帰り道
「ふーんふふ~ん♪」
折絵は湯船の中で陽気に鼻歌を歌う
「御巫先輩、何してくれるのかなぁ……」
楓の身に起きている事を知らない彼女はのんきに未来を考える。
「明日のバイト楽しみだなぁ……」
「ねぇ、君。大丈夫?」
目の前には透き通る金色の長い髪に、不釣合いな程艶やかな着物の少女。
「あ、はい……何とか……君のおかげで……」
あまりの現実離れし過ぎた光景を目の当たりにしたぼくは、まだ何が起きたのか理解する事が出来ずに居た。
「肩も怪我してるね、今治してあげる」
そう言って、腰を抜かして座り込んでいるぼくに、高さを合わせるようにしゃがみ込み、先ほどの犬みたいな奴に付けられた傷に手を当てると、またあの光がぼんやりと浮かぶ。
その光に照らされて彼女の顔が見えた。
白く透き通る様な肌に大きな二重の目はエメラルドグリーンで本物の宝石なのではないかと思う程キラキラしていて思わず見惚れてしまう。
「君、傷が治るのを想像してる?」
気付くと神秘的な目はぼくをじっとりと見ていた。
「あ、すみません。治るの想像するんですよね……あはは」
傷口が塞がる様子を目を閉じて考える。傷の無い時の自分の肌を想像……想像……
「本当に君、治癒術知らないんだね? 普通これくらいの傷すぐ治るんだけどなぁ」
彼女は少々呆れたように言う。
「すみません。と言うか正直、今何が起きているのかも良くわかっていなくて……僕の常識ではありえない事ばかりなんです。何にも無いとこから斧が出てきたり、獣が霧のように消えてしまったり……。」
「あはは、確かにリンドヴルムや魔物は珍しいかもね」
彼女はどこか慌てたように目を細める。
「と言うか何の力も無い君みたいなのが、何でこんな時間にこんな森をうろうろしているのよ!」
思い出したように声を荒げる彼女。
「そ、それは……それも良くわからなくて、気付いたらこの森に居たんです。元々はバイトから家に帰る途中だったはずなのに! 突然十字路で暗闇に包まれて!」
自分でも何を言っているのかわからない。それぐらい混乱していた。
「バイト? 君の言う事は時々良くわからないなぁ……もしかしてどこか違う国から飛ばされた?」
「いや、あなたの言う事も全然良くわからないですよ! リンドヴルムとか! 魔物とか! 飛ばされるってそんな事ありえるんですか?」
「う、うーん飛ばされたって言うのは冗談のつもりだったんだけど……」
ちぐはぐな問答をしているうちに彼女の手の光が消える。
「はい、治ったよ。立てる?」
傷口はすっかり塞がり痛みも無くなっていた。さっきの足と違って目に見えるため、余計に不思議に思える。
「はい、なんとか……その、ありがとうございます」
彼女の吸い込まれそうなエメラルドグリーンの瞳は月明かりだけになっても輝いているように綺麗で、目を見てお礼を言うだけなのに照れてしまう。
「で、これからどうするの?」
「あ、えっと……」
どうしよう? そんなのこっちが聞きたい。ぼくはどうしたらいいんだ?
