第3話 クエスト
「お兄ちゃーん、ご飯よー」
パタパタとスリッパの音を響かせながら、小走りにアステルの部屋にやって来たアイリス。
「ごーはんだ、よ!」
アイリスは掛け布団を勢い良く剥ぎ取る。
「ーーーー!!」
アステルのベッドには何故かルーナが一緒に寝ており、それを見付けたアイリスが声にならない悲鳴を上げ━━
「ふあー、アイリスおはよう」
目を覚ましたアステルが眠そうに体を起こした。
「「おはよう」じゃないわよ! お兄ちゃんそこに座りなさい!」
「座ってるよ」
「お兄ちゃん、冒険仲間を大事にするのは良いことだと思うの。でもね、私より小さな子をベッドに連れ込むのはどうかと思うの、アレンの教育にも━━」
「━━アイリス、何を意味不明な事を言ってるのか解んないけど、ルーナさんは俺より年上だぞ? 今18歳、それと連れ込んだんじゃなくて、いつの間にか居たんだ」
「18歳!? 嘘っ!? こんなに小さいのに?」
「いやいや、お前失礼だぞ……確かに小柄だけど」
アイリスの身長は153cm、ルーナさんは143cm、顔も童顔でパッと見、ルーナさんの方が年下に見えてもおかしくないけど……
「よく考えてみろよ、冒険者に登録出来るのは16歳からだぞ? 俺の先輩なんだから年下って事はないだろ?」
「そ、そうよね……ほほほほ……ごめんなさい、ご飯出来てるから……じゃ」
年下だと思っていたルーナさんが年上だという事に驚き、一緒に寝ていた事はどこかに飛んでしまったのか、アイリスは苦笑いをしながらそそくさと部屋を出ていった。
「「ほほほほ」じゃねぇよ」
「んー、アステルおは…よ」
「おはようございますルーナさん、ご飯だそうですよ」
僕達はベッドを降りダイニングへと向かった。
「おはよう、ルーナちゃんよく眠れた?」
「…ん」
「アステルちょっと……」
ん? なんだ? 何か言いたげだな……
「仲が良いのは良いことだけど、アレンが居るんだからほどほどにね」
何を言ってるんだ? このおばさんは……まあ、気にしない気にしない。
朝食を済ませるとルーナさんが、収納魔法から袋を取り出し母さんに渡している。
「こ…れ」
「あら、なぁに?」
袋を開けてみると大量の貨幣が入っていた、だいたい10万ゼルぐらいは入っている様だ。(1ゼル=10円くらいで考えて下さい)
「宿泊…代」
「多すぎるわよ、それに気を使わなくて良いのよ、ルーナちゃんはアステルの命の恩人なのだから、これは受け取れないわ」
「それはそ…れ、これはこ…れ、私は沢山食べるか…ら」
母さんは返そうとしたけど、ルーナさんは首を横に振り袋を押し付けた。
「うーん、どうしても?」
「…ん」
「仕方ないわね、じゃあ有り難く頂きます。でも一つ条件があります。これからもこの家に帰って来ること、私達を本当の家族だと思うこと、あら二つ言っちゃったわね、ふふっ」
母さんにも昨日の僕達の会話が聞こえてたんだろうな、家族を失う辛さは僕達にもよく解る。ルーナさん見てたら放っておけないよね。
「じゃあ行ってきます」
「行ってきま…す」
「ちょっと待って、はいこれ、お弁当。気を付けて行くのよ」
「ありがとう母さん、今日はルーナさんも一緒だから大丈夫だよ」
「ルーナちゃんアステルの事宜しくね」
「…ん、任せ…る」
僕達は母さん達に見送られ家を出た。
ギルドに到着するとルーナさんは掲示板を素通りし、受付カウンターに向かった。
あれ? 掲示板は見ないのかな?
