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まほろばホテルには神々が住まふ  作者: かこ


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12/14

伊予の三郎

「どーしたもこーしたも、いつものように軒先に柚を置いても森に川に捨てられるばかり。柚葉殿が一番喜んでくれるはずなのにおっかしぃなぁと思ったら! 家から追い出されてるじゃねぇか」


 ワイは阿呆やぁ、たわけやぁと喚く三郎に、誰も乗ってやらなかった。あまりにも一人楽しくのたうち回っているからだ。感情が高ぶっているのか、古ぼけた髪と同じ色の丸い耳と尻尾が飛び出している。

 地面に落ちた焼き芋を拾った支配人が息をついた。土で汚れた芋を半纏の袖にしまいこんで、ごろんごろんする髭まではえた三郎の横に立つ。

 ごんと、支配人の脛にぶつかった三郎は頭を抱えたまま固まった。


「食べ物を粗末にしちゃあいけないじゃないか」


 朗らかな声音ではあるが、うすら寒いのは冷え込みのせいだけではない。

 柚葉からは見えないが、支配人はよほど怖い顔をしているのか、三郎は唇まで白くする。

 おかんむりだぁ、と九十九がからかいの声を上げた。

 涙目の三郎はわななく口を必死に奮い立たせる。


「お、」

「お?」

「お前なんか、不細工になっちまえぇぇえぇ!」


 三郎が支配人の顔に投げつけたのは、何処にでもある枯葉だった。

 しゃーしいやっちゃなぁ、と九十九が呆れている。

 身を翻し距離を取った途端に腕を組み高笑いする三郎は、すぐさま顔色を失った。


「なんでぇ、お前、