〔絶望…〕
第16話〔絶望…〕
「ミウ!ミウはおらぬか?」
僕がイブレドと『サタン』を飲みながら、話をしている頃、城では国王の側近が、ミウを探していた。
すると、ミウが廊下の端から、「パタパタ」と早歩きをしながらシクサードの前まで来ると、方膝をつき、
「何か、ご用でしょうか?シクサード様。」
「ミウよ、お前は家族が来るまで、部屋で休んでよいと、国王様に言われたのではないか?」
「はい、確かにおっしゃいました。でも、体を動かしてる方が、気が紛れてよいもので…すいません……」
「そうか…、謝らんでもいい。『タロン』のことだろ?
惜しい若者を亡くした。残念だよ。
「………………」
ミウは下をむいたまま、涙をこらえていた。
「ミウ、国王様がお呼びだ、すぐに行きなさい。どうやら、家族が城に着いたらしい。
家族に会うのは、久しぶりなんだろ?今日はゆっくり水入らずを楽しみなさい。」
「家族が到着した」その言葉を聞いたミウの顔は、一気に晴れやかになった。
「はい!ありがとうございます!シクサード様」
ミウは、走り出したい衝動を抑えつつ、スカートの裾をちょんとつまみ、パタパタと早歩きで、国王の部屋に向かった。
「コンコン…」
「国王様、ミウでございます。」
「おお、来たか。入りなさい。」
「カチャ…」
「失礼いたします。」
「ミウよ、家族が到着したぞ。みんな元気だそうじゃ。早速会いに行くがよい。」
「はい、ありがとうございます。国王様。」
ミウは、方膝をついたまま、国王に頭を下げた。
そんなミウを、国王はまるで『愛玩具』を見るような目で見下ろしていた。
そして側近のシクサードに、家族の所へ案内するよう命じた。
「シクサード!おるか?」
「カチャ…」
「はい!国王様!ここに。」
扉が開くと同時に、シクサードが部屋に入ってきた。
「ミウを家族の所へ案内してやれ。」
「は!かしこまりました!」
シクサードは国王に一礼し、再び部屋の外へ出た。
そしてミウは、それを追うかのように立ち上り、国王に頭をさげ、部屋から出ようとした。その時、
「ミウよ、わしもあとから行くからの、家族にも挨拶をせねばな。」
「そ、そんな!国王様にお手間を取らすわけには…」
「いやいや、国民はみんな国の為に必要な人達じゃ。お礼を言わねばな。」
「そんな…勿体ない御言葉…父や母も喜びます。」
ミウは改めて、深々と頭を下げた。
国王はミウが部屋を出て行くと、舌舐めずりをしながら、
「さて、あの可愛らしい顔が、どんな表情に変わるのか、楽しみじゃわい。ふふふ…」
と、笑みを浮かべながら部屋を出た。
ミウが、シクサードの後に付いて歩いて行くと、まだミウが1度も入った事のない扉の前で止まった。
そこは国王専用の離れに続く渡り廊下の扉だった。
ミウも噂には聞いたことがある。
城には国王専用の離れがあり、国王が重要な会議に使ったり、
精神統一に使うとか、いろいろな噂があったが、城の中でも限られた一部の人しか入れないという、厳重な警備もされていた。
もちろん、城で働くお手伝い達の間で、入った者が居るという話は聞いたことがない。
シクサードは馴れた手つきでカギを開け、ミウについて来るよう指示をすると、扉の奥に入っていった。
ミウもすぐにシクサードを追いかけるように入って行くと、渡り廊下の手前に2人の衛兵が直立不動で立っていた。
その2人の間を、目も合わさず通るシクサードに対して、ペコペコと頭を下げながらミウは通った。
渡り廊下は鉄で出来ており、小さな窓が少しあるだけで、あまり外は見えず薄暗かった。
しかも少し下り坂になっており、気を抜くと前につんのめりそうになるほどだ。
ミウは歩きながら「あれっ?」っと思った。
外から見える渡り廊下より、はるかに長く歩いているような気がしたからだ。
途中、何度も180度回転しながら、廊下は続いていた。
廊下の所々に扉のような物があったが、シクサードは見向きもせずに、前に進んだ。
そして、そのまましばらく歩き、一番奥の突き当たりの部屋の前で足を止めた。
「ここだ、ミウ。家族が待っている、入るがよい。」
そこは大きな鉄の扉の付いた部屋だった。
ミウはその鉄の扉に違和感をおぼえ、
「あの…シクサード様?この部屋は…?」
