第70話 後始末~グランセルへの帰還
気が付いたのは戦闘が終わった後だった。
後頭部に何だか幸せな感触が……
目を開けると空はうっすら青みががり始めていた。
もう少しで夜明けか……うーむ、なんだろうこの状況は……
僕は今、ルーナさんに抱き抱えられるように背中を預け、後頭部が丁度、胸の辺りに当たっている。
ルーナさんは横たわるティガに凭れ、足を伸ばして半分座っているような状態で寝ている。
そして、僕達を挟むような形で寝ているフェリシアとアリシア、僕の両手はフェリシアとアリシアに握られていた。
何でこんな状況になっているのかは解らないけど、とりあえず起きようか……と、思ったんだけど、体が動かない……見事に指一本動かせないくらい全く体に力が入らない。ちょっと無理し過ぎたかな?
仕方ないからこのまま状況を確認しよう……ゴブリンは、たぶん倒しきったんだよな……エリーさんは何処だろう? サトス達も見える範囲には居ないな……無事なんだろうか?
僕が倒れたあと……フェリシア、アリシア、ティガが無事なんだからサトス達もきっと無事なはず……
「…ん、アステル目が覚めたんだ…ね」
僕がキョロキョロしているとルーナさんが目を覚ました。
「おはようルーナ。心配かけちゃったみたいでごめん」
「…ん、無事だったから良い…よ」
「エリーやサトス達が見当たらないけど無事なの?」
「…ん、今は警戒に当たってるか…ら、たぶんあっちに居る。みんな無事だ…よ。アステルは大丈…夫?」
「うん、大丈夫だよ。全然、体に力が入らないから指一本動かせないけどね」
「なら、もう少し寝ると良い…よ」
そう言うと、ルーナさんは僕を優しくギュッと抱きしめ頭をなで始めた。
僕はその言葉に甘えさせてもらい、もう一度眠りについた。
━━次に目を覚ました時にはすっかり日が昇り、辺りから賑やかな声が聞こえる。
目を開けると━━
「うわっ!」
━━目の前に眉間にシワを寄せて、眉毛をハの字にして睨むサトスとダナンの姿が目に飛び込んできた。
「びっくりさせないでよ。サトス、ダナン」
「「びっくりさせないでよ」じゃねえよ。人が心配して見に来てみればなんだ? その羨ま……じゃなくてだらけた状況は。ここは戦場だぞ? このエロテルめ!」
「ぐうっ! なんでいつもアステルたけが良い目をみれるんだ。このエロテルめ!」
そんな事を言われても体が動かなかったんだからしょうがないじゃないか……望んでこの状況になったわけじゃないし……まあ、嬉しい状況ではあるけど。
「ふふっ、サトス達も元気そうで良かったよ。途中で気を失っちゃったから皆が無事か心配だったんだ」
「まあ、あのあと直ぐに騎士団や金ランクの人達が来てくれたからな。まったくお前ぇは1人で無理し過ぎなんだよ」
「そうだ。俺達も居たんだから1人で突っ走る必要はなかっただろ?」
さっきとは違って真剣な表情で僕に話すサトスとダナン。
「ごめん、頭いっぱいいっぱいで冷静な判断が出来てなかった……サトス達が守ってくれたんだよね? ありがとう」
「「おうっ」」
「アステル、起きられ…る?」
話が終わると、ルーナさんが僕の頭をポンポンしながら声を掛けてきた。
「うん、もう大丈夫だよ。ありがとねルーナ」
まだダルさは残っているけど、なんとか起きられるようになった僕は体を起こし、立ち上がった。
それに続いて、ルーナさんとティガも立ち上がる。
「目を覚ましたんだねアステル」
「アンタ! 1人で突っ走ってんじゃないわよ!」
僕に気が付いたメインとカレンが声を掛けてきて━━