「行く当てがないのなら、とりあえず付いて来る? それともこの森に残る?」
彼女は意地悪く問いかける。
「付いて……行きます」
ぼくには選択肢なんて無かった。手がかりも何も無い中、こんな森で見放されて生き残れる自信なんて無い。
「よろしい。じゃあちょっと歩くけど行きましょう。わたしの名前はエルフィオレ・サラブライト。大抵の人はエルフィとかエルって呼ぶわ。あなたの名前は?」
やっぱり日本人じゃないのか……ハーフとかでも無いみたいだし、不思議な人だ。
「ぼくは御巫 楓。みんなは楓って呼ぶよ。えっと……エルフィ」
「じゃあよろしくね、楓。後は道すがら聞くわ」
そう言って手を差伸べてくれる。
「あ、ありがとう。こっちこそよろしく」
どろどろになった汚い手をズボンで払って差伸べられた手を握る。彼女の手は温かくて少しだけ安心できた。
それから、彼女について歩きながらこれまでの経緯を話した。どうやらココは、ぼくの居た世界では無いようだった。
「まさか異世界から来たなんてね……さすがにわたしも信じられないわ」
どうやらエルフィもこういったことは始めての様で、また不安が溢れ出して来る。あんなに不可思議な力を使う人間にも分からない事。一体何が起きたんだ……。
「ぼくもまったく信じられないです。今まで起きた事全部、アニメとかマンガの世界の出来事みたいで……ハァハァ……」
森を歩く。というのはとても体力を使う草木を掻き分け、落ち着きの無い足場を踏みしめて歩く。エルフィは何も気にせずスタスタ進む。ぼくは情けない事にこの少女に付いて行くのでいっぱい、いっぱい、だった。
「アニメ? マンガ? 楓の世界の言葉っていまいちわかんないなぁ」
それはお互い様なのだけれど……。
「リンドヴルムとか魔物とか治癒術とか、実際目にしてもまだ信じられないよ」
正直に言って、現実味が無さ過ぎる。この話を知り合いにしたところで夢でも見たのだろうと笑われるだろう。
「ま、まあ、リンドヴルムと魔物はこっちの世界でも結構特別だから……でも、治癒術が使え無いって言うのは不便よね。怪我したらどうするの?」
本当に治癒術は誰でも使えるのか……本当に不思議な世界だ。あんなのが誰でも使えたら怪我で死ぬなんて無いんじゃないだろうか?
「そりゃあ消毒して、傷口に菌が入らないように絆創膏貼ったり、包帯巻いたり、酷かったら病院行って診てもらったり……」
「絆創膏? んーなんとなく分かるんだけどやっぱり不便そうだね」
そりゃあ、あんなに便利な力があればなぁ……
「それが当たり前だったから不便に感じた事は無いけど、治癒術なんてあったら世界の在り方が変わっちゃうかもね」
「えー、大げさ! 楓もコツさえ掴んじゃえば簡単に使える様になるよ!」
そうエルフィは簡単に言ってのける。
「そうは言うけど、ぼくにはエルフィみたいな不思議パワーは無いよ?」
ぼくは特別なんかでは無い。良くも悪くもいたって普通だ。
「不思議パワーって……わたしを変な人みたいに言わないでよね。わたしだって普通の女の子なんだから」
「ぼくの普通では、女の子があんなでっかい斧振り回して、魔物とかいうのを殴ったり、蹴ったり、ぶった切ったりはしないの!」
ちょっと凶暴でも兎美程度。もっと大人しい子なら、ちょっと脅かしたぐらいで泣いてしまう様な可愛らしい折絵ちゃん。ああいうのが『女の子』だ。
「そ、それは仕方無いじゃない。それに、わたしがやっつけなかったら、今頃楓はどうなっていたのかな~?」
「う……それを言われると返す言葉もございませんけども……」
「けども?」
エルフィは振り向いてぼくの顔を覗き込む。なんとも意地の悪い顔で……
「な、なんでもありません」
エルフィの顔はどんな表情でも綺麗で、どうしても正面から見られると緊張してしまう。
「ふふん、よろしい。楓って何か面白いよね~。弱いのに生意気だし」
事実だけど酷い言われようだ。
「わたしが駆けつけた時も『危ないから逃げて!』とか、足を怪我して自分が一番危ないのに、良く言えたもんだわ」
「あの時は必死だったから、そんな事考えている余裕も無かったよ」
「考えないで他人を気遣えるなんてすごいじゃない! 普通なかなか出来ないわよ?」
