呪い
二つの自動人形を前に、刀を構えるヴィーナ。
その様は、その道に精通している者に言わせればただ見様見真似の素人のものであるが、それでも彼女の凛々しい姿と相俟って、とても力強く映えた。
隙だらけだ、と自動人形はヴィーナの構えを判定する。
自動人形は、人類の英知の結晶。ありとあらゆる情報を、詰め込んだ一種の魔道具だ。
当然、剣の道の事も全て理解している。
勿論、そのことを理解しているだけで修めているわけではない。
ただ、それでも相手の技量を測る程度のことはできる。
その、自動人形の有する情報を元に出した結論は、それだ。
目の前の少女の構えは、全くの素人。ただ単に見目だけをなぞったお粗末なものだ。
ピピピピピと何度もエラーを出しつつも子供型の自動人形は、その全身から兵器を一気に押し出した。
まるで全身の骨組みそのものが銃火器かのように剥き出しに顕現し、その銃先の全てがヴィーナの方を向いた。
口に大砲、両腕に大量のマスケット銃の銃身、背中に幾つもの刃が集まって出来た翼、その他にも色々と銃身が顔を出していた。
「抹殺」
これなら殺せる。その判断は、概ね正しい。
騎士でもない彼女の剣の技量ではまず、この全身の銃砲から放たれる弾丸の全てをいなして弾くことは不可能。回避することも難しいだろう。
つまり通常ならば、その一斉投射が起きた時点で勝負は決する。
だが、それはあくまでも剣としての技量ならの話だ。
ヴィーナは剣については自動人形の認識が正しく、完全な素人だ。ただ、何となく惹かれたから武器に刀を選んだ。
それだけに過ぎない。
しかし、ヴィーナはそれ以前に、そもそもの本職が魔法使いである。
魔法使いとしての彼女相手に、その程度の攻撃では大海に石を放るようなもの。全くもって無意味だろう。
(しっくりくるけれど何かが違うわね)
まるで使い方が違う。
目の前の銃身を纏った子供型の自動人形の姿を遠目に眺め、刀を手繰りながらもヴィーナは思う。
こうして構えているけど、それは本当の使い方ではないような気がする。
確信を持っているわけではないけれど、大きな違和感として自分の中に乗っかってくる。
(何が違うのかしら。いいえ、今は目の前の敵の殲滅に集中しましょう)
気を引き締めて、ヴィーナは刀の柄を握り締める。
そして、ふわりと風に揺らぎ、その姿は別の地点に忽然と運ばれた。
速い。あるいは疾い。
目に終える速度ではない。世界そのものが錯覚し、まるで元からそこにいたかのような、そんな風だった。
刹那にも等しいその時間にヴィーナは子供の自動人形の眼前まで迫り、ただ思い切り力のままに上段から振り下ろした。
ズガンと一刀両断。子供型の自動人形が何かをやるよりも前に頭の先から股下まで、刃が通った。
「がギ」
一瞬の決着。実力差を考えれば当然といっていいが、それでもあまりにも呆気ない決着だった。
ヴィーナは子供型の自動人形を倒した後、直ぐにもう片方の自動人形へと視線を移した。
(後一体ね)
でも、その一瞬の静止が。
彼女にとっての致命傷ともなりえる大きな隙だった。
そのことに気が付いたのは、その直後だった。
『ここ』
それは幻聴か、それとも実際に聴こえたものなのかは分からない。ただ、その声を聴いた瞬間、
「!!」
ヴィーナは反射的に身を引いていた。だが、遅かった。
切断された子供型の自動人形の断面から飛び出した無数の刃がヴィーナの腕を掠める。
(っ、これは!)
彼女はその魔法が何かを知っていた。いや、ヴィーナだけではない。その刃が放たれた瞬間、レーナもユアもエリアもシルフも、その四人が同時に顔を上げた。
「……そんな馬鹿な」
思わずヴィーナは零した。
ぽたぽたと流れる血。結構痛むが、今は驚きのせいでそのことが脳内から消えていた。
「"八つの呪い"……、何故"ハクレイ"の魔法がこのようなところで」
八つの呪い。それは魔法使いならば誰もが一度は耳にしたことのある史上最悪の魔法。
(どういうこと? まさか彼女が反乱軍に加担しているとでもいうの?)
ヴィーナは傷口を抑えながら少し距離を取った。
最悪だ。"八つの呪い"による攻撃で傷を負ってしまった。
それが意味するものが何かを、彼女は知っていた。
「ピピピピピ……、呪いの枷を負荷することに成功」
切り裂かれた子供型の自動人形からその機械音声だけが響く。
「……成程。やられたわ」
じわりと彼女の傷口に、薄紫色の煙がまとわりつくように揺れる。
これは呪い。
(っ、体が重くなってきた)
能力を制限する、呪いの枷。
(だけど、舐められたものね。この私にこの程度の呪いが効くと思っているのかしら)
彼女は自身の傷口に触れて、解呪の為の魔法を展開する。が、直ぐに砕けた。
(流石に複雑な呪い。これは解呪するには少しだけ時間がかかりそうだわ)
現存する中でも最も性質の悪い呪い。
ありとあらゆる魔法を即座に展開し、操ることのできるヴィーナですらもこの魔法を瞬時に解除することはできない。
(ただ、私には効かないことは分かりきっているはず。それなのにこんな魔法を使ってくるということは、目的は足止めというところかしら)
解呪の魔法を発動し、砕けてはまた次の魔法を展開する。
そう呪いの解呪を試みながらも彼女は子供の自動人形を踏み越えて、残った自動人形の処理へと向かう。