「イタタ、ごめん、謝るから離してカレン」
━━カレンに頬をつねられた。
「メインとカレンも守ってくれてありがとね。おかげで死なずにすんだよ」
「まったくじゃ。この馬鹿者!」
「あ痛っ!」
拳骨と共に声を掛けてきたのはエリーさんだった。
脳天に衝撃が走り、目玉が飛び出すかと思った……
「心配させてごめんエリー。傷を治してくれたのはエリー?」
「我が駆けつけた時には致命的な傷は殆ど治っておったがな、その生命の神珠とやらに感謝するのじゃな」
僕が気絶した後も生命の神珠は時間一杯効果が持続していたようで、致命傷は無かったらしい。
最終的に治療をしてくれたのはエリーさんだということだった。
「うん、ありがとうエリー。心配させてごめん」
「うむ、解れば良いのじゃ」
あれ? フェリシアとアリシアが……居た。何故か膝を抱えて座り込み、遠い目をしている。
「アステル……気が付いたのに私達の心配はしてくれないんだね」
「私達は戦闘の邪魔だったんだから、しょうがないよお姉ちゃん」
悲しそうに身を寄せあい消え入りそうな声で涙ぐんでいる2人。
「うわぁー! 違うんだ。あの時は切羽詰まってて……本当は邪魔だなんて思って無かったから、2人を守りたかっただけなんだ」
不味い……あのセリフでかなり傷つけちゃったみたいだ……
「本当に?」
「本当だよ。フェリシアもアリシアも大切な仲間なんだから」
「でも、足手まといだったんだよね?」
「いや……だから、その、それは言葉のあやで……」
「「ぷっ! あははははっ」」
「ダメだよお姉ちゃん、ここで笑っちゃ。あはははっ」
「アリシアだって笑ってるじゃない、でももう無理。あははははっ」
はい? なんで突然笑いだしたんだ?
「ごめんごめん、アステルが1人で無茶するからちょっと罰を与えようと思ってね」
「でも、あまりにも焦ってパニックになってるから可笑しくて可笑しくて」
やられた……一杯食わされたのか……
「あの時、本心で言ったんじゃないって解ってるから」
「でも、ちょっとだけ本当に傷付いたんだからね」
「うん、ごめん。もう嘘でも言わないよ」
咄嗟の事とはいえ、酷い事を言っちゃったからからかわれたのは仕方ない。むしろこれくらいで許してくれて良かった。
この後、皆で朝食を食べながらゴブリン戦の大まかな結果を教えてもらった。
今回の戦闘での死者は4219名、部位欠損等の重傷者は942名、他にも怪我人は居たけど回復魔法を使える人が総出で治療に当たったので今は皆元気になっているそうだ。
この2日間で倒したゴブリンは凡そ11万匹、諜報員の調べではもう残っているのは非戦闘員の雌ゴブリンと、子供のゴブリンだけだそうだ。
食事を終えた僕達。3班に分かれ僕達冒険者隊は残りのゴブリンを片付けに行く。騎士団の人達は、怪我人や死者達を連れてアタランテに戻る隊と、ゴブリンの死体を処理する隊に分かれる。
死者達はアタランテに連れて帰られ、身元を確認後、遺族に連絡。その後神殿でまとめて葬儀が行われる。
死者は遺族との別れが済んだ後。聖光で黄泉へと送られる。
聖光。神聖魔法の1つで、死者を大いなる流れに戻すと言われる魔法。死者はこの魔法を受けると小さな光の粒子に変化し大気に消える。消えた粒子は創造神の元に帰り、誕生神の加護によって新たな生を受けると信じられている。
僕達は残りのゴブリンの居る森に向かい、ゴブリンを始末する。非戦闘員である雌ゴブリンや子供ゴブリンを殺す事の罪悪感に押し潰されそうになる。だけど放っておくとまた増えて人間にとっての脅威になり得る。
