作戦とは?
一限目の休み時間、零と影月は廊下の隅で額を突き合わせていた。
「ダメだ。そもそも誰に聞いたらいいのかもわからない」
焦る零に対し、影月はフッと口元を緩める。
「俺は一人聞けたぞ」
「マジか」
「だけど、少し心配だからもう一回聞いてくる。信頼できる奴なんだ」
(珍しいな、影月がそこまで信頼するなんて。まぁあいつが言うなら大丈夫か)
「わかった。じゃあ、決行は放課後な」
終礼のチャイムが鳴ると同時に、部活の奴らはすかさずそれぞれの活動場所へと向かい、学校は一気に自由行動の空気へと変わる。そんな喧騒を離れた屋上で、とある挑戦が始まろうとしていた。
屋上には事前に呼び出しておいた夜姫と、準備を整えた影月。零は物置の裏に身を隠し、固唾を呑んで見守っていた。
(影月のことだし大丈夫だとは思うが、やはり心配が勝ってしまう)
何故零がそんなに心配しているかというと、それは影月の格好がいつもと完全に違っていたからだった。ビシッと決めた黒スーツに、右手にはなぜかピンク色の鮮やかな花束を抱えている。
「夜姫さんですね」
「はっ、はい」
怪訝そうな夜姫の前に、影月が静かに跪く。
「我は影月。月をこよなく愛する者。太陽のように暑苦しく姿を晒すのではなく、静かに照らしてくれる……だから、月は綺麗だ。だが、それに照らされる貴方はそれ以上に綺麗だ。これを」
影月は恭しく花束を差し出した。
「これは?」
「これはカランコエです。花言葉『あなたを守る』。貴方を命に代えても守ります。だから、仲間になってくれませんか」
•••?
零の顔は真っ青になる。
(ヤバい。終わった)
屋上の空気が絶対零度まで凍りつく。零はその場に崩れ落ち、頭を抱えた。
(影月、オマエならこんなに大きく外れた間違いには気づくべきだろ。キャラがぶっ壊れてるぞ。一体誰だ、こんな入れ知恵をした奴は?)
「はぁ」とため息をついて、諦めモードに入った零が、このまま屋上から飛び降りて帰宅しようとした、その瞬間。夜姫から信じられない言葉が返ってきた。
「……はい。喜んで」
物置の裏で、零は思わず「はっ!」と素っ頓狂な声を上げる。
(おいおい、今何て? 『はい』って言ったか?)
耳を疑うとはまさにこのこと。当の影月は、何事もなかったかのようにホッと胸を撫で下ろしている。
「それはよかった」
すると、ガチャリと屋上の扉が開き、一人の生徒が軽い足取りで影月に近づいていく。
「良かったなー!言っただろ?これで行けるって!」
聞き覚えのありすぎるその声に、零は姿を見るより早くその名を叫んだ。
「灼!?」
「んっ、零?」
突然飛び出してきた零に、灼は不思議そうに首を傾げる。
「知り合いか?」
状況についていけず固まる影月。
「知り合いも何も、こいつは俺の親友だぜ!」
零と灼は、互いの手をガシッと掴んで再会を喜んだ。
「なぜオマエがここにいるんだ?」
「それはこっちのセリフだぜ」
「だってオマエ、あの村どうしたんだよ?」
「弟子がしっかり留守番してくれてるぜ」
「弟子……?」
「おーよ、俺にも弟子ができたんだ。いいだろ?」
嬉しそうに語り合う二人を余所に、影月がしみじみと呟いた。
「いや、それにしても上手くいって良かったな」
「どこがだよ!!」
零の鋭いツッコミが炸裂する。
「零、この作戦を考えてくれたのは灼なんだぞ」
「あー、状況から察したよ。だけどな。こいつも学校行ったことないんだぞ」
「えっ?」
「こいつはずっと村の守護をしてたんだ。だから、学校なんか行っていない」
「マジか……」
影月の顔が今さら青ざめていく。
「よく思いついたもんだ。あんなよくわからない設定」
呆れる零に、灼は少し寂しげに笑った。
「昔、姉貴が教えてくれたんだよ。『女の子を口説く時はこれくらい情熱的じゃなきゃダメだ』ってさ。……若くして死んじまったけどな」
「あ……それは、悪かった」
しんみりした空気を破ったのは、おいてけぼりにされていた夜姫だった。
「あのー」
「おっと、ほったらかしにして悪かった。俺たちも仲間になっていいか?」
灼の言葉に、夜姫は小さく微笑んで頷いた。
「はい」
「じゃあ、自己紹介といこうか。俺は灼、2年2組だ」
「俺は零、2年1組」
「影月、2年2組だ」
「私は夜姫、2年1組です。よろしくお願いします」
「「「よろしく」」」
全員が晴れやかな笑顔を交わす中、零だけが遠い目をしていた。
(これで本当に解決なのか?)
「何か報告は?」
皆無は教卓に肘を突き、四班の面々を見渡す。
「えーっと、一応友達にはなりました」
零はあの屋上での出来事を思い出すと、寒気が止まらなくなる。
「それは良かった」
皆無は深く追求せず、満足そうに微笑む。
「残念ながら、こちらは何にも無しだよーー」
るながつまらなさそうに髪を弄りながら、犯人の捜索状況を告げる。
すると、じっと拳を見つめていた影月が、鋭い目で皆無を見上げた。
「先生、稽古つけてくれませんか?」
「いいよ」
「今日から通常授業かよ。だるいな」
「だな」
翌朝、青星学院の校門へと続く並木道。影月が制服のネクタイを緩めながら、大きなあくびを噛み殺した。
「そういえば、影月。昨日先生とはどうだったんだ?」
「フルボッコにされた」
「それは気の毒に」
「でも……掴めてきてる」
影月が静かに拳を握りしめた。その瞳には、敗北の悔しさよりも、さらなる高みへの確かな手応えが宿っている。
「零、夜姫を頼むぞ。後、目立つなよ」
「オッケー」
零はひらひらと手を振り、二年一組の教室へと向かう。
一限目……
「今日は2年全合同体育だーー!」
体育教官の十枝先生の野太い大声が、巨大なフィールドに響き渡る。
(暑苦しい)
綺麗に整列した生徒の大半が、心の中でそう思った。
「君たち全員、最近体を動かしていないだろ。だから、今日はガチンコ1対1をするぞーー!」
「「「うぉーー」」」
「「「えーーー」」」
やる気満々の体育会系と、非戦闘系の生徒たちの二つの悲喜交々が重なり合う。
「今回は強制で呼んだから、やりたくない奴は観戦に回れ」
その言葉を合図に、大半の女子と少数の男子がシールドの張られた観客席へと移動を始めた。
「よーーし、相手は自由に決めろ」
(影月と組むか)
零が隣を振り返ろうとした、その時。目の前に大きな影が立ちはだかる。
「2年4組、つぎとだ。オマエと試合がしたい」
零の口元に、不敵な笑みが浮かぶ。
「あの時の……いいぜ乗った」
一方、影月の方では……
「やろうぜ、影月」
「あー、いいぜ」
灼が拳を突き出し、影月がそれを軽く睨みつけながら受けて立つ。
「さー、みんな位置につけ」
(確かここのフィールドは、ランダムで環境が生成されるんだったよな)
零が定位置に立つと、瞬く間に周囲の光景が書き換えられ、青々とした草木が生い茂り始めた。
「森林か」
「じゃあ、怪我しない程度にぶっ放せ。レディーゴー」




