ダンジョンコア 魔宮 日向 lv.1⑥
「……しにたい」
ナズナに最後の命令をし、その上で協力関係を申し出た。
予想通りその申し出は受け入れられ、改めてダンジョンマスターとそのサポーターとしての関係を築いたのはもう数分前。
俺はベッドの上で悶え苦しんでいた。
「──日向様だぜッ」
「ぷきゅぅ」
キメ顔で人様の名前を名乗っているのはナズナ。彼女はスライムを抱きあげて、俺の黒歴史を抉っていた。
かっこつけるんじゃなかった……女の子に『えっちなことしてもいいよ』なんて言われたの初めてだし、いくら自分を奮い立たせるためとはいえ、かっこつけるんじゃなかった……。
「──日向様だぜッ」
「魔宮 日向だぜって言ったんだよ、なんだよ日向“様”って」
「かっこよかったよーっ?」
うぜえ。
あとめっちゃ恥ずかしくて顔があつ……あつー……くはないな。羞恥を覚えても顔を熱くする血液はすでに停止している。
脳みそにも血は巡ってないと思うんだが、どうやって生きてるんだ俺は。あれか。魔力か。なんでも困ったら『魔力です』って答えればいいと思ってるのか。
「『オープン』からの『その他』! 機械音声さん、俺って何で生きてんの!?」
『……俺は俺自身に命令されたから──』
「そうじゃねええええええ」
なんで機械音声さんも俺の黒歴史を知ってんだよッ!? 覗きか! 変態か!?
貴様、人の思考も見ているなッ!?
『急に呼び出して変な質問をしないでください。これからは私に話しかけるときは公衆電話のように10ptで1分の制限時間を設けさせてもらいます』
「待って!!!!」
たまったもんじゃねえ! この世界色々と厳しすぎる!
「──俺って心臓がないから脳に血が行かないと思うんだがどうやって思考してるのかとか、どうやって肉体が動いているのとかそういう意味で俺はどうして生きているのかが知りたいんです手短に答えてください!」
『貴方は心臓であるダンジョンコアから離れられません。ダンジョンコアの魔力が届く範囲……即ちダンジョンの中でしか生きられない存在です』
「まってそれチュートリアルで教えてほしいほど重要だよな!?」
『仕組みとしては…………む? 規制がかかっていて言えません。まあ、貴方はダンジョン内でしか生きられないということを覚えていてくれればそれでいいです。この先は追加の10ptが必要です──』
俺は機械音声さんとの電話を切った。
なんか、藪をつつくだけじゃ飽きたらず、爆竹を投げ込んでコブラの群れを目覚めさせてしまった感じだ……。
電話するだけで10ptは痛いし……あれ、これってガチャ引くためにも10ptかかるってこと?
話を戻す。
俺を生かしてる仕組みがあるんだろうが、神々の規制があって言えない。つまり機械音声さんは神々の部下とか、下請けって感じか?
少なくとも神の一柱で『味方だと思ったかバカめラスボスじゃ!』的なノリではなさそうだ……たぶん。
「……マスター」
見ると、ナズナがぷくぅと頬を膨らませて睨んでいる。いや、本人的には睨んでいるんだろうが……なんだこのくそかわ生物。
膨らんでいる頬をつつくと『ぷすー』と空気が抜け、楽しそうにナズナが怒る。俺も適当に謝りつつ、つい笑顔になる。
……やばいなぁ。ナズナからの距離感は変わってないだろうが、一度涙を見せてしまったことで俺からの距離が一気に近くなっている。
これは、あれだ。一度優しくされただけで『こいつ、俺に気があるんじゃね?』と勘違いして痛い目を見るやつだ。
「また侵入者が来るまで暇なわけだが……その間にナズナの知っているこの世界の知識を教えてほしい」
「え……う、うん。それはいいけど……」
「けど?」
「…………なんで、さっきまでの二時間で聞いてこなかったのかなぁ、って。もしかして必要ないのかなって不安だったんだよ……?」
さっきまでの二時間っていうと……あの奴隷娘がここにきて死ぬまでの時間のことだろうか。
あのときは、自分が本当は死んでるんじゃないかって考えていたり、どうゆうダンジョンを目指そうかとか考えていたりした。
「ぶっちゃけると、本気でダンジョン防衛するつもりはなかった」
「えっ 死ぬ気だったってこと!?」
「まぁ……そういうことになるんだが、なんとかなるだろうと楽観視してた……」
