チートを封じて身の程を知る。
地球におけるオークとは、ファンタジー世界における悪役である。
(どうせ初出は指輪物語辺りだろう)
様々なフィクションでイメージが徐々に固められ、現在では豚頭の悪魔・筋骨隆々の化け物として、ファンタジー媒体の常連として一般に認識されている。
こちらの世界のオーク種も大体似たようなルックスである。
体色は深緑、頭髪は美しいブロンド。
顔つきは豚と言うより、ゴツイゴリラ系の白人(ドイツ系)に近い雰囲気だ。
閉口していると解らないが、喋ると口内に牙が見える。
特筆すべきはガタイ。
平均で4メーター近い身長に洒落にならない密度の筋肉が搭載されている。
軽く腕を上げたり歩いたりするだけで、筋肉が小気味よく収縮する。
そしてその巨体から想像できないほど、身のこなしが軽い。
一見陽キャ風の快活な文化を持っているが、種族的傾向として熟慮型の性格をしている。
良く言えば慎重、悪く言えば猜疑心が極めて強い。
凄惨な粛清文化の産物なのか、空気の読めない馬鹿は一人も居ない。
異常なまでにTPOを汲み取る事に長けており、全てが規則化された軍隊文明のコボルト種とは対極の統率力を誇る。
語弊があるかも知れないが、躾の行き届いた伝統派ヤクザをイメージしてくれればわかり易いかも知れない。
その顕著な例として、《筋》とか《仁義》といった表現を好む点が挙げられる。
今回。
名目上、彼らは筋を通しに来た。
故に俺は拒めない。
俺が滞在していたベスおば船は、三隻の高速艇に包囲されていたが、ブラメチャ―殿下は単騎で乗り込んで来られた。
口元には微笑を浮かべ、余裕ある歩調を心がけておられるが、流石に緊張は垣間見えておられる。
後から確認した所、御年9歳ということなので年齢の割には十二分の貫禄だろう。
(オークと人間の年齢感覚の違いはよく解らないが。)
「本来であれば父帝が来るのが《筋》であると認識しております。
ただ、会議場前に到着している事はまだ公式発表しておりません。
その為、嫡男の私が名代として謝罪に参りました。
イセカイ伯爵に不快な思いをさせてしまった事、深く御詫び致します。」
執事の様な雰囲気の老オークが豪奢な袋の乗った盆を甲板に置くと、静かに一礼して艇に戻った。
「父帝なりの詫心です。
どうか御笑納下さい。
こちらの冠は我々の都で流行している型でして
人間種の方には着冠の習慣は無いと父帝にも申し上げたのですが
あの通り中々聞き入れて下さらない性格でしてw」
安心して下さい殿下、我々日本人もつい数百年前まで烏帽子を被っておりました。
『いえ!
むしろ私が謝罪の為に赴くべき状況でした。
ギルガーズ大帝陛下のご寛容にただただ恐懼するばかりで御座います。』
これは断じて《謝罪》などである筈がない。
俺のスキルに対しての明確な牽制であり、当然調査も兼ねている。
オフレコながら、大帝陛下が御家族を伴ってきたことは小耳に挟んでおり、嫡男を人質に出すという噂も流れていた。
噂は恐らく事実だったのだ。
ギルガーズ大帝陛下は今回の国際秩序構築の初動に全ベットしておられる。
そして、そんなに重要なカードを惜しげもなく《俺への探り》に切って来た。
当然、スキルは使っていない。
殿下の姿が見えた瞬間にスキルを閉じたからだ。
絶対に発動させないように、【心】を全力で握りしめる。
ブラメチャ―殿下の反応を伺う限り、スキルの気配は察知されていない。
直前にベスおばに注意されていなければ、不用意に発動させていたかも知れず、その点では助かった。
殿下は聡明なお方だが、父君ほど場数は潜っていない。
まだ腹芸の出来る御年齢ではないし、他種族との駆け引きを自然に行えるほどの蓄積も無い。
こちらの仕草を恐る恐る伺いながら、探りを入れている雰囲気が何となく伝わってしまう。
俺のスキルが視覚に依存している事を父君から言い聞かされたのだろう、こっそりと俺の眼球運動を観察している。
この船を取り囲む三隻の高速艇からも俺は見られている。
矢狭間から何かが光っているのが解る。
肉眼での観察ではない。
何らかの器具?