「この部屋は、国王様専用の部屋の1つだ。この部屋に入れるのは、国王に選ばれた特別な人だけなんだ。
お前家族は、国王様に選ばれたんだよ。誇りに思いな。」
「は…はい…」
ミウは、素直に喜べなかった、なんだか胸騒ぎがしたからだ。
「ガチャン!」
今までで、1番大きな鍵の開く音がしたかと思うと、
「ギギギ……ギギー……」
鉄の擦れるような音と共に扉が開いた。
ミウが部屋の中を覗き込むと、廊下と同じくらい薄暗く、部屋の隅までよく見えない、
ただなんとなく人のいる気配はするし、時折「ジャラ…ジャラ…」と鎖のような音が聞こえた。
ミウは「こんな部屋にお父さんとお母さんが?」
と思ったが、国王の事を完全に信じていたので、
「お父さん…?お母さん…?」
と、部屋の隅でうごめいていた影に向かって声をかけた。
その瞬間!部屋の電気がつき、中の様子が明るく照らされた。
暗闇に目が慣れていたミウは、突然の光が眩しすぎて逆に何も見えなかった。
「ミオルン…?」
部屋が明るくなったと同時に、聞き覚えのある男の声が、ミウの名前を言った。
「お、お父さん?」
「ミオルン……」
「お姉ちゃん!」
「お姉ちゃん…」
「お母さん!ラク!スン!!」
明るさに目が馴れたミウの目に写ったのは、衝撃の光景だった。
手足を鎖に繋がれ、部屋の隅に体を寄せ合い座っている、父母弟妹の姿だった。
ミウはすぐにシクサードを見て、
「シクサード様!これは一体どう……」
「ドンッ!!」
「キャッ!…」
シクサードはミウの言葉が終わる前に、ミウの体を突き飛ばした。
ミウはよろけながら、家族の所に倒れ込んだ。
そして、弟妹の肩を抱きながら、シクサードを鬼のような目で、睨み付けた。
その時、部屋のどこからか、手の叩くような音が響いた。
「パンパンパンパン…」
すると部屋がより明るくなり、隅々まで見渡せるようになった。
ミウが部屋を見渡すと、他にも鎖をつけられた人が何人も床に座っていた。
その中には、ミウのよく知ってる人物もいた。
同じように、城で『お手伝い』として働いていた
「ナカリー」だ。
その顔には、殴られた跡があり、服も汚れていた。
ナカリーは、ミウと同い年で、ちょうど同じぐらいに城で働き始めた。
そして、お互い励まし合いながら働いていた仲の良い友達だった。
「ナカリー!?なんであなたもここに?」
「わからないの…いきなりこの部屋に連れて来られて………」
ナカリーは下を向き、涙を流した。
かなり衰弱しているようだった。
ミウは、再びシクサードを睨み付けた。その時!
「アハハハハハハ!」
シクサードが立っている別の場所から、大きな笑い声が聞こえてきた。
「いいぞ、ミウ!もっと睨め、怒れ、そして絶望しろ!アハハハハハ!」
ミウを筆頭に、そこにいた全員が一斉に、声のする方向に向いた。
「国王様!!!」
ミウは自分の目が信じられなかった。
城に来てからというもの、父親のように優しくしてもらったミウにとっては、まったく受け入れられない事実であった。
しかし、そこに立っていた国王に、いつものような優しい笑顔はなく、まるで悪魔が微笑むような恐ろしい顔で立っていた。
「国王様!!なぜこのような事を!?」
すると国王は、悪魔のような顔のまま、
「なぜだと? 国の為に決まっておろうが。
国を大きくするには金が要る、この国に有るものを売って金に変えるのは当然のことじゃろう?
この国に有るものは全てわしの物だ!もちろん、お前達もな、自分の物を売り飛ばして何が悪い?
お前達は全員、奴隷として他国に売り飛ばすんじゃよ!
いつもお前達は言っとるじゃろうが?「この国の役に立ちたい」と、今がその役に立つときなんじゃよ!
獣族はの、成長も早いし体も丈夫じゃ、奴隷としてはうってつけなんじゃ。ハハハハハ!」
すると、ミウの父親が国王に近づき土下座をした。
「国王様!私は奴隷でもなんでもなります!だからどうか、ミウと子供達だけは!」
父親は、何度も何度も床に頭を擦り付け、国王に懇願をした。
すると国王は、つかつかとミウの父親に近づき、
「ガン!」
頭を踏みつけながら、
「お前は、勘違いしてるようじゃの、お前みたいな年寄りは、奴隷としてはなんの価値も無い!
それをせめて旅の間だけでも、家族と一緒にさせてやろうという、わしの優しさじゃ。ありがたく思え!
