此君〜つぎと〜
「ねぇー誰の試合見る?」
観客席へと移動しながら、和が楽しそうに悩む。
「やっぱり人気の此君見にいく? それとも零くん見にいく?」
和は咄嗟に「えっ?」と声を上げた。
「だって零くんは私たちを守ってくれたじゃん」
「そうだね」
和は少し恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに頷いた。
一方その頃、別のフィールドに向かう影月と灼は、準備をしながら言葉を交わしていた。
「……さっき女子たちが言っていた、此君っていうのは一体なんだ?」
「此君っていうのはニ年の中で最も強いとされる四人の総称だ。一人目は朱雀。古くから代々伝わる流派の持ち主。二人目は雅玖良。中学時代に地元の一大不良集団を単身で壊滅させたって噂の謎多き人物。三人目は天才。AIをも超える頭脳を持ち、世界に大きく貢献してきた。こいつこそが、生まれながらの天才。そして最後の四人目はバレーも全国レベルなのに対人もトップクラスのつぎとだ」
森林のフィールドでは零とつぎとが真正面から睨み合い、始まりのカウントダウンを今か今かと待っていた。そして、ようやくそのカウトダウンはゼロとなり、ホイッスルが「ピィィーーーッ!」と鳴った。
零は瞬時に思考を巡らせる。
(フィールドの広さは半径五十メートルほどの円。森林はこれで何回目だ。まあ、相手の能力がわかっていない以上迂闊には動けない。だからといって動かないのは俺らしくねぇ)
零は火力を一気に引き上げ、森全体へ向けて炎を放った。木々が火柱を立てて激しく燃え広がる。
(さあ、来い)
零はつぎとのどんな強襲にも反応できるように身構えた。
「乱暴だな」
零の肉体、脊髄が、本能的な危機を察知して無意識に厚い氷壁を錬成した。
(何で氷壁が……)
「瀟波」
微かにつぎとが呟いた刹那、零の視界は真っ暗になった。
(何が……起きた?)
零は自分の目の前を塞ぐ何かを払い除ける。
「こお……り?」
その氷は先ほど零が無意識につくった氷壁を粉々に打ち砕いた欠片だった。零は手にある氷と目の前の光景を見てやっと気づく。つぎという者の強さに。
「マジかよ」
その頃、影月と灼の戦いが終盤を迎えていた。
「そろそろ仕舞いだ、影月!」
「そうだな。最大出力を試したい。それでいいか?」
「いいけど……影月の能力は夜に強いんだろ? なら、無理にこんな昼に最大出力を出す必要はないんじゃないか?」
「いや、俺は夜だけが強いわけではない」
零のフィールドでは、激しく燃えていたはずの木々が完全に鎮火し、零の視界につぎとが映る。
「能力を何だと思ってる? 力があるからと言って無闇矢鱈使っていいわけじゃない。能力にはそれぞれ『役割』がある。それがわからない奴に、俺は負けない」
「確かに能力には役割があるのかもしれない。だけど、そんなのに縛られてたら、俺は強くならねぇ」
「そうか。なら教えてやるよ。本当の使い方を」
「なら頼むぜ。縛り屋」
「上等だ」
二人が再び構えたその時、観客席に遅れてあかりと和が駆け込んできた。
「やっと着いた。零くん探すのに十分もかかっちゃったよ。影月くんはもう終わってたし」
「そうだね」
「んっ? 何でこんなに人が多いんだ?」
「確かに……」
「みんな零くんを見にきたのかな?」
「そうなのかな?」
二人がフィールドを覗き込んだ瞬間、あかりが悲鳴のような声を上げた。
「えっ! つぎとくんじゃん!」
「だから、こんなに人が多いんだ」
「ヤバい、どっちもイケメン。これはどちらを応援すれば良いの」
和は苦笑いするしかなかった。
「行くぞ」
零は炎を身に纏って身体能力を極限まで引き上げた。
(能力は大きく分けて遠距離と近距離の二つ。どっちかに対応した能力がつきやすい。俺は炎と氷の両方を使えるからどちらも対応できる。さっきの炎は遠距離の攻撃……なら近距離は対応できない)
零は爆発的な踏み込みで、つぎとへ猪突猛進で突っ込む。零は右拳をつぎとの腹部目掛けて打ち込んだが、つぎとはそれを涼しい顔をして避けた。しかし、零はそのまま通り過ぎざま、突き出した右拳を地面へ叩きつけ、大爆発を起こした。つぎとの身体が爆風でわずかに浮いた。立ち込める濃い砂煙が二人の視界を完全に遮った。
(ここで警戒するのは炎と氷の遠距離攻撃……)
(と、でも考えてるんだろうな。甘いな! 俺はいつだって普通じゃねぇよ)
バチバチッ……と、つぎとの至近距離で奇妙な音が鳴り響いた。まるで空気が激しく反発し合っているかのような。
(これは……静電気。まさか……!)
観客席には一足先に戦いを終えた守裏が目を見張った。
(あの真正面からの攻撃、避けられる確率の方が高かった。だからあえて地面を叩いて土煙を起こす。乾いた塵と塵を高速で衝突させることで、煙の中に強烈な電気を帯びさせた。しかも、零は直前の炎で湿った地面や空気までもを乾かしている。一瞬の隙に作り上げた己のフィールド!)
