腕を上げたようだね」
ルークは見逃さなかった。自分の間合いを覚えていたのか、もしくはエルク自身の間合いに入ろうとしていたのかは分からないが、間合いを詰めようとした同時にいつでも戦闘を応じられる様に僅かながら指を動かしていたのを目にしたのだ。
「剣閃と呼ばれたあなたからお褒めに預かるのは光栄ですね。だからこそ、こんな弱い者苛めするような光景を未だに信じられない自分がいるのですが、何か事情がおありと?」
「ご想像にお任せする、とだけ言っておきましょう。さて、エルク君。出来れば同志のよしみとして、ご老人だけでも引き渡してはもらえないだろうか。私達はあのご老人に用があるだけなんだよ」
「その割には学生と思われる少女も連れて行こうとしていたようですが」
「時間がないからね。下手に騒がれるのは好ましくないんだよ。もちろん、直ぐに彼女はお引取り願うつもりさ。手なんて出すつもりは一切ないよ」
「なら、俺の顔に免じて今日の所は引いてくれないですかね。俺の事を同志と本当に思っているならばの話しですが」
しばし、沈黙の間が続く。両者とも互いの目を睨みつける。足を一歩踏み入れるだけで、両者の攻撃可能な間合いに入る。そうなれば熾烈な戦いが始まるのだが、先に視線を外したのはルークの方であった。
「……ここでキミと本気の勝負をするのも吝かではないのだが、これ以上時間を取られると騎士団に見つかってしまうものでね。今回の所はキミの顔に免じて大人しく退散する事にしよう」
「副団長!?」
「おいおい。こんなガキに何を怖気づいているんだよ」
ルークの方が折れるとは思っても見なかったのであろうアルヴィンが驚愕の声をあげた。
対するブルーザは副団長の判断に呆れてしまったのか、単身でエルクの傍まで近寄ったのであった。
「こんなクソガキ。一発で伸してやればいいんだよ」
力強く己の得物、ブルーザの巨体ほどあるであろう大きな両刃の斧を振りかざす。
「よせ、ブルーザ!」
「そいつは聞かねえな」
ルークが静止の声を上げるが、それを無視してブルーザは斧を振り下ろすのだったが、途端に体制を崩れて斧による一撃はエルクを捉える事は出来なかった。
「な、なんだ。急に足元が」
足場を見やると普通の地面であったはずの足場が泥沼のようにぬかるんでいた。足首まで沈んでしまった為に、踏み込む事が出来ずに本来の力をだせなかったのだった。
「【流砂】だ。お前が振り上げたと同時にエルク君は【流砂】を発動させたのだ」
土の魔法技、流砂。ある一定の領域の地盤を緩めて、地面を泥沼のように変化させる魔法である。発動に使用する魔力量によって左右され、底なし沼のように変貌させる事も可能とされている。
「はあ!? こいつ、詠唱どころか土魔法特有の地面に手を当てるような真似をしなかったじゃないか。それでどうやってそんな芸当が出来るんだよ」
どんな魔法でも自身の魔力を放出させて魔法へ変化させる必要がある。土属性を発動させる際は地面に手を当てて、魔力を流す必要がある。そこで初めて土属性の魔法が発動できるのだが、エルクはただ呆然と立っているのみ。土属性の致命的な発動条件を行わず魔法を行使した事に驚きを隠せずにを得なかったのであった。
「まあ、カラクリは戻ってからルークさんにでも聞いてくださいよ。それより、その状態のまま続けます?」
問われ、苦虫をかみ締める。
今は完全な無防備。再び、一撃を繰り出そうとするとその間を突いてエルクが反撃するのは目に見えている。それに加えて、足を取られた状態では満足に重量物の得物を持ち上げるのも難しい。勝負は既に決していたのだった。
「ぐぬぬ」
「そこまでにしてくれないか、エルク君。こう見えても、彼はファミリーの三番目の地位を持つ男なんだ。部下の前で簡単にやられてしまっては示しがつかなくなってしまう」