向こうで一緒になれるかどうかわからんからの。」
「…く、く…く……」
父親は、頭を踏まれたまま、悔し涙を流した。
「お父さん…」
ミウが父親を見ながら涙していると、
「国王様!お願いがございます!」
声をあげたのは「ナカリー」だった。
「国王様!母は病気で、私が居なくては死んでしまいます。私は奴隷でもなんでもかまいません!何でも致しますから、どうか母の面倒を、どなたかにみては頂けませんでしょうか?」
ナカリーは母親が病気の為、城の仕事が終わると、家に帰っては母親の世話をしていたのだ。
すると国王は再び「ニヤリ」と笑みを浮かべ、
「おう、そうじゃったの。母親の病気が心配か?それはそうじゃろうな。お前はミウと同じくらい優しい心の持ち主じゃからの。
ナカリーよ今、お前は「何でもする」と言ったな?」
そう言うと、国王はシクサードの所に行き、シクサードの腰に付いていた「ムチ」を手に取り、ナカリーの前に放り投げた。
「ナカリー、そのムチでミウを打て。」
「え!?」
ナカリーは思いもよらない言葉に思わず後ずさりをした。
父親の側に行き、泣き崩れる父を慰めていたミウも、ピタリと動きが止まった。
「どうした?何でもするんじゃなかったのか?」
「で、出来ません!ミウを…友達を打つなんて…」
ナカリーは、ミウを見ながら叫んだ。
「ほう、出来んのか、お前は、もう2日もこの部屋におる。母親も苦しんでいるんじゃないかの~。」
「あ…ああ……あ…」
ナカリーは声にならない声をあげながら、「母親を助けたい気持ち」と「ミウとの友情」の板挟みに苦しんでいた。
その姿を見たミウは、静かに立ち上り、
「ナカリー…いいよ、一緒にお母さんを助けよ…」
そう言うと、ナカリーに背中を向け、歯をくいしばった。
「ミウ……」
そのやり取りを見ていた国王は、
「アハハハハ!美しい友情じゃないか。さあ!ナカリー、打て!!」
ナカリーは、ゆっくりと床に落ちていた『ムチ』を拾い上げた。
ミウは振り向き、ナカリーの目を見ながら、大きく頷いた。
ナカリーはムチを手にしたものの、体が震えて立っているのが精一杯だった。
しかも、城で仕事をしてるとはいえ、まだ年端もしかない少女だ、ムチなど使った事などあるはずが無い。
ナカリーは、やっとの思いでムチを持った右手を振り上げた。そして…
「ぺち…」
ムチはミウを打つどころか、力なく足元の床を叩いた。
それを見た国王は、すぐナカリーの後ろに立ち、ナカリーの手に自分の手を添えて、
「違う違う、こうやるんじゃ。」
国王はナカリーにムチを握らせたまま、自分の手ごと降り下ろした。
「バシィ!!」
「あっ゛!!」
今度はカン高い音と共に、ミウの背中に当たった。
「そうそう、その調子だ。」
「ビシッ!」「バシッ!!」
「ぐっ…!」「くっ!!」
いつの間にか、国王はナカリーの手を離していた。しかしナカリーは、泣きながらミウを打っていた。
「ごめん…ごめんね…ミウ…
「ピシィ!」「ビシィ!!」
「ぐっ…!」「いっ…!!」
ムチが当たる度、ミウの着ていた服が破れ、白い肌があらわになっていった。
しかし、ミウは痛みに耐えながら、叫び声一つあげなかった。
すると国王が、
「どうしたミウ?痛かったら叫んでもいいんだぞ、泣いてもいいんだぞ。ほら、「許して下さい」と言え!」
しかし、ミウはいくら打たれようとも、叫び声をあげなかった。
すると突然!
「ドガッ!!」
「キャッ…!」
国王がナカリーを足蹴りにし、ナカリーはミウの足元のまで転がった。
「ええい!もうよい!!お前みたいな自分の事しか考えておらん女は虫唾が走る、奴隷として売る価値もないわ!
兵達の愛玩具に一生なってろ!!」
「そ…、そんな…母は…母は…?」
「知るか!すぐに他国の連中が来る。そいつらに頼んでみろ!その体を使ってな。2万人を相手に出来ればの話じゃがな。ハハハハハ」
「あ、あ…あ……」
「ひ、酷い…」
ミウはナカリーを抱き締めながら、国王を睨んだ。そして思わず、
「あなたの思い通りにはいかない!!きっと「タロン」が……」
ミウは、自分の言った言葉で「ハッ」と思い出し、言葉が詰まった。
そう「タロン」は、昨日死んだと聞かされたばかりなのだ。
すると国王は、「タロン」じゃと?あんな小僧に何が出来る?それにあやつが来る頃には、城はもぬけの殻じゃわ!ハハハハ!!
そうじゃ、良いことを教えてやる。この遠征には「チェスハ」も一緒に連れて行く、お前も友達が多い方がいいじゃろう。
せいぜい、旅の途中わしらの相手をしてもらうぞ、今から楽しみじゃ。アハハハハハ!!」
国王はそう言いながら部屋を出て行った。
部屋はまた薄暗くなり、そこに居た全員が絶望の淵に居たが、ミウだけは違った。
ミウは聞き逃さなかったのだ、興奮した国王がうっかり喋ってしまった事を。
「さっき、国王は「あやつが来る頃…」と確かに言った。「タロン」は死んでない。きっと、きっと来てくれる…」
絶望のドン底に突き落とされたミウが、微かな希望の光を見つけた瞬間であった。