「一本取られたな、つぎと」
「砂蛇蒼雷」
零の叫びと共に、煙の中に蓄積された電気が猛烈な蛇となって、つぎとへ目掛けて縦横無尽に走り抜けた。
「はぁー、流石にやりすぎたか。それにしてもこの体に溜まる電気、どうにかならないのか? おかげで数分は動けそうにないな」
零の肉体は電気特化ではないため、大技の放電の反動で電気が体内に残り、一定の時間動けなくなる。しかし、戦闘において、敵がその回復を待ってくれるはずがなかった。
砂煙が徐々に晴れていくと零の目の前には水の膜を張り巡らしたつぎとの姿があった。
「何だよ、それ」
(あれは、つぎとが能力を究め続けて辿り着いた、絶対不可侵の完璧な防御……)
「無窮・蓮華。俺の勝ちだ」
「まだまだ、これからが本番だぜ」
満身創痍の零に、つぎとは冷徹な視線を向ける。
「無理しなくていい。魂が揺らいでいる」
「フッ、今の俺の心は諦めることを忘れたばかりさ」
「そうか。やっぱりお前は俺と合わない。無理なことはすぐに諦めるんだな」
つぎとが感情のままにトドメを刺そうと動いたその瞬間、非情にも試合終了のホイッスルが鳴り響いた。
「お前、零とか言ったか? 正直、期待外れだ。お前ならもっと楽しめると思ったんだがな」
つぎとは冷たく言い残し、背を向けてステージを去っていく。零はその姿を眺めることしかできなかった。
観客席のあかりと和が顔を見合わせる。
「これどっちが勝ったの?」
「えーっと……引き分け、でいいのかな?」
「でも、少しだけつぎとくんの方が一枚上手だったね」
「そうだね。でも、零くんも負けてはいないよ。だって、私たちは見たんだもん、あの救世主の姿を」
「うん。これは超人戦が楽しみだね」
「そうだね」
「よーし、そろそろ私たちも戻ろうか」
あかりや和、他の観客達も次々と退場し、ステージにはポツンと零だけが取り残された。物音ひとつない静寂。まるで孤独を味わうかのような雰囲気の中、一人だけが微笑んでいた。
次の日ー
(昨日から零の様子がおかしい。下校中、何を話しても応答はなく、ずっと下を向いていた。何なら、集中しすぎていて電柱にぶつかるくらいだ。何をそんなに考えていたんだ? 一体、昨日の一対一で何があったんだ?)
授業が始まると、零はいつも通りぼんやりと窓の外の空を眺めていた。
(俺には何が足らないんだ? 広範囲攻撃の使いすぎか。それとも、防御や受け身が下手すぎるか。いや、魂の練りが不十分か。どうしたらいいんだ?)
懊悩する零の肩を、ぽんと横から叩く者がいた。和だった。
「ん?」
「今日の昼休み、ご飯一緒に食べない? 影月くんも呼んでさ」
「いいけど……どうして?」
「んー、なんか悩んでるようだから聞いてみようかなーって」
零は謙るように息を漏らす。
「残念ながら、この悩みを言ったとこで誰にも分かりやしないよ」
「そ、そうかな? でも、話してみないとわかんないよ?」
「わかった。後で影月にも声をかけてみる」
「うん」
和は満面の笑みを浮かべた。
昼食の時間。零は重い足取りで影月を誘いに行く。
「珍しいな。オマエが弁当に誘うなんて」
「今はそういう気分なんだよ」
二人が一組の教室へ戻ると、零の席の周りにはすでに机を合わせたあかりと和が待っていた。その光景を見た瞬間、影月はすべてを察して零を睨んだ。
「オマエ、はめたな」
「いいや、特にそんなつもりはねぇよ」
「オマエなぁ……」
「まぁまぁ、こっち座ってよ!」
あかりが元気よく手を振る。影月はため息をつき、諦めて用意された席に腰を下ろした。机の上には、女子二人の華やかなお弁当と、男二人が持ってきたおにぎりが計四つ。そして、違和感のある昼食が始まった。
「ねぇねぇ、影月くんと零くんってどんな関係なの?」
「えっ?」
あかりの突っ込んだ質問に、零は一瞬フリーズする。
「いや、仲良いなーって思って」
「そうか?」
「うん」
(どうする? 天敵とか言えるわけないし)
「アスリート選手です。陸上の」
影月がすかさず完璧なポーカーフェイスでフォローを入れた。
「へー。だから零くんあんなに速かったんだ」
「まあね」
零は冷や汗を流しながら話を合わせる。今度は影月が、おにぎりを頬張りながら女子二人に視線を向けた。
「逆に、オマエらの関係は何なんだ? 普通にこの状況を飲んでいたが、いつ知り合ったんだ?」
「えーっと、3ヶ月前くらいにある人に襲われたところを助けてもらったっていう、命の恩人的な関係でーす」
「へー」
(三ヶ月前って、零が天敵になったくらいの頃か)
影月と女子二人が食事を終える中、零だけは一向に箸が進まず、おにぎりを見つめたまま固まっていた。
それを見た影月が「おい、オマ……」と声をかけようとした瞬間、和が心配そうに身を乗り出した。
「零くん、大丈夫? 全然食べてないけど」
「あー」
零は悩んだ末、ポツリと疑問を口にした。
「俺の役割って何だと思う?」
「やく……わり?」
和が小首を傾げる。
「はっ? そんなの知るかよ」
影月が呆れたように鼻を鳴らした。
「そう、だよな。俺って何ができるんだろうな?」
俯く零に、あかりと和は顔を見合わせた。
「速く走れる」
「炎と氷が使える」
和がまっすぐな目で零を見つめる。
「役割って時と場合によって変わるし、別に役割っていうだけで囚われる必要はないと思うよ」
「そうだ。オマエはオマエらしくいろ。それが今の役割だ」
影月の不器用な言葉と和の真っ直ぐな言葉が、零の心に落ちる。
「ありがとう」
零は机の上にある二つのおにぎりを手に取って食べ始める。
暗闇に閉ざされていた零の心に、温かい灯火が静かに灯った。