そんなものだろうか、でも結局は助けてもらったわけだし、自分には何も出来なかったと思うと、悔しさが残った。
「すごくなんて……無いよ。ぼくには何も出来なかったわけだし」
正直な気持ち。こんな卑屈な事言ってもどうにもならないのに、何故だか口にしてしまった。
「ふーん、わたしはすごいと思ったんだから、それで良いと思うけどな」
エルフィはくるりと振り返り、スタスタ歩き続ける。その表情が見えないのが少し不安に思えた。
「えーと、ちなみに後どれくらいかかるんでしょうかエルフィさん……」
肩で息をしながら、未だに森から出られずに居る事が足を重くする。
「そうねぇ、森から出るのに一時間、それから、わたしの住んでいる所まで二時間かな」
軽々告げるエルフィ、この世界の人間は体力も段違いなのか……
「すみません……少し……休憩を……」
やっぱり情けない。ぼくはひたすらに情けない。どうせこんな変な世界に飛ばされるのなら強い力もくれれば良かったのに……特別な……ぼくだけの……チカラ……
「そうねー、一度休憩しましょ……って楓!?」
もう一度振り向いたエルフィがぼくを見て驚きの声を上げる。
「な、なに!?」
「何って、手! 何でその光が使えるのよ!?」
そう言われて自分の手を見ると両手が、エルフィが不思議な現象を起こす時と同じように光っていた。
「うわ、なんだこれ!? なんで急に!?」
慌てて手をブンブン振り回すが光は強くなる一方だった。
「すごい光……あなたわたしを騙したの?」
「騙すって何!? と言うかこれどうしたら!?」
光がどんどん強くなる。得体の知れないそれが恐かった。
「とりあえず落ち着いて! その光は可能性なの! 何か想像してみて!」
想像? 想像って何を想像したらいいんだ? くそ、ぼくはこういう突然の出来事に弱いんだ……そうこう考えているうちにも光は強くなっている。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
一際光が強く輝いた。あまりの光に目を閉じる。
「そ、それって……」
暗闇の中エルフィの驚嘆の声が聞こえ、恐る恐る目を開ける。
ぼくの両手には一丁ずつ真っ白な拳銃が握られていた。
「リンド……ヴルム……?」
エルフィも理解できずにぼくの手を見つめてただ驚愕していた。
「はぁ~、なんなの楓って……」
森の小道、大き目の木に腰掛けて、ぼくの手に握られた銃を見つめるエルフィ。
「ぼくにもさっぱり……まさかぼくにまでこの変な力が使えるなんて」
リンドヴルム? と呼ばれたこの銃は一体なんなのだろう? まさか力が欲しいなんて考えたから出てきてしまったのだろうか? でもそんな簡単なものなのか? リンドヴルムって……
「リンドヴルムにしては小型で威力も無さそうよね、それ」
エルフィは興味津々という様子でさっきから不思議そうに目をキラキラさせている。
「まあ拳銃だしなぁ……威力は……・どうなんだろう? 打ってみないとわかんないや」
拳銃なんてまた物騒な武器だよなぁ、正直こんなもの持っているだけで恐い。
「けん……じゅう? それ楓の世界の武器? 打つって何を打つの?」
どうやらこの世界に拳銃という武器は存在しないらしい。唯一の頼みのエルフィがこんな調子で大丈夫なのだろうか……
「そう、ぼくの世界の武器で、ここの引き鉄を引くと火薬が爆発して弾丸を打ち出すんだけど……」
こんな不思議な状況で出てきた物にどれだけぼくの常識が通じるのやら……
「ふーん、ねぇ、ちょっと打ってみてよ!」
エメラルドグリーンの目を月明かりにキラキラ輝かせ無邪気に恐い事を言うエルフィ。
「嫌だよ。危ないじゃないか!」
ぼくは拒絶する、得体の知れない物には、無闇やたらに弄らない。これは平和にやり過ごす為の常識だ。
「えー、でも自分の武器を把握しておかないと、いざって時戦えないよ?」
う……もっともだけどぼくが戦う事なんて出来れば遠慮したい。
「わ、わかったよ。この森が吹っ飛んでも知らないからな!」
ぼくは立ち上がり右手の拳銃を構え、引き鉄に指を掛けた。
「おー、そんな威力がそんなにちっこいのから出るのかぁ……がんばれー」
テキトウな冗談によくわからない応援。ぼくは銃の反動に備え身を硬くする。
