浮遊
幼年時。……
その一つの象徴のような情景が次々と星空に 浮かび上がる。それらは全て白い線で、童画のあどけなさを倣って描かれていた。ある所には女児向けのくまとひつじの人形が遊戯に振り回され、またある所には晴れ渡る空の下で戦闘機の如き勇ましさで縦断する運動会のあの鮮やかな装飾旗が垂れ下がっている。また、経年で外れた形見の釦、また、いつか降った悲痛な雨の滴と続いて、他にも疎らに且つ際限なく夜空に配置されていく。この空は、閉ざされた目蓋の宇宙空間に想い出が沸々と浮ぶ様の喩であった。
そんなノスタルジアの空の遠景を背に学生風の少女が静かに佇み赤のノートをたわませて胸元にぎゅっと抱えている。その顔には浪漫的な物語の耽読から都雅な夢に浸る、思春期特有の無垢な安らかな笑みあった。ただ孤独で世間知らずな、ただ盲目的で苛立だしい、ただ健気に微風に煽られる少女の夢見心地が、波打際のあぶくの間に間に燦爛として 浮上する光の穏やかなように表情に幽かな安らぎを与えたのだった。
ああ、今この瞬間に少女は何を得んとするのかーー散逸した紙が雪のように降って彼女の耳朶に触れるのである。
彼女は今、甘美の酩酊に酔っている。過ぎし日からの横溢である温なメロディがゆらゆらと揺曳する傍ら、歪な・空の崩壊の音に耳を澄ましていた。空の崩壊とは夜が帷をあげる音である。夜闇は潰れた星と供に沈痛な詩を詠いながら下へ下へと流れていった。半ば落ちていく先には暁光という名の白一色の深淵があり、闇は吸い込まれては儚く消えていった。