自分達の生活を守るためとはいえ、戦えない者を殺すのは本当に必要な事なんだろうか? そうは思いながらも、やらなくてはいけない事なんだと、自分に言い聞かせながら僕達はゴブリンを殺した。
ただ、エリーさんだけは「戦意ある者は弱者であろうと手を抜かず相手をするが、無抵抗の者を無意味に殺す事は誇りにかけて出来ぬ」と、このゴブリン殲滅には参加しなかった。
仕方ないよね。これは人間族のエゴによる行動だ。竜族のエリーさんに強要する事は出来ない。
無抵抗に逃げ惑うゴブリンや、泣きながら頭を下げるゴブリン達を殺すことに、途中で耐えられなくなり鬱ぎ込む人や泣き出す人も多くいる。
約1万のゴブリンを殺し終えた頃には皆、目に光がなくなって、無表情になっていた。
僕はこの光景を一生忘れる事は無いだろう。
勝利の喜びと、罪悪感で複雑な気分のまま、僕達はアタランテに戻った━━
━━ アタランテに戻ると、僕達冒険者はギルドに向かう。
今回の討伐報酬を受け取ると、普通のゴブリン退治とは比べ物にならないほど多くの報酬を貰うことが出来た。
今回の戦闘での死者や重傷者の数、騎士団からのクエスト難易度の評価から破格の報酬になったそうだ。
休んでた分の稼ぎ以上に儲けた。あの非戦闘員ゴブリンの殲滅さえ無かったらもっと素直に喜べたのに……はあ……早いとこ気持ちを切り換えよ。
「アステル達はこれからどうするんだ?」
ギルドを出るとサトスが質問を投げ掛けてきた。
「僕達は、また王都に行くよ。まだエリーの用事が終わってないからね」
「王都か……俺達も一緒に行って良いか?」
「良いんじゃないかな? ねえ、エリー?」
「ふむ、我に聞かれても困るのじゃ。お主が判断すると良い」
「ルーナ、良い?」
「…ん、アステルに任せる…よ」
「じゃあ、皆で行こうか」
僕達は皆で王都に行った。流石にギルベルト邸に泊まる訳にもいかないので、商業区で宿を借りてエリーさんの学問ギルドでの転送魔法魔道具作成が終わるまで王都を満喫した。
フェリシアとアリシアは特に楽しそうにしていた。やはり、初めての王都は別世界のように輝いて見えるらしい。
王都に戻った翌日には、国に売却したアイテムの料金も頂き。それは全部ルーナさんに渡した。
4日後、転送魔道具が完成。設置は後日、学問ギルドと国家工房が協力して行われるそうだ。
そういえば、アイスヘル側の魔方陣ってどうするんだろ? まあ、その辺はちゃんと考えてるよね。
エリーさんはゲート開発の報酬として、一生遊んで暮らせる程のお金や上級貴族並の爵位と権力……ではなく、王都のあらゆる施設に自由に出入り出来る権利と、国家書庫の第一級禁書以外の書物の閲覧権を貰った。エリーさんと一緒なら僕とルーナさんも書庫の本を閲覧出来るらしい。
お金や権力……特に権力の方は面倒だからと断固として拒否していた。拒否されたあと、向こうも中々退かず、国賓扱いや学問ギルドの副長の地位等、色々提案されたが全部断り。結局、国王様の友人になるという事でエリーさんが折れた。
国王様の友人って、ある意味上級貴族に匹敵するよな……よほどエリーさんをこの国に囲っておきたいんだろうな。
王都での用事も終わり、お世話になった人達に挨拶を済ませ、サトス達はまたアタランテに戻り、僕達は母さん達へのお土産を沢山買い、グランセルへと帰った。
第70話の良い題名が思い浮かばなかった……たぶん、題名は変わると思います。
さて、なんとか一区切りついたので、小ネタその3を書いた後、次はルーナさんが主役に!
ルーナがアステルと出会うまでの話を書いていこうと思っています。