手のひらが汗ばんで胸の鼓動が聞こえる。不思議世界の銃とはいえ、拳銃を撃つなんて緊張する。銃を握る手に自然と力が入る。
「ええい!」
カチ
引き鉄を引く音が静かな森に響いた。
………………・
静寂。森の生き物全てが眠りに付き。風すら凪いで、音の無いとにかく静かな世界。
「あ、アレ?」
カチッカチッ
あっけに取られて何度も引き鉄を引くが、一切銃は反応しなかった。一気に身体から緊張と力が抜ける。
「ぷ……あはははは」
笑いだすエルフィ。急に恥ずかしさがこみ上げて来る。
「な、なんだよ! きっと弾が必要なんだよ! 残念だなぁ打て無くて!」
矢継ぎ早に言い訳するぼく。内心では打てない事にホッとしていた。
「だって……『森が吹っ飛んでも知らないからな』とか言っていたくせに~」
そう言って笑い続けるエルフィ。最初は神秘的なイメージの彼女だったけれど、こうしてみると大分普通の女の子に見えた。
それから大分バカにされながら、リンドヴルムの仕舞い方を教わり。役立たずの銃は不思議な光とともに、ふわりと何処かに消えた。
それからまた、お互いの世界の事を話ながら森を越え、草原を抜け、道とも言えない道を行くと、大きな跳ね橋の架かった川に囲まれた村に着いた。
「さて、ここまで来たのは良いけど、どうしよう」
突然エルフィが、跳ね橋の前で立ち止まり、ぼくを見る。
「どうしようって? 何か問題でもあるの?」
ぼくを見て唸っているエルフィに疑問を抱く。
「んー、ここって隠れ里な訳なんだけどさ、男が居ないのよね」
「はい? それってぼくは入れないって事?」
ここまで来てそれは非常に困る。
「いや~、それはまだわかんないと言うか……長の許可が出れば良いんだけど……こんな時間だし……」
「う、じゃあぼくは朝までここで過ごすしかないのか」
それも仕方ないと思い始めた時。跳ね橋の向こうで、光がぼんやり輝きだした。
「あ、ケルンがこっちに気付いたみたい……ちょっと行って来るね」
そう言って小走りに行ってしまうエルフィ。
ぼくはたちまち不安になる。異世界で一人になる不安。自分の世界とまったく違う法則に満ちた世界……ただでさえ無力な高校生だったぼくは一人では何も出来ない。
急に押し寄せた不安に身を震わせていると。何とか視認出来るところでエルフィが大きく手を上げ、おいでおいでと招くように手を振っている。
ぼくは招かれるまま跳ね橋を渡る。心なしか、歩くのが早くなっているのは、一人で居るのが不安だったからなのかもしれない。
「良かったねー! 楓! 入って良いってさ! ミィちゃんが予言してくれていたんだって!」
跳ね橋を半分くらい渡った所でエルフィが大きな声で教えてくれる。予言とか聞こえたけどこの際何でも良い。とりあえず一人で居る不安から逃げられる事に安堵していた。この後に待ち受ける事など何も考えずに。
エルフィの元へ辿り着くと何やら褐色の肌に長いパーマのかかった髪を片側にまとめたスレンダーで背の高い女性と会話していた。
「この子が楓、こっちが見張り番のケルディ・ミリアンダ。みんなはケルンって呼ぶわ」
軽く紹介してくれるエルフィ。ケルンと呼ばれた女性はぼくの事を物珍しそうに値踏みしている。
「本当に男なんだなぁ、大丈夫なのか? エル?」
よほど男が珍しいのか、かなり怪しまれているようだった。
「大丈夫。楓って異世界から来たらしいし。何より弱いから」
クスクスとさっきの事でも思い出しているのか、笑いながら言うエルフィ。確かに弱いのだろうけれど、そこまではっきり言われると傷つく。
「ええと、はじめましてケルンさん。御巫 楓って言います。森でエルフィに助けてもらいました」
とりあえず失礼の無いよう挨拶する。
「はじめまして。異世界には差別文化は無いのかい? か弱いボウヤ」
差別? 何の話だろう……か弱いボウヤは酷い言われようだ。
「ちょっと! ケルン! それは今言う事じゃないでしょう!?」
エルフィが声を荒げる。『か弱いボウヤ』はかばってくれないのね……まあ良いけれど、もう慣れてきたし。
「ミィと長が何と言おうが、あたしはまだあんたを信用した訳じゃないからな」
棘のある不信に満ちた言葉に心がチクリと痛む。初対面でこんなに嫌悪されるものなのだろうか?