いや、考えるまでも無い。
スキルも含めて俺を測定・鑑定する為の器具を用いているのであろう。
ポーカーフェイスをまだ身に着けておられないブラメチャ―殿下が派遣されてきたのも意味がある。
これは恫喝であり牽制なのだ。
しかも表向きは皇太子の表敬謝罪であり御詫品の贈呈である。
故に、こちらから彼らを非難する筋合いは微塵も無い。
考えてもみて欲しい。
双方の身分差を考えれば、本来は俺がオーク船に出頭し大帝陛下への非礼を平身低頭して詫びねばならない。
機先を制して嫡男を送り込んで来たと言う事は、俺に如何なるアドバンテージをも譲らない、という強烈な意思表示である。
「父帝も、本会議の場でイセカイ伯爵と再会出来る事を楽しみにしておりました。」
上品な笑顔で殿下が続ける。
翻訳すると、《本会議場への接近は許さない》という強い警告である。
幾ら愚鈍な俺でもそれが解らない程馬鹿ではない。
『いえ、本会議にはシュタインフェルト卿が正使として出席すると伺っております。
私に対しては本国からは特に訓示がありません。
1人の裏方スタッフとして本会議の円滑な進行を願うばかりです。』
「え?
イセカイ伯爵はご出席されないのですか?
いやあ、驚いたなあ。
意外です。」
恐らく、物凄い速度で大帝陛下が想定問答集を作成し、殿下に暗記させて来たのだろう。
今の箇所は明らかに棒読みだった。
ぎこちない演技だが、9歳という殿下の御年齢を考えれば寧ろ秀逸だろう。
『ええ。
本会議の成功はこの世界に住む者全ての悲願です。
私も1スタッフとして皆様から割り振られるであろう位置で粉骨砕身する所存であります。』
「素晴らしいお心掛けです。
私もイセカイ伯爵の御姿勢を学び研鑽を心掛けます。」
ここまで言っておけば、後は偉い人達が俺を上手く隔離してくれるだろう。
俺は殊勝な表情で従うだけだ。
「…。」
何だ?
話は終わったはずだが、殿下がニコニコしたまま席を動かない。
俺はてっきり接近への牽制が主題かと思ったが、スキル調査が本命なのか?
くっそ【心さえ読めれば】、この状況は収める自信があるのだが…
ここでスキルを発動させれる訳が無い。
無礼討ちされ兼ねない。
いや、無礼討ちの形に持って行く為に殿下クラスのお方が派遣された可能性もある。
スキルさえ発動出来れば、矢狭間の向こうに居る観察者達の【本音】を察知出来るのだが…
「…。」
『…。』
くっそ、チートスキルが使えなければ、俺は雑談一つまともに出来んのか?
思えば、今までの社交をスキルに頼り過ぎていた。
俺には【心を読む】ことしか取り柄が無いのに…
この手を封じられたらどうなる?
絶望的な気分になる。
「それにしても、イセカイ伯爵はリザード語がかなり流暢ですね。
私も努力はしているのですが、中々習得出来ずに部下達に日々叱責されておりますw」
『いえ!
殿下の発音は素晴らしいと思います。
私の発音が流暢に聞こえるのは、きっと人間種の声帯がリザード種の皆様のそれに近いからではないでしょうか。』
「ははは。
御謙遜をw」
明らかに話を引き延ばしに来ている。
【心を読む】訳には行かないので、これは全くの憶測になってしまうが、殿下は大帝陛下から《俺のスキル発動状況・効果》を目視確認するように命令されてここにいるのだろう。
或いは《実際にイセカイのスキルを喰らって来い》と命令されたのかも知れない。
大帝陛下のあのお人柄を鑑みれば、虎の子の嫡男にそれを命じていても不思議ではない。
初対面の陛下が俺のスキル対して立てた仮説は以下の通り。
「或いは翻訳の上位互換的な能力を保有している可能性も考えられる。
鑑定? 精神操作? 思考解読? 」
かなり絞られているが、逆に言えば正答を確信出来ていない。
大帝陛下は早急に把握したいのだ。
俺の能力が、相手を操作するものなのか、相手を察知するものなのか?
本会議が始まるまでに最後の二択を確認しておきたい。
確かに。
察知と操作では対処方法が異なって来るし、状況によっては真逆のシフトで俺を迎え撃たなければならない。
俺が意図してスキルを封印している事は殿下にも伝わってしまったらしく、《失敗した》という表情で冷や汗を垂らしている。
必死に陽気を装おうとしているが、焦りは隠せない。
その後も、リザードの食用油文化への戸惑いを面白おかしく語ったり、人間種の戦場での勇猛さを賞賛したりして懸命に話を引き延ばされた。
殿下は俺のスキルを確認するまで居座るつもりなのだ。
やがてベスおばとシュタインフェルト卿が連絡船で戻って来るが、この船への接舷可能箇所は全てオーク側が抑えている。
ベスおば・オーク双方の押し殺したような問答がここまで聞こえて来るに至って、殿下が端正な顔を苦渋に歪める。
もう時間切れだ。
これ以上はオーク側にとって重大極まりない外交的失点になる。
先程の老執事がタラップに飛び出し、殿下に何やらアイコンタクトを送り始めた。
【心を読む】までも無い。
《これ以上の滞在は不可能です。
撤収して下さい!》
と伝えているのである。
「イセカイ伯爵との一時があまりに愉快だったので
思わず長居してしまいました。
非礼をお詫び致します。」
『いえ!