「分かっていますよ」
軽く頷き、流砂の効力を消した。
「この、クソガキが」
ようやく足場を確保できたブルーザは睨みを聞かせて、可能な限りの殺気をエルクに叩き付けるのであったが、ルークの一言によって止められてしまう。
「ブルーザ。二度は言わないよ。次やったら、貴様の四肢がばらばらになると思え」
「……りょ、了解」
「久々に会ったって言うのに、こんな形で悪かったね。近い内に飲みに行こう。お互いに積もる話しもあるしね」
「はい。そのときは是非に」
一言二言、軽く言葉を交わした後、ルークを初めとしたアシュラファミリー一同はこの場から去っていく。何度か憎らしげに殺意の視線を飛ばしてくるブルーザであったが、アルヴィンによって無理やり連行されたのであった。
「……はあ。ついて早々でこれは気が重くなるな」
アシュラファミリーの姿が視界から消えたのを確認して、女性二人を囲んでいた【土壁】を解除する。
「もう、大丈夫ですよ。アシュラファミリーは去りましたので」
声をかけるのだが、未だに返事がない。不思議に思って彼女達へ視線を向けるとお互いに抱き締めて震える姿があっただけ。【土壁】で外傷から護ったのは良いが、拘束されたと思っているのであろう。これから待ち受ける被害を思い浮かべて怯えていたのかも知れない。
「あー。お二方、取りあえず安心して良いよ。もう、いなくなったから」
今度は二人の下へ歩み寄って声をかける。エルクの声であからさまにビクつく少女であったが、恐る恐る顔を上げると自分達を襲おうとしていたアシュラファミリーがいない事に始めて気付いた。
「あの、その……。えっと、あの人達は?」
「いなくなったよ」
「いなくって、え!? あなたが……。その、どうやって?」
「ま、何だっていいじゃないか。おばあさんも、大丈夫でした? どこもお怪我はありませんか?」
まだ何か言いたげに口を開く少女であったが、エルクがおばあさんの介護に移ってしまった為に質問を投げかける事が出来ずにいた。
少女は立ち上がり、膝から下についた砂埃を払い落として周囲を見渡す。物珍しげに見物を決め込んでいた野次馬達は気まずそうに少女から視線を逸らす。普段ならば文句の一つや二つ投げ掛けるところであったが、今はそれど頃ではなかった。本当にアシュラファミリーの姿が消えた事に驚きを隠せなかった少女はおばあさんを立たせたエルクに詰め寄ったのであった。
「あのあの、私はエミリア・ブリューナクと申します。ぜぜ、是非ともお名前を伺ってもいいですか?」
興奮気味に話しかけるエミリアの姿に若干ながら引き気味になるエルク。既に事件が起こった時に名乗っていたはずなのだが、どうやら彼女の耳に届く事はなかったらしい。
「俺は――」
名乗る程度なら別に問題ないだろう、と自分の名前を告げようとして、彼女のファミリーネームがブリューナクに引っ掛かりを覚えたのであった。
「……って、いまブリューナクって言った? もしかして、お父上は流星の騎士、ソルト・ブリューナクさん?」
思わぬ返しの言葉にエミリアは目を丸くさせる。
「え、はい。あの、父をご存知なんですか?」
あー、と言葉を濁して視線を逸らす。照れ臭そうに後首を掻き、気まずそうに自分の名を名乗ったのであった。
「その、綺麗になったねエミー。エルク・クルセイド、ただいま戻ってまいりました」
「……へ?」
エルクから告げられた名前を聞いて、硬直するエミリア。
頭の中でゆっくりとエルクの名前を反芻させて、理解が追いついた直後。
「え、えぇぇえええええええええっ!!」
叫びに近い驚愕の声が辺り全体に響き渡ったのであった。