ゲームのような世界だし、どうせ大丈夫だろうと思っていた。それがいつの間にか、ここはゲームで夢の世界だと錯覚していた。神々に散々な殺され方をして、多大な虚無感を植えつけられてまで、俺はここを現実とは認知していなかった。
……したくなかったのかもしれない。
奴隷娘の死は、紛れもなく事実で。ナズナの膝枕で感じた体温は現実で。
やっとのことで現状を受け入れて、真剣に生きるための道を歩み出せた。
彼女には、感謝している。
「ナズナちゃんがこの世界の知識を教えてあげますっ」
眼鏡をかけたわけでも、ドレスからスーツに着替えたわけでもないが、先生を気取るナズナの授業を、ベッドに腰かけたまま聞く。
ちなみに生徒としてナズナが抱いていたスライムもベッドの上で跳ねているが……こいつの温度が死体の俺とほぼ一緒なのか生暖かく感じるので触りたくない。おい這い寄ってくるな気持ち悪い。
「日向君、真面目に聞いていますかっ」
「その日向君っての、マスター呼びより股間にクルので続けてください先生」
「変態君、真面目に生きてください」
「それはそれでありな諭し方だ……」
俺の性癖は普通です。
さて、ナズナによるとこの世界は『神々が作り出した』『地球のゲームを参考にした』『異世界という名の箱庭』らしい。
あー、あれ。世界五分前仮説。今までの人生も記憶も全て神に作られたもので、実はこの世界は5分前に作られたものである……かもしれない。そんな感じの話だが、まんまそれだ。
この世界は『地球人が特定条件下で、チートを完全に排除した上でレベル99になれるのか?』という賭けをするためだけに作られた世界なわけだ。特定条件ってのは『レベル×1時間』って制限時間だな。
サンプル番号1がこの世界にくるちょうど5分前にできた世界なのだとか。それより前は神々がでっち上げた虚構だ。
──意外と、勝ち目あるかもしれねぇな。
「……ひどい話だな」
「でも、みんな幸せだったよ。誰も何も知らないからね」
「それを、酷いって言ったんだ」
授業が進む。この世界は剣と魔法の世界で、一般的なファンタジーの世界観を再現したものらしい。
……最近はスライムが物理無効をしたり、魔術さえ効かないくせに塩とかお湯に弱いって設定があったりするよな。一般的なファンタジー? どれ?
「私もレベル1だからわかるのはそれくらいかな……もっとレベルが上がればわかるんだけど……」
「へぇ。じゃあこのタオルと桶はどうしたんだ?」
「あ、それダンジョン機能で作ったよ」
ウィンドウをナズナにも見えるように表示。ポイントは……231pt? 機械音声さんとの通話で-10ptされたと考えると、奴隷娘を殺して40ptか。高いのか、低いのか。
そしてDPは……324。えっと、多分20DP減っている。タオルと桶の分だろうか。まあ、減ってる分にはいい。問題なほうの確認は後回し。
『創造』タブから『アイテム創造』を選択。
「ナズナ、俺が創造できるアイテムがタオルと桶だけなんだが」
「え、うそ? 私が見たときは50種類くらいあったよ?」
つまり、ナズナが召喚したものしか俺は召喚できない……?
いや、ダンジョンコアとなってから見た物だけしか作れないのか? なら、そうだな。俺は確かにハウルやゴブリンが持っていた棍棒を見ている。なら、作れるんじゃないか?
目を瞑り、しっかりと棍棒の形を夢想する。
そして、目を開けると──
────────────
【アイテム創造】
桶 15DP
小さいタオル 5DP
棍棒(攻5) 10DP
強化された棍棒(攻25) 100DP
────────────
よし、作れるようになっている!
だが、棍棒が2種類あるのは……ハウルの棍棒と普通のゴブリンの棍棒を思い浮かべたからか? つまりハウルは強化された方を持ってるわけだ。
よし、次に夢想するのは地球のものにしよう。
核……は内部がわからんし原理もわからん。
拳銃……も内部わっかんねえ。じゃ、じゃあ割箸銃で……いや、割箸で。
割箸を思いうかべ、それを強く念じてみる。召喚できますように。
が、増えてはいなかった。
成分は棍棒と同じく木材。つまり材料の問題ではないだろう。加工されてるから? いや、それなら棍棒も木を加工して作ってあるはずだ。
……ってことはやっぱり地球産だからか?
