チートでオークから逃げる
その事実が公表されていないだけで、ギルガーズ大帝とヴァ―ヴァン主席は既に面会済みであるし、非公式の会食を何度か行っている。
年長者のヴァ―ヴァン主席に対して大帝陛下が兄事する形をとっており、セッティングを任された女官衆の目から見て、まずまず良好な関係を築けているように映ったらしい。
『7割ですか!?』
俺は驚いて《二位の局》ことキューズ805に聞き返す。
「そうよー。
7割はキミの話題ね。
残りは白骨山脈の帰属問題とか、無船籍船の帰属問題とか。」
805お姉様はかなり早い段階から女官組織でキャリアを積んで来ただけあって、奥向きのみならず表の政治知識も豊富である。
少なくとも出世志向が乏しい弟のヴェギータよりも政局通だ。
『この大事な時期に俺の話なんかして…
いいんですか?』
「キミ。
精神系のレアスキル持ってるんだって?
噂になってるよ?
今、私には使ってないみたいだけど。
艦上衆や女官衆にはスキル察知の能力者が多いから気を付けてね。」
『やっぱり居るんですか?』
「居ない訳ないでしょ?
私達リザードは鈍臭いから、まだ何とかなるけど。
今回のオークは近衛師団を連れて来てるから…
馬鹿なことして無駄死にしないでよ。」
『いや…
オークの皆様は本当に雰囲気あって怖いですね。』
「彼らは面子で生きてる連中だから。
《舐められた》と感じたら、即座に仕掛けてくるよ。
正直、私達も生きた心地しないもの。」
『それは、何となく…』
「そのオークがよ?
ひたすら我を殺して、リザード側を立ててくれている訳じゃない?
こちらも最大限の配慮をせざるを得ないでしょう。」
『仰る通りです。』
「本会議についてだけど。」
『あ、はい!』
「本会議中。
イセカイ夫妻には先にパーティー会場入りして頂きます。
第一迎賓船、乗ったことあるでしょ?」
『あ、はい!』
「会場には各種族の要人の御家族がおられるから、歓談しておいて頂戴。
あ、政治的な話題は当然NGね。
本会議が終了次第、各種代表の皆様が会場入りされるけど…
キミが残るかどうかは当日の指示に従って?
意図は理解出来るよね?
勘違いしないで欲しいのだけれど…
大帝陛下はキミの事、気に入って下さっているから。」
『おお!』
「大帝陛下曰く。
《成敗必至の状況になったら、余の手で引導を渡してせめて彼の者の誉れを守ってやりたい》
とのこと。」
『…え、マジですか。』
「その時、私がお酌していたしね。
マジよー。」
大帝陛下…
絶対、俺を殺す気満々ですよね…
「喜びなさい。
これってオーク的には凄く名誉な事なんだって!」
俺、人間だしな…
斬られるのは怖いよ。
「ここからが本題。」
『はい。』
「シュタインフェルト卿の本国での席次が低過ぎます。
これ、かなり問題視されてるから。」
『低いですか…』
「我々も人間種さんの特殊な政治体制には一定の配慮をしております。
卿の本国での人気も、ご実家である七大公家の家格も、将来をほぼ約束されている事も重々存じております。」
『…はい。』
「ただ、現状彼は一介の騎士団長に過ぎません。
あなた方の軍隊の最高位も元帥と伺っておりますが、シュタインフェルト卿は上級大将なのですよね?」
『…はい。
その様に伺っております。』
「軍のトップである我が父でさえ、控えの間にて待機させられるのですよ?
コボルト側も、《自分達の社会制度上退役元帥以上の役職者を派遣できず申し訳ない》と、かなり気を遣って下さっているわ。
この状況、キミならわかるよね?
私は人間種さんの為に忠告してあげるんだけど…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
805お姉様の提案はシンプル。
・シュタインフェルト先代には遡って隠居して頂き、七大公家の当主としてジークフリートが派遣された事にする。
・難しいとは思うが、御前会議の議長に就任して欲しい。
・軍階級は当然遡って元帥まで昇格して貰う。
付帯コメント。
・人間種側からの申告があれば外交部と女官衆が辻褄を合わせるし、他種族も歓迎こそすれ反発はない。
・当然、人間種内で揉めるだろうが、そうしなければ国際世論そのものと人間種が揉める事になる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
以上である。
オークやリザードは最高責任者を出しているのに、人間種が自家の当主でも無い者を代表者に据えるのは異常である、とのこと。
返す言葉も無い。
805お姉様曰く、まだクレアか俺が人間種を代表した方が場が収まるだろう、と。
ちなみに、クレアには本会議場で各代表の承認を取り付け得るプロパガンダ絵を制作する任務が与えられている。
彼女が描いた絵は《全種族会議本会議の成功風景》として全世界に発表される。
これは描画能力云々とは関係なく、今や世界的著名人(それも種族融和の象徴的存在である)のクレアが立ち会う様な穏やかな会議進行だった、という演出が必要なのである。
会の直後、コボルト領2か所での講演会の予定も決まっており、クレアに休む間は無い。
805お姉様に礼を述べ、大至急シュタインフェルト卿と共に本国に打電する事を約束する。
加えて。
言葉足らずになってしまわないように、リザード官界の世論について、805お姉様とクレアが意見書を書いてグランバルド議会に提出してくれることになった。
数か月前まで一介の工員に過ぎなかったクレアが大公家の家督人事に意見を述べる。
この逆転劇がそこまで問題にならない程に人間種の外交的立場は追い詰められている。
「ああ、後ね。
ブラメチャ―殿下は御即位まで、こっちに留学。
扱いとしてはヴァ―ヴァン主席の御猶子の待遇になるね。
大帝陛下からは《場合によってはここで死ね》と言いつけられているみたい。
この発言は下位女官衆からの伝聞だから、まだ正確なソースは得れてないわ。
『え?
主席閣下の猶子って…』
「そう。
キミと対等の地位を大帝陛下から要求されたの。
断れる訳ないよね?
キミが御猶子として礼遇されているのに、殿下がそれ以下ってあり得ないでしょ?」
『確かに。』
「くれぐれも殿下に粗相のない様にね。
早ければ数年以内に全オークの頂点に立たれるお方よ。」
…俺は何年も時間を掛ける気も無いんだがな。
まあ、いいか。
素直に805お姉様に礼を述べておく。
シュタインフェルト家の問題を相談する為に帰ると、ベスおば船が大量のオーク船に囲まれていた。
聞くところによるとブラメチャ―殿下の係留割り当て位置は、ベスおば船の隣に決まったらしい。
オークの偉い人(怖い)が何人か勝手に乗り込んで来て、挨拶名目で散々俺を恫喝してから去って行った。
うんざりしたので、当面ゲーゲー船の隣にベスおば船を係留させて貰う事になった。
ゴブリンは今回の本会議においても、やや冷遇され良質の情報を渡して貰っていなかったが、政治的中心から大きく離れている分、生活に適度な静寂が保証されていて快適だった。
ゴブリン勢が浜辺で篝火を燃やして怪しげな踊りで歓迎してくれたので、ベスおばと共にゴブリンダンス(頭を激しくシェイクする)に加わった。
ゴブリンシチューと大麻を御馳走になり、気分が良くなったのでそのまま砂浜で寝た。