「仕事あ…る?」
「おはようございますルーナさん、アステルさんもご一緒ですか?」
「…ん」
どうやらルーナさんは、掲示板から依頼書を取るのではなく、カウンターで直接クエストを受けるらしい。
「じゃあ、1階層のマッピングをお願いして良いかしら? 本当は白銀ランクの方にお願いする様な仕事ではないのだけれど、アステルさんもご一緒なら安全な方が良いと思うし」
ダンジョンマッピングの依頼、冒険者にはよくある仕事だ。ダンジョンは広く、現在解っているだけで1階層だけでも半径数十km程の範囲がマッピングされている、それでもまだ全体像は掴めていない、未知の区域を調べるのは重要な事なのだが、労力の割りに報酬は少なめなので、あまりやりたがる冒険者は居ないのだ。
「…ん、じゃあ、それや…る」
それに付属して1階層で採取出来る鉱石や植物等の収集も頼まれていた。
ダンジョンに入り数時間、途中「修…行」と言われ、モンスターの群れに放り込まれながら、現在マッピングされている最終地点まで進んだ。
「ここか…ら記録す…る」
升目の入った用紙とペンを取り出し探索を進めていると、ある木を見つけた。
「ルーナさん、スリンゴの木があります。ちょっとスリンゴ取ってきて良いですか?」
「…ん、良い…よ」
スリンゴは赤い皮をした拳大の果実で、強い酸味と旨味があり、調味料としてよく使用される
これ結構重宝するんだよね……ん? 何だろう無数の羽音が聞こえる……
あっ! 不味い、いつの間にかビッグビーに囲まれてるぞ
ビックビー、全長30cm程の大きな蜂、死ぬほど強い毒は持っていないが、刺されると酷く腫れ上がり激痛が走る。
「どどど、どうしましょう? ルーナさん、囲まれました」
「…ん、修…行」
やっぱりそうなるのかぁ……そうだよな修行だよな、僕はもっと強くならなきゃいけないしな、頑張るしかないな。
「うわーうわー! やめて来ないで! きゃー!」
「…ん、頑張っ…て」
必死に戦う僕に一言言い残して、ルーナさんはマッピング作業に戻った。
数十分後、約3割程のビッグビーを倒すと、ビッグビーは何処かへ飛び去って行った。
「はあぁ……やったぁ何とか撃退しましたよ」
「…ん、頑張った…ね」
「ありがとうございます。群れが居たって事は近くに巣がありますね。確か採取依頼があったはず……」
あったあったハニーシュガーの採取依頼。
スリンゴの木の周りを探索していると直径3m程の巣を発見。
「これこれ、甘くて美味しいんですよね」
「美味し…い?」
「食べたこと無いんですか? ちょっと舐めてみます?」
ハニーシュガーの着いた手を差し出すと、指ですくって舐めるのかと思いきや、ルーナさんは大きく口を開け僕の手ごと、口の中に……
あ、ちょっと気持ち良いかも……って違う違うダメだぞぉ、僕にそんな趣味はないぞぉ……
「美味し…い」
「気に入ったなら余分に採取しておきますね」
「…ん、お願…い」
ふぅ、何とか平常心を保てた……
ハニーシュガーとスリンゴを採取し、僕達はマッピング作業を再開させ、ビッグビーの居た区域を抜け迷路の様な間道を進んでいると、草も木も生えていない広い部屋にたどり着く、部屋には沢山のジェリーがうねうねと屯っていた。
ジェリー。スライム族の最弱種で体長1mほどの毒々しい深緑色の液状型で、動きは遅く、獲物を痺れさせ溶かして食べるモンスター
「沢山居ますね……これもやっばり?」
「…ん、修…行」
ですよねー……もう投げ込まれるのは勘弁……うっしゃあ! 食らえ、僕の愛剣風切り!
あれ? 切っても切っても再生するぞ? ひょっとしたら物理攻撃が効かないんじゃ?