私が殿下を引き留めてしまったのです。
この様な卑しき者に貴重なお時間を割いて下さった事
末代までの誉れと致します。』
もはや互いに、この様な無難な社交辞令以外に言葉はない。
殿下の眼が焦ったように泳いでいる。
きっと殿下から見た俺も似たようなものだろう。
『決して他意は御座いません。
可能な限り御指示に従いたいと考えている、と大帝陛下にお伝え下さい。
必要であれば出頭致します。』
気が付けば、そんな趣旨の発言をしてしまっていた。
殿下が少し驚いたような安堵したような表情をする。
『私なりに志があります。
断じて、オーク種の皆様にとって不利益になる行動をとる意図はありません。』
「…我々の緩衝帯構想はもうお聞き及びでしょうか?」
緩衝帯構想とは、オーク種の支配領域の周辺をゴブリン居留地で囲う構想である。
オーク種がゴブリンに版図を提供する代わりに、他種族にも同様の供出を求めている。
俺は軍事の素人だが、オーク側の防衛線が最短で済み、かつ彼らからの侵攻ルートが塞がれない形の国境提案に見える。
つまり、この構想が実現すれば、オーク種は他種族に対して圧倒的な軍事的アドバンテージを保有する事が可能なのである。
《経済的優位はリザードに譲る、軍事的優位は我々オークに与えよ》
それが大帝陛下の世界に対する要求だ。
『私は反対の意図は持っておりません。』
「人間種の皆様の中には、国境変更を快く思わない方も少なからずおられると聞きます。
無論、皆様のお気持ちは痛い程理解出来ます。」
『率直に申し上げます。
恥ずかしながら、本国の情勢についてはそこまで把握出来ていないのです。
コボルト領への訪問以降、一度も帰還出来ていないほどですので。』
殿下は一瞬だけ、《貴方の地位で把握出来ていない訳が無いだろう。》という反応をするが、すぐに表情を平静に戻してくれる。
「天蓋の外には。」
そこまで言って殿下が言葉を止め、俺の反応を伺う。
もはや外交的な儀礼も無かった。
明らかに身を乗り出し、俺にリアクションを強要している。
「天蓋の外には!」
再度、殿下が俺に迫る。
タラップの向こうから切羽詰まったようなオーク語の叫びが聞こえる。
スキルを切っている為、叫びの意図は解らずじまいである。
『…俺の敵。
いや、故郷。
違うな、目標はそちらなんです。』
今思えば、曖昧な回答だが、可能な限りの真実を述べれた。
過剰なくらいのサービスだ。
殿下は一度だけ頷いて立ち上がる。
互いに社交辞令的な別離の言葉を交わしたような気がする。
いつの間にか殆どの矢狭間からオーク達が顔を出している。
それぞれがかなり焦った表情だ。
手元に持っている双眼鏡の様な機械を隠すことすら出来ていない。
外交的に相当拙いのだろう。
そもそも、リザードの航行法では接舷箇所を塞いでの包囲接舷は準宣戦行為と看做され得る。
しかも男性が女性の船を囲むことは重大な倫理違反、論外の破廉恥行為である。
種族が異なるとはいえ、ベスおば名義の船を囲んだのは問題だ。
彼らもかなりの冒険を仕掛けており、その自覚もある。
ブラメチャ―殿下はタラップ上で一度だけ俺を振り返り、静かに一礼して艇内に入った。
その瞬間に三隻の高速艇が離舷回頭してオーク側の割り当て水域に消える。
かなり精神的に摩耗した様子だったのだろう。
俺を見るなりベスおばは顔を顰めて鎮静剤を飲ませ、船室で寝かせた。
殿下と入れ違いでリザード外交部が駆け付ける。
(外交上の力関係から《入れ違い》以外の選択肢が無かったのだと推察する)
この聞き取り調査にはシュタインフェルト卿が応じてくれた。
恐らくは無難な線でまとめてくれたと確信している。