「もう、行こう! 楓」
エルフィに引かれ門を通る間も鋭い目がぼくを離さなかった。
村はキャンプ場で見るような丸木で組まれた簡素な家がポツポツとある少し古めかしい感じのする集落だった。
「気にしないでね、ケルンってば責任感強いから、ちょっと警戒し過ぎなのよ。里のみんなはきっと大丈夫だから」
そう言ってエルフィは少しおどけたが、ぼくは不安になっていた。男の居ない隠れ里。あの嫌悪感を抱く人が他にも居るかもしれない。ぼくは、まねかねざる来訪者なんじゃないだろうか?
「そういえば差別がどうのって言っていたけれど、どう言う事なの?」
『異世界には差別文化は無いのかい?』と言う言葉が引っかかっていた。
「あー……それは……」
エルフィの表情が曇り、声が詰まる。
「ぼくには良くわからないけれど、この世界にも差別ってあるんだ?」
ぼくの世界にも人種差別や身分差別など確かにあった。ぼく自身には縁の無い話だけれど、気分の良い話では無いことは確かだった。
「わたし達がね、隠れ里なんかに住んでいるのは、差別されているからなの」
エルフィが意を決した様に早い口調で告げる。
「わたし、見ての通り不細工でしょ? わたし達の世界では恥ずかしい話だけれど不細工に人権は無いような物なの」
確かに、程度の差はあるけれど、学校でもそんなイジメがあった事がある。ぼく達の世界も考えてみるとそんなに綺麗な世界では無いのかもしれない。
「!?」
真面目に考えていると腑に落ちない点がある事に気付く。
「エルフィが不細工!? どこが!?」
どっからどう見ても美人だ。線が細くスタイルも良いし、何より整った目鼻立ちに透き通るエメラルドグリーンの瞳と、流れるような白金に近いさらさらの髪が今まで見たこと無いほど綺麗で素敵だった。今でこそ慣れて来たものの、未だに覗き込まれるように顔を見られると照れてしまう。
「え、どこって、痩せ細っていて、目とかも大きくて……気になる所あげたらキリが無いくらい……」
エルフィは塞ぎ込んで行く。さっきまでの陽気さが嘘の様だった。
「ちょっと待ってどう見たってエルフィは美人だよ!」
女の子に向かって面と向かってこんな事を言うのは非常に恥ずかしい。でもやっぱり納得がいかなかった。
「あはは、楓って優しいなぁ。お世辞でも嬉しいよ。ありがとう」
しかしエルフィは完全に諦めた様子で意気消沈していた。美人と言う言葉も全然間に受けていない。
「いや! 少なくともぼくの世界ではエルフィは絶世の美女だと思うよ。ぼく自身もかなり美人だと思っているし……」
まるで口説いている様な褒め方だけれど、本当の事だから仕方無い。どう考えてもエルフィは美人だ。
「何か、そんなに言われると照れる……。そんな風に言われたのは、はじめてだし……」
頬を赤らめ、同様しているエルフィの姿はやっぱり可愛かった。こんな女の子が魔物と呼ばれる獰猛な獣と対等に渡り合っていたのが今でも信じられなかった。
「と、とにかく! エルフィは綺麗だし、命の恩人だし、ぼくは絶対に差別したりなんかしないよ! 元々、そうゆうの何か違うって思うし……」
ぼくは恥ずかしいのを「上手く言えないけどね」と笑ってごまかした。
「ありがと……」
エルフィの消え入りそうな声が微かに聞こえた。
「さ、着いたよ。ここがわたしの家」
しばらく村を歩いた所でエルフィの家に着いた。家は他の村の家と変わらず丸太で組まれたペントハウスの様な素朴で質素な家だった。
「もしかして、エルフィって一人暮らし?」
家族の話や、同居人の話などはここまでの移動でも聞かなかった。
「そうだよ? まあ一人暮らしって言っても、村のみんなが家族みたいなものだから、寝る時が一人ってだけなんだけどね」
今まで色々あって考えて無かったけれど、ぼくはこの美少女と二人きりで夜を過ごすのか……エルフィは何とも思っていないのだろうか?