チートを排除した世界。つまりは知識チートとして認識されたか。
「日向君、先生を放置しないでくださいっ」
「わかったからそのスライムをこっちに近づけるな。ほらほら構ってあげるぞ~」
どこが顔なのかわからんスライムを近づけられ、考え事から現実へ戻ってくる。ナズナの頭を撫でてやるが、すごく不服そうだ。というかナズナの体温あったかくて気持ちいい。
あとでゴブリンとかにも触ってみよう、一番心地良い温度を探すのは楽しそうだ。
「ナズナ先生、教えてほしいことがあります」
「はい日向君、何でも聞いてくださいねっ」
「水魔法使ってみてください」
俺がそう言いながら桶を差し出す。ナズナはそれへと手を向けて。
「『ウォーター』!」
と唱えた。桶一杯に水が生成された。ためしに手を突っ込んでみると、おお、冷たい! 今の俺より冷たいものは珍しいぞ。
「これって飲めるのか?」
「飲めるよっ。味はあんまりしないけど」
「ふーん。んで、その魔法はどうやって手に入れた?」
「──っ」
予想はついている。魔法を覚えるアイテムってのはあるんだろうが、異世界知識1で手に入るようなものでもないだろう。というか神々がそう簡単に渡すとも思わない。
なら、SPだろうな。
ナズナは『生活魔法』『戦略家』を修得したものの、SPが1あまってたはずだ。
「その……ごめんなさい……」
「怒りたかったわけじゃない、水は色々と便利だからな。そうじゃなくてさ、それ、本当にナズナが欲しかったスキルなのか?」
俺はナズナに好きなスキルを取っていいと言ったんだ。俺が気絶して、水を作り出すために貴重なスキルを……またナズナに迷惑かけてんじゃねえかよ、俺……。
「ひ、必要だったよ!」
「俺のために?」
「私のためだよっ!」
むきになって否定してくるナズナを見て、これ以上食い下がるのを無意味と判断する。結局のところ、彼女がどう思ったのかは関係なく、俺がどう思ってしまったのかなんだ。
「……ありがとな」
「だからちが……っ」
「ナズナが偶然持ってたスキルが役立ったんだ。ありがとうだろ? それと、これからもよろしく」
そういうことにしておこう。俺は怒っているわけでもなく、ナズナをしかりたいわけでもない。
なら、ただ感謝して、ナズナのワガママを叶えてあげればいい。
急にこみ上げてくる吐き気を抑える。自由に生きて欲しいとか言いながら、何がこれからもよろしく、だよ。ナズナに頼るのか、突き放すのか、どっちかはっきりしろよ、俺。
そういう、矛盾だらけな自分が大嫌いだ。そんなことおくびに出さず笑顔を浮かべてられることにも。
「うん、どういたしましてっ」
ナズナの笑顔を直視できず、目をそらした。
常時表示しているミニマップウィンドウを見ていて、灰色の点があることに気づいた。入り口に程近い場所だ。
「ナズナ、俺が寝てる間に何かあったか?」
「うんう、何も無かったよ? それに寝てたのだって5分か10分か……」
「入り口の拡大表示──ッッ!?」
そこにあったのは、あの奴隷娘の死体だった。頭部を潰されたまま放置され、ゴブリンでさえ寄り付いていない。
他人の死体を見るのも、初めてだった。
「な、ナズナ……なんでコイツを放置してる?」
「うーんとね、かわいそうだったけど、どうしたらいいかわからなくて……あ、ゴブリンに死体に触らないようにって命令しちゃったけど、いいよね?」
「それに関してはナイス。本当にありがとう……!」
ゴブリンのイメージって、男でも女でも生きてても死んでても穴があれば良い、って感じだから気づいた時にはドロドロで目も当てられないとか申し訳ねえ……。
死体なら苗床にもならんだろ、回収しちまおうか──ん、待てよ?
回収していいのか、これ? ナズナはどうしていいかわかんないって言ったんだ、なら回収する意外にも使い道があるんじゃないか?
