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番外編:公子が一泡吹かされる話

 今日はオレの愛娘、パールの六歳の誕生日だ。



 子どもの成長は早いとはいえ、オレたちが家族で島を出てから、赤ん坊が幼女になるくらいの時間が経ったのか……。


 就職して魔族と戦ったり、異能に目覚めた娘にチャラ男だった過去がバレて軽蔑されかけたり、元上司に一矢報いたり、色んなことがあったぶん、感慨深いものがある。


「パパ~、かわいいドレスをありがとう!」


 レースとフリルをふんだんにあしらった白いドレス姿のパールは、スカートの裾を軽くつまんで淑女の礼を披露した。

 頭を下げた拍子に、サフィリアが綺麗に編みあげた白銀の髪の上、小さなベビーパールのティアラが上品な光を放つ。


 控えめに言ってもオレの娘は超絶可愛い。

 まるで天使か妖精、きっと将来はサフィリアに似た美女に育つこと間違いなしだ。


「うん、僕が贈ったティアラもよく似合ってるよ」

「えへへ、ありがとう」


 娘の成長に目尻を下げるのは、オレだけじゃない。

 なぜか公子まで、我が家で開いている家族だけのささやかな誕生日パーティーに参加していた。

 打ち合わせたわけじゃないのに、パールが欲しがってたドレスにぴったりの装飾品まで用意して。


 いつも当日にプレゼントは贈って来ていたが……どういう風の吹き回しだ?


「今年は招待状を貰ったんだよ。昔から面倒を見てきた可愛い弟子のお願いだからね、来ない訳にはいかないでしょ。別件でお祝いしたいこともあるしね♪」


 こいつ、また思考を読みやがったな……。もう慣れたからいちいち驚かねーけどさ。


 公子との付き合いはなんだかんだと続いている。

 最初の頃は警戒していたが、徐々に胡散臭いが悪い人間ではないとわかった。


 パールが幼くして異能に目覚めた際は、その力の強さ故に心が歪まないための適切な指導を引き受けた上で、父子関係が破綻しないようフォローもしてくれた。


 何より手段を選ばず優秀な人材を集めていた、真の理由を知ったことが大きい。

 公子の妹も、サフィリアと同じく一度死んで蘇った異能力者だったんだ。


 大切な人を二度と失いたくない、という思いはオレも同じだ。

 ただ妹の理解者を得るためだけに、希少な異能力者を探してサフィリアを見つけ出した公子の根性は目を瞠るものがある。

 それでサフィリアは救われたのだから、縁とは奇妙なものだ。


 そうそう、公子が十五歳になった折に頑なに隠し続けた本名を知ったが、あれはびっくりしたなぁ。

 公子の名前は────


「それにしても、今日のパールはとっても可愛いなぁ! まるで花嫁さんみたいだね!」

「いきなりなんて不吉なことを言いやがる!?」


 パールを育てて、いや娘を持つ親になって思うところがある。

 こんなに可愛い可愛いパールに、悪い虫が──遊びの関係を持ちかける輩が近づいてきたら? ……かつての所業をオレは本気で後悔した。


 もしも娘が弄ばれ、捨てられたら。

 オレは相手の男を全力でぶち殺すだろう。


「嫁なんて早過ぎる! パールはずっとパパの傍にいるんだ!」


「……なにを親バカの見本みたいなことを叫んでいるのよ」


 オレの魂の叫びに、呆れた声のツッコミが入る。

 振り返れば大きなケーキを抱えた子守メイド(幽霊)を引き連れて、サフィリアが入室してきたところだった。

 その手には白い花をセンスよくまとめた、綺麗だがパールには少々大人っぽいブーケをたずさえている。


「お誕生日おめでとうパール。これは頼まれていたブーケよ……。あら、可愛いらしいティアラをつけてる……良いものをもらったのね」


 ……そうだわ、とサフィリアがシルクのスカーフを取り出してティアラに合わせ、いつも身につけているネックレスをパールの首にかけてやる。


「これでよし。なんて可愛いらしいのかしら……」

「おおー……」

「うん、いいね」


 メイドがすかさず持ってきた姿見の前で、パールはくるりと回転した。


 即席とは思えないレースのヴェールがふわりと舞い、パールの潤んだ真紅の瞳のような、ルビーを連ねたネックレスが揺れる。

 軽やかに広がるスカートはまるで大輪の花だ。


「ありがとうママ。理想どおり……ううん、それ以上よ!」


 頬をピンクに染めながらブーケを受け取ったパールはこの上なく愛らしく、オレは言葉を失った。

 折角の娘の晴れ姿が涙でぼんやりかすむ……。

 サフィリアと再会した時に決壊した涙腺は、六年経っても直る見込みがない。


「あのね、アートくん。お願いがあるの……」


 号泣するオレの存在はすでに眼中にないらしく、パールはひとしきりもじもじしていたが、意を決して公子を見上げた。

 