「さ、入ってー何にも無い家だけどね」
そう言って自分の家に入って行くエルフィは、まったく気にしていない様子でいた。
入り口に入ってすぐの大きな花に、あの不思議な光を当てると、部屋全体を見渡せる程の淡いオレンジの光が灯った。それを見て、改めて自分は異世界に居るのだと痛感する。
「この花、すごいね。まるで電気みたいだ」
ぼくは女の子の部屋と言う事実に緊張しながら、異世界の不思議に戸惑っていた。
「増光花も知らないの!? 本当に違う世界から来たんだねぇ……」
やっぱりエルフィも信じきれずに居たのだろう。そんな怪しい相手を助けてくれて、面倒まで見てくれているのだから、エルフィの優しさに感謝しなければならない。邪な考えを抱いていた自分が恥ずかしくなった。
「お邪魔します」
ぼくはおずおずと部屋に足を踏み入れる。靴を脱いだりする必要は無いらしく、普段と勝手が違ってなんだか落ち着かない。
エルフィの部屋は外見同様中も質素で、テーブルやベッド等はぼくの世界とあまり変わらず、『女の子』を感じる部屋で無い事は、少しだけ救いだったかもしれない。
「はー、疲れたぁ……今日はもう寝て、明日長の所に行こう。そしたら楓の事何かわかるかもしれないしね。あ、楓はベッド使って良いよ。わたしはその辺で寝るから」
全然疲れているようには見えないエルフィは、床を指差し、とんでもない事を言い出す。
「ちょ、流石にベッドは良いよ! そこまでお世話になれないって! と言うか女の子を床に寝かせるなんて出来ないって!」
「へ? だって楓クタクタだったじゃない、ベッド使ったら良いのに……」
なんていい子なのだろう。でも甘えるわけにはいかない。男のプライドにかけてそこは譲れない。
「いや、大丈夫! とにかくベッドはエルフィが使って良いから! ぼくは家に泊めてもらえるだけで十分だし、実際戦ったのはエルフィなんだからゆっくり休んでよ」
ぼくは必死に説得して床で寝る事になった。今はエルフィが寝巻きに着替えると言うので、外で一人これからを考える。これから一体どうなってしまうのだろう? 長なら何かわかるかもしれないとエルフィは言っていたが元の世界に帰る事は出来るのだろうか? 考えれば考えるほど不安が溢れて来る。考えることは沢山あって、すぐに着替え終えたエルフィが出てきた。
「もういいよー」
しっかりとした着物姿だったエルフィは浴衣の様な軽い服装になっていた。体の線が前よりはっきり出ていて頬が熱くなる。
「どうしたの? 顔赤いよ?」
浴衣姿に見惚れていたなどとは言えず「なんでもないよ」と誤魔化して、邪念を振り払う。と言うか恩人に何を考えているんだぼくは……
しかし、このやりとりでさっきまでの不安が和らいだのは救いだった。
この後、毛布を借りて床で寝るのだが、思ったより疲れていたのかすぐに眠りに落ちてしまった。