「ナズナ、何で死体を回収しなかったんだ? 何かしら使い道があるなら教えて欲しい」
「うん。人間だけじゃなく、死体はスケルトンに進化させられるからそうするのかなって」
「スケルトン、って言うと骨の魔物か?」
ナズナは頷いて肯定した。大体イメージ通りの魔物だろう。この子をスケルトンにするか、それともDPに変えるか……。
「『オープン』からの『侵食』」
死体を選んでみる。注げるDPは170。スライムより少し少ないくらいで、今の手持ちでも足りてしまう量だった。
進化させる気はない。──いや、なかった、が正しい。今は、どうするべきか迷ってしまっている。
「ナズナ、スケルトンってのは、強いのか?」
「うーん、多分ハウルよりは弱いと思うよ? でも人型のスケルトンは様々な武器を持てることで有名だし、進化すると魔法を使えたり使い魔を使役したりできるよ」
つまり、進化させ続けると強い。それはどの魔物にも言えることだ。
人型というだけならばゴブリンもそうだ。使い魔の使役なら根っからの悪魔の方が上手いだろう。魔法を使うのだってそうだ。
俺が今抱いてるのは、こいつが進化したときに殺してしまったことを許してくれるかもしれないって自己満足だろう!? なら、やめとけ。絶対ろくなことにならない。
……ちらりと、ナズナの方を見る。スライムをつつく彼女が、俺の提案を否定することはないだろう。俺が死んだらナズナも死ぬというルールがあり、彼女が眷族であるかぎりは俺の意思に従い続けるのは目に見えてる。
なら、彼女に相談することは無意味だ。ほら、早くしろ。時間はないぞ?
「選択、『返還』……」
悩んで、悩みまくった挙句に当初の予定通りに返還をした。死体が消えるまでじっと見つめ、消えてからも見つめていた。
俺の最初の人殺しだ。これから何度もすることになる、忘れるな。この悲しみを忘れたとき、俺は心まで人ではなくなる。
「ナズナ、斥候にゴブリンは出してるか?」
「うんう、出してません」
「よし、ローテーションを組んでゴブリンを斥候として出撃させる。5体選んでおいてくれ」
「うん、わかった」
ナズナには権限を半分以上渡しておいた。サブダンマスとして頑張ってもらう。
さて、次はさっきまで斥候に出ていたゴブリン5体に命令を与える。と、言っても休憩させるつもりだが。
入り口に程近い小部屋にゴブリン5体を配置し、休憩させる。侵入者があれば3体を足止めに差し向け、残る
体は奥へと逃げること。
その次の小部屋にはハウルを先頭とする戦力のほぼ全てを配置する。ここを抜けられたら俺の死は確定するようなものだ、絶対に後退させられない戦線だ。
そしてファンガス・ドラッグにはフロアボスを担当してもらう。
こいつの胞子は敵味方関係なくダメにするので、いっそのこと単騎で戦ってもらう。ボス部屋の中に最初から胞子を漂わせておいて、敵が入った瞬間から無力化する作戦で。
……あ、スライムを1体召喚する。そしてファンガス・ドラッグの元へと向かわせる。
遊び相手、兼特殊進化要因として。
「日向君、ゴブリン5体集めたよっ」
「お前らゴブリンに命令する。ダンジョンの外にでて、様子を見てこい。弱い生き物を見つけたら殺さず連れてこい。5体でまとまって行動し、何かあればすぐ戻ってこい。わかったら行け……頼むぞ」
ゴブリンが5体でまとまって動き、ギャアギャア騒ぎながら外へと向かっていく。
とりあえずのダンジョンの構成はこれでいいだろう。そして、俺の予想通りなら近い未来に大きなDPが入手できる。できなきゃ俺は殺される。
命を賭けるとか、本気でやるのは馬鹿のすることだが、今はこれしかない。
「ナズナ、ありがとな。なんとか間に合った」
「うんう、それはいいけど……なにかあったの?」
「ああ、もしかしたら、奴隷商と護衛の冒険者が来る。その防衛準備だな」
奴隷娘は何かから逃げていた。それがうちのゴブリンなら拍子抜けだが、飼い主から逃げてきたんだったら、チャンスだ。
冒険者のパーティとしての戦闘奴隷なら手枷はないはずだろう? なら奴隷として売られるところだった。
移送中に事故が起き、彼女は逃げ出した。そして運悪くここへと来た。
彼女は死んだぞ、奴隷商。早々に見切りをつけて逃げるか? それとも、奥まで探しに来るか──?