「ルーナさーん! 切っても倒せないんですけどー!」
「こ…こ」
僕が尋ねると、ルーナさんが短剣で無造作にジェリーを刺す。すると、ジェリーは15cm程の丸いプルプルした物体を残し、溶けて地面に染み込んでいった。
「ええ! 何で?」
「よく見…る、こ…こ」
もう一匹のジェリーも同じ様に丸い物体を残し地面に染み込んでいった。
僕はルーナさんに言われた通りジェリーを観察する事にした。
あれ? 食材鑑定スキルに何か反応してるぞ? 何だろう? ジェリーの中で不規則に動いてる物が……
「これか?」
僕がジェリーの中にあった動いてる物に風切りを突き立てると、ジェリーは丸い物体を残し消え去った。
やった当たりだ、弱点が解ればあとは簡単、動きの遅いジェリーは最早只の的だ。麻痺攻撃に気を付けながら慎重に倒していく。
「よし、これで最後だ」
「お疲…れ」
「ありがとうございます、ルーナさんこの丸いの食べれるみたいですよ、ちょっと料理してみますね」
「…ん」
とりあえず軽く下茹でしてと、プルプルしてた核がゆで卵みたいに固まったぞ。ちょっと味見……おおっ悪くない。
ぷにぷにと、何とも気持ちの良い食感で海草の出汁の様な旨味が口に広がる。
「おお、これは中々良い感じだ……ルーナさんも食べます?」
「…ん」
「はい、あーん」
「…ん、美味し…い」
ルーナさんも気に入ったみたいだ、なんとなく嬉しそうに見える。さてこれをどう料理するかだな……
先ずは茹でジェリーを一口大に短冊切りにしワサビ醤油を用意する。一品目ジェリーの刺身
次に厚さ5mm程に桂剥きし縦長に細切りし、さっき手に入れたスリンゴの果汁とハニーシュガーを混ぜ合わせ細切りジェリーに絡め、二品目ジェリーの心太
もう一度細切りを作り、温かい醤油汁に入れ干し肉を茹でた物と持ってきていた野菜を乗せ、三品目ジェリーラーメンの完成だ。
んー、ぷにぷに食感とツルツルした喉越しが何とも心地良い、ルーナさんも気に入ってくれたみたいだし作って良かった。
癒されるなぁ、一心不乱にご飯を食べるルーナさん。これが見れるなら厳しい修行も全然苦にならないな、料理作れて良かった。
「ごちそうさ…ま」
「お粗末様でした」
「じゃあ、そろそろ帰る…よ」
「えっ? もう良いんですか?」
「…ん、遅くなる…と、皆心配す…る」
「はい」
僕達はマッピングを切り上げギルドに帰還した。
ギルドに戻り採取品を納品、マッピングは後日に完了させる旨を伝えた後━━
「ギルドカードを更新したいんですけど良いですか?」
「私もや…る」
「はい、ではこちらへどうぞ」
測定室に通されて計測開始、結果は━━
筋力119
瞬発力123
魔力187
生命力168
スキル
賢者の卵、調理師A、食材鑑定A、剣術D、回復魔法D、収納魔法D、回避術D
「おお、少し上がってる。スキルも1つ増えた」
「ええ!? 本当ですか? この短期間でスキルが増えるなんて凄いですよ。どんな鍛え方してるんですか?」
「どんな」って、そりゃあもう命懸けですよ……ルーナさんスパルタですから……
「ルーナさんのお陰ですね」
「…ん、アステル…が頑張ったか…ら」
「次はルーナさんの番ですね」
「ルーナさん更新するの久しぶりですよね」
「そうなんですか?」
「…ん」
ルーナさんも測定を済ませ、ギルドカードを見せてくれた
筋力1500
瞬発力1500
魔力1500
生命力1500
スキル
スキルドレイン、金剛力、金剛体、剛拳、剛脚、俊足、斧術S、短剣術S、体術S、観察眼S、自然治癒S、毒耐性A、麻痺耐性S、病耐性S、菌耐性S 、収納魔法A 、ー、ー、ー、ー、ー
「なんじゃこりゃあーー!! ステータスが全部1500? 僕の10倍……スキルも滅茶苦茶多いし、AとSばかり……凄すぎる」
「あ、その1500は正確な数値じゃないですよ。測定上限が1500だから実際はそれより上です」
「ーーーー!!?」
職員さんの説明を聞いて、僕は驚きのあまり、声にならない叫びを上げた。
「相変わらず凄い数値ですね……これでも以前より測定器の性能上がってるんですけどね」
「あの……ルーナさん以外にも上限越える人って居るんですか?」
「居ますよ。金剛鉄や神鉄ランクの冒険者さんには、よくある事です。全ステータス振り切るのはルーナさん位ですけどね」
「……と、ところでこのスキルのところの「ー」は何ですか?」
「それはまだ解析されていないスキルです。もっと測定器の性能が上がって解析出来るようになれば表示されるかと……」
解析不能がこんなに沢山……この人は本当に人間なんだろうか? ……まあ、ルーナさんだから有りだな、うん気にしない気にしない。
「さて、家に帰りましょうか」
「…ん」
━━家に帰り、今日の報酬の僕の分を母さんに渡した。ルーナさんも渡そうとしたが今朝貰ったからと、母さんは頑なに受け取らなかった。
ダンジョンから持ち帰った食材を調理して皆に食べさせると、皆美味しそうに食べてくれた。
明日店長にも持って行ってあげよう。