悪役令嬢、記憶返される
予想していたけれど予想外だったわ。
私は今、彼女のお城にいます。私を助けてくれた彼女、ルミリアの城に。
そこが、すごく大きかったのです。
絶対にうちの国の王城の十倍はあります。
「大丈夫ですか?」
そう声をかけて、紅茶を淹れてくださったのは、メイド服を着た少女です。
「はい。大丈夫です。ありがとうございます。アミレーナさん。」
「さんづけも敬語もいりませんよ。フィナイース様。」
「そういわれましても、精霊様にそれは」
「今更じゃありませんか。王にはくだけた口調でしょう?」
「それはそうですが…」
妖精の羽を小さく揺らしながら、アミレーナさんはいそいそと私の世話をしています。
この会話でお判りいただけたでしょう。
ルミリア、精霊王でした。
……なんで!?私なんかを迎えに来たのですか!?
と尋ねると、ルミリアは、「まあまあ、落ち着いたころに記憶返すから。」
と、とんでも発言をされましたわ。記憶ないのですか?私。
いえ、それより精霊王のほうです。
精霊王とは、この世界を作った神の二柱のうちの片割れ。
精霊界に住まい、人間界を見守る母たる存在。
眷属である精霊と共に世界を調停する者。
ますますわかりません。何故来たのです。
私はあの時、精霊たちの表情を見て、ヨモギ様より高位の精霊ということは
察しましたが、まさか頂点だとは流石に思っていませんでした。
悶々と考え続け、最終的に思考放棄いたしましたわ。
その時、部屋のドアがノックされました。
「フィナ、今いい?」
「どうぞ。ルミリア。」
私の返事を聞いて、ルミリアが部屋に入ってきます。相変わらず美しいですね。
シミ一つない白い、でも健康的な肌に、藤色の瞳、薄紫の長い髪。
そして完璧に配置された顔のパーツ。
もはや劣等感すらおぼえません。絶世の美少女です。
ルミリアは私の正面に座り、すかさずアミレーナさんが紅茶を出します。
「いつ見ても綺麗ですわね。ルミリア」
アミレーナさんにお礼を言って紅茶を口にしたルミリアに、本心からそういうと、
「フィナのほうが綺麗。」
「双方とも美しいと思いますよ。ところで王よ、何かお話があったのでは」
ルミリアは真顔で、アミレーナさんが苦笑混じりにそういいます。
アミレーナさんが苦笑混じりなのは、話が終わらなそうだと思ったからでしょう。
早々に切り上げにかかっていますわね。
「そうだった。フィナ、10年前の精霊祭の日、おぼえてる?」
「? いいえ。その日、私行方不明だったのですの。
そのせいで、精霊契約が出来なかったのですわ。」
私たちは6歳の精霊祭とき、精霊の泉に連れていかれます。そこで精霊と契約するのですが、
よりにもよってその日に行方不明になった私は、契約できなかったのです。
「そう。それ、違うの。」
「違う?」
頭上に疑問符がとびます。何が違うのでしょう?
「フィナ、泉に来たの。ただし、精霊界側の。フィナは人間界の泉に来る前に精霊界に来ちゃって人間界側の泉にいけなかったんだよ。」
……衝撃の事実、発覚しちゃったんですけど!?
「普通そこで元の世界に帰すんだけど、フィナの魔力は精霊に心地よくって、その場で契約
争奪戦がおこっちゃってさ。慌てて駆け付けたときには、驚いたフィナが泣いちゃってて。
あやしていたら懐いてくれて。かわいい!てなってさ。そのまま契約したの。」
もっとすごい事実が軽く飛び出てきました!
ちょっとそれはスルーできません!
「私ルミリアと契約していたんですか!?」
「ん。」
いや「ん。」じゃなくって。
「でもそこで気づいたの。精霊王と契約なんてしたら、フィナ、兵器にされるかもって。」
「兵器?」
「そう。訓練とかされて、戦場行き。私が戦争しないって言ったとしても、絶対にフィナが
死にそうだったら手を出しちゃう。そのあとフィナをさらっても、外国にはわかんない。
フィナを恐れて、戦争しなくなる。それだけで、国は得する。
でもそのままフィナを帰さない選択肢はなかった。お家に帰りたいって言ってたんだもの。だから、隠したの。全部。」
「戦争。確かにそうなりそうね。でも、どうやって隠したの?」
背筋が冷えたけど、続きを促します。私は知っていないと。
すると彼女は、私のペンダントを指し示します。
「その鍵、それが契約紋なの。それに付いた宝石が、フィナの記憶」
「...え、これ!?」
契約紋は通常、左手の甲に出ます。
それがないから私は契約していないと思われていたのです。鍵をまじまじと見つめても、おかしいところはありません。
そんな私を微笑ましげに見ていたルミリアは続けて言います。
「そう。準備が整ったの。記憶も返す。隠すのもやめる。」
ルミリアは私の手を取って、転移する。
そこは、大広間でしょうか。完全な人型、つまり上位精霊以上の精霊が9人
中心に水鏡。
「鍵、ココに入れて。」
ルミリアに言われ、水鏡に近寄る、が、どうしてもキョロキョロとしてしまいます。
ここまで凝った細工の大広間、どの国の王城でもみたことありません。
精霊王の城だから当然と言われると、そうなんですけど。
あ、茶髪の男性と目があってしまいました。
む、無表情で無言です。なにか失敗したでしょうか。
あら、薄緑の髪の女性が頭をはたいてます。そのまま手をこちらにひらひらと。
……あの男性、すごく痛そうです。大丈夫でしょうか。
ともあれ、鍵を水鏡にいれます。
すると、不思議なことに、水面全体がキラキラと光り始めます。
「綺麗」
思わず身を乗り出すと、急に強さを増した光に飲み込まれました。
(……不意打ちはずるいです!)
瞬間、脳に直接、たくさんの映像が流れてきました。
(不意打ちに不意打ちを重ねるなんて卑怯です……!)
頭がパンク寸前になった私は、そこで意識を手放しました。