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灰の国境  作者: 清ピン
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第2章 消された真実

火事から三日後。

神代蓮は、警察署の取調室に座っていた。

灰色の壁。

安い蛍光灯の白い光。

机の上には紙コップのコーヒーが置かれているが、もう冷えていた。

向かいには刑事が二人。

年配の男と、若い刑事だった。

年配の刑事が資料を閉じ、淡々と言った。

「結論から言います。今回の火災は――」

一瞬の間。

「ガス漏れによる事故です」

蓮は黙っていた。

表情は変わらない。

だが指先だけが、わずかに震えていた。

「……事故?」

蓮の声は静かだった。

「はい。古い配管だったようでしてね。ガスが漏れて引火したと考えられます」

若い刑事が説明を補足する。

「爆発の衝撃で火が一気に回ったようです。残念ですが、助かる可能性は……」

蓮は言葉を遮った。

「そんなはずない」

刑事たちは顔を見合わせた。

蓮はゆっくり言った。

「俺は見た」

「何をです?」

「火事の直前、黒い車が走り去るのを見た」

部屋の空気が少しだけ変わった。

「外国大使館のナンバーだった」

年配の刑事はため息をついた。

「神代さん」

「気持ちは分かります」

「しかし、今は冷静になってください」

その言い方が、蓮の神経を逆撫でした。

「冷静?」

蓮の目が冷たく光る。

「家族が三人死んでるんだ」

「俺に冷静になれって言うのか」

若い刑事が口を開いた。

「ですが証拠がありません」

「監視カメラにもその車は写っていませんでした」

「それに」

刑事は一瞬言葉を選び、

「外国大使館の車が、一般住宅を爆破する理由がありません」

蓮は何も言わなかった。

ただ刑事を見つめていた。

その目は、もう悲しみの目ではなかった。

疑念の目だった。

「……もういい」

蓮は立ち上がった。

椅子が床を擦る音が響く。

「話は終わりだな」

年配の刑事が言った。

「神代さん。今は無理に考えず、休んでください」

蓮は振り返らずに言った。

「休めると思うか?」

そのまま部屋を出た。

廊下を歩きながら、蓮は確信していた。

何かがおかしい。

警察は嘘をついている。

いや。

本当のことを言えないのかもしれない。

警察署の外に出ると、冬の空気が冷たかった。

蓮は空を見上げた。

空はどこまでも青い。

まるで何も起きていないかのように。

「……事故か」

蓮は小さく呟いた。

その時だった。

後ろから声がした。

「事故じゃないですよ」

蓮は振り返った。

そこに立っていたのは、黒いコートの男だった。

年齢は四十代くらい。

細い目。

無表情。

普通の会社員のようにも見える。

だが、どこか違う。

「誰だ」

男は軽く笑った。

「ただの通りすがりですよ」

「ただし――」

男は一歩近づいた。

「あなたと同じで、嘘が嫌いな人間です」

蓮は男を睨んだ。

「何が言いたい」

男は周囲を確認し、静かに言った。

「ここじゃ話せません」

「少し歩きましょう」

蓮は動かなかった。

「信用できると思うか」

男は肩をすくめた。

「できないでしょうね」

「でも」

男の目が一瞬だけ鋭く光った。

「あなたの家を燃やしたのが事故じゃないと知りたいなら、話を聞く価値はあります」

蓮の心臓が一瞬強く鳴った。

「……何を知ってる」

男は答えなかった。

代わりに名刺を差し出した。

そこには名前だけが書いてあった。

黒崎

会社名も、住所もない。

ただ名前だけ。

蓮は名刺を見つめた。

黒崎は静かに言った。

「あなたの父親は優秀な技術者でした」

蓮の体が固まる。

「町工場の社長」

「しかし作っていた部品は――」

黒崎は言葉を区切った。

「軍事技術に転用できるものだった」

空気が凍った。

「……なんだと」

黒崎は淡々と言った。

「あなたの家族が死んだ理由」

「それは単純です」

「国家の利益ですよ」

蓮の拳が震えた。

「つまり」

「外国の工作員がやったって言うのか」

黒崎は静かに頷いた。

「可能性は高い」

「証拠は?」

黒崎は笑った。

「そんなもの、表には出ません」

「国家が関わる事件ですから」

蓮の胸の奥で怒りが燃え上がる。

「……じゃあ」

蓮は低く言った。

「泣き寝入りしろってことか」

黒崎は首を横に振った。

「いいえ」

そして言った。

「復讐したいですか?」

その言葉は静かだった。

しかし重かった。

蓮はしばらく黙っていた。

風が吹いた。

遠くで車の音がした。

やがて蓮は答えた。

「……当たり前だ」

黒崎の口元がわずかに歪む。

「そうでしょうね」

黒崎は言った。

「なら、方法があります」

「ただし」

その目が鋭くなる。

「普通の人生は終わります」

「法律も、道徳も、全部捨てることになる」

「それでもやりますか?」

蓮は即答した。

「やる」

黒崎は数秒、蓮を見つめていた。

そして小さく頷いた。

「分かりました」

「では」

黒崎は言った。

「復讐のやり方を教えましょう」

その瞬間。

蓮の人生は、

もう元には戻れない場所へと動き始めていた。



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