「どうしたの、パール。まだほしい物があるのかな? 誕生日くらいなんでも買ってあげるよ」


 公子は意外とパールに甘い。あんなに嫌いな、本名をもじったあだ名で呼ぶのを許してるくらいだからな。


「アートくん。物心つく前から好きなの。パールと……わたしと結婚してください!!」






 他ならぬ娘によって投下された爆弾に、涙が引っこんだ。



 まあ、とサフィリアが驚きに口元を覆い、オレはというと、発言を理解するのにしばらく時間がかかってしまった。


 えっ……? 待って? パール? ……パパは絶対に認めないぞ!?


「ダメだダメだダメだ!! 嫁なんて早過ぎるってさっき言ったばかりだろ!?」

「パパ!! むすめの一世一代の告白のジャマをしないで!!」


 険しい視線に心が折れそうだが、こればっかりは譲れない。

 

「パールはまだ六歳だぞ!?」

「もう六歳よ! わたしはもう赤ちゃんじゃないってわからせないと。ぽっと出の女にアートくんを取られたくないから、今のうちにアピールしなきゃダメなの!」


 うぅっ、あんなにあどけなかったパールが、すっかり“女”の顔になってる……。すげぇ、ショックだ……。


「だ、だってこいつはシスコン拗らせてる男で」

「家族を大切に思ってなにが悪いの? 問題にもならないわ。愛する人の愛する妹、わたしはまるごと愛してみせる」

「……娘の愛が深い……」

「サフィリア、感心してないで止めてくれ!」


 なんとしても娘を説得しなければ!

 オレはパールの小さな肩を優しく掴んで引き寄せると、膝立ちになって目線を合わせた。


「いいか、パールと公子は十以上も歳が離れてるんだぞ?」

「……あなたとワタシの年の差はそれ以上じゃないの」


 サフィリアがボソッと呟く。

 それはそれこれはこれ、頼むから混ぜっ返さないでくれ……。


「こいつはこんな美少女みたいな見た目だけど、人タラシで女にもモテる。オレが知る限り、公子に本気で熱を上げてる女は何人もいる。そんな男とよしんば付き合えたとしても、苦労するだけだ!」

「────パパ」


 かつてのサフィリアと同じ色彩の、澄んだ瞳がオレを冷徹に見透かしてくる。

 パールに宿るオレの面影が雄弁に語りかけてきた。

 ────どの口がほざくか、このゲス野郎と。


「ガハッ!?」

「……吐血するほどのダメージ。ほぼ自滅だけど……」


 昔の自分をぶん殴りたい衝動に駆られるのは、何度目だろうか。

 愚かだった過去は、いつまでもオレに付きまとって離れてくれない……。

 


「……二人とも親子げんかの前に、彼の返事を聞かなくてもいいの……?」


 そうだった。

 

 公子は、どんな美女に言い寄られても冷たく切り捨てる奴である。

 それはそれで癪に障るが、パールもフラれれば諦めがつくはずだ。

 沈黙を守る公子に、全員の視線が集中する。


 あの復讐劇の最中さなかですら冷静沈着だった公子は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で硬直していた。


「‰¤€√ℵ∮(┴)*★☆¶✄@!?」

「いや、何語だよ」

「アートくん!?」


 突如訳の分からない言葉を叫んだと思ったら、泡を吹いて倒れる。

 こんなにぶっ壊れた公子を見るのは初めてかもしれない……。


 パールとメイドたちに介抱される公子。

 この様子では、当分目覚めそうにないな。

 

「公子は一体どうしたんだ? こいつの能力ならパールの幼い恋心なんてお見通しだったろうに」

「……パールの異能は『過去視の魔眼』。異能の中でも、魔眼同士は弾き合うらしいの。彼はパールの思考()を読めないし……パールも彼の過去は視えないのよ……」

 

 さらにこれはワタシの見解だけど、とサフィリアが続ける。


「彼はね、仲間内でも明確な線引きがあるの……。ワタシたちのような協力者とは、対等な関係だからズケズケものを言いあえるわ。でも彼にとって妹たち家族は、無償の愛を捧げる対象……。自分よりも上位に置いている。

 ……パールのことは赤ん坊の頃から、いえ、産まれる前から世話をしていたでしょう。同系統の能力が発現した時は甲斐甲斐しく支援して……多分、彼にとって、パールもかけがえのない家族の一員なのよ。大切に思ってるからこそ、どうしていいかわからずに思考がクラッシュしたのね……」


 マジかよ。でも、これで安心だ。

 公子がパールを女として見ることはないんだな?


「ほら、公子にとってパールは家族同然、永遠の恋愛対象外、歳の離れた妹程度にしか考えてないんだ。もう諦めろって!」


 公子につきっきりのパールが、オレを冷たく一瞥する。


「……パパはなにもわかってない。人の心は変わるものよ。それに家族枠とはいえ、アートくんにとってわたしは特別なのでしょう? なら結婚できる年齢になるまで、女として見てもらえるよう努力するだけよ」


 六歳児らしからぬ決意に満ちた口調で言い切ると、パールはメイドに運ばれる公子に付き添い、去っていった。

 オレは茫然自失で愛娘を見送り……がっくりと床に諸手を突く。


 完膚無きまでに、フラれた…………。


「サフィリア、オレを慰めてくれ!」

「……orzポーズからのスライディング……ある意味器用ね」


 すっかり定位置になったサフィリアの膝枕で、よしよしと頭を撫でてもらう。


 ……ショックを受けた時は、よく悲観的な考えが頭をもたげる。

 オレはまだ暗くて冷たい海の底にいて、復讐に狂う中、泡沫の夢を見ているのではないか。

 この生活がただの妄想ではないかと、不安でたまらなくなるんだ。

 

 サフィリアの温もりは、オレにとって精神安定剤だ……。


「娘の親離れが早過ぎる……」

「……ふふ。女の子は早熟だもの。それにパールの口ぶりからすると、結婚を視野に入れた長期スパンの計画だから、まだ自立するわけじゃないわよ……?」

「なんでサフィリアは認めてるんだ? そりゃ、たくさん返しきれないほど恩は受けてるけど、感謝してるけど、あの腹黒公子だぞ!?」


 母親と父親の違いだろうか。

 娘の一大事なのに、サフィリアは全然平気そうだ。


「……パールにとっては初恋なのよ。叶う叶わないに限らず、見守って、時には支えてあげるのが親の役目ではないかしら。

 彼は誠実な人よ……。幼女に手を出す外道ではないし、変な男に引っかかるよりはいいと思うの」 

「あんな失礼な態度取られて、恋愛対象外だって突きつけられたのにか。パールはなんで諦めないんだ?」


 いろいろ面白くない。

 ふてくされて膝にすがりつくオレに、サフィリアの木漏れ日のように暖かい眼差しが注がれる。


「……カイルーだって、フラれても諦めなかったじゃない。パールはあなたの娘なんだから仕方ないわ」


 そこを突かれたらなにも言えねー……。


「下手に妨害したら、結婚を反対されて駆け落ちしたお母様みたいに家出しかねないわよ……?」

「なんてこった、詰んでる!」

「……ごめんなさい。ワタシがうっかり死んじゃったから、あなたは愛する人に去られるのがトラウマになってしまったのね」


 ……でもね。


「娘はいつか嫁に行くものよ……。すこしずつ慣れていきましょう? 大丈夫、ワタシはずっとあなたの傍にいる。……死が二人を分かつことはないと言ったのは、カイルー、あなたじゃないの」

「──サフィリア!」


 またも溢れてきた涙を、サフィリアはオレの大好きな魔法の手で優しく拭ってくれた。

 そのまま、自身の腹部にそっと手を当てる。


「……見守らないといけない子も、増えるし?」


 それって、まさか!

 跳ね起きたオレに、サフィリアがはにかんだように微笑んだ。


「……パールに、弟か妹ができたの」


「サフィリア、ありがとう!」


 華奢な体を細心の注意を払って抱き締める。

 どん底にまで落ちていた気分は一転、天まで昇るようだ。


 サフィリアの香りと体温、鼓動を感じ、ここは海の底なんかじゃないと急激に実感した。


「大変だ、パールにも教えてやらないと!」


 うきうきと心が弾む。

 パールの初恋にはまだ思うところがあるが、親子げんかは胎教によくないから早く仲直りしたい。

 パーティーもやり直さないとな!




 サフィリアが生きていて、パールの存在を知った時こそが絶頂だと思っていたけど……幸せに上限はないんだなぁ。


 ────パールと公子の恋や、オレそっくりな男の子に振り回される日常は、そう遠くない未来の話。



    ~終~




(パールの告白に)公子が一泡吹かされ(てカイルーは血反吐を吐かされ)る話でした。


※本編で飄々としていた公子はこれからパールに振り回されます。ちなみに勝ち目はありません(´人`)

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