第1章 炎の夜
冬の夜だった。
空気は凍るように冷たく、
吐く息は白く闇に溶けていく。
神代蓮は駅から家へ向かって歩いていた。
久しぶりの帰省だった。
自衛隊を辞めてから数年。
仕事で忙しく、家に帰る時間もなかった。
だが今日は違う。
妹の真紀の誕生日だった。
ポケットの中には小さな箱。
妹が欲しがっていたネックレスだ。
「兄ちゃん遅い!」
玄関を開けると真紀が怒るだろう。
父は台所で料理をしている。
そんな当たり前の光景を思い浮かべていた。
その時だった。
遠くでサイレンが鳴った。
そして――
空が赤く染まった。
蓮は足を止めた。
嫌な予感が胸を締めつける。
赤い光は家のある方向から上がっていた。
胸がざわつく。
嫌な汗が流れる。
「……まさか」
蓮は走った。
走って、走って、走った。
曲がり角を曲がった瞬間、
その光景が目に飛び込んできた。
家が燃えていた。
神代家の小さな家。
そのすべてが炎に包まれていた。
消防車が来ていた。
近所の人々が集まっていた。
しかし――
遅かった。
蓮は言葉を失った。
「おい……嘘だろ……」
その時、消防隊員が担架を運んでいた。
白い布がかけられている。
一つ。
二つ。
三つ。
蓮の足から力が抜けた。
世界の音が消えた。
ただ炎だけが揺れていた。
その炎の向こうで、
黒い車が静かに走り去るのを、
蓮は見逃さなかった。
その車のナンバーは
外国の大使館プレートだった。
その瞬間、
胸の奥で何かが壊れた。
涙は出なかった。
ただ一つの感情だけが残った。
怒り。
静かで、冷たい怒りだった。
「……絶対に」
蓮は炎を見つめながら呟いた。
「許さない」
その夜、
一人の男が生まれ変わった。
家族を失った男ではない。
復讐のためだけに生きる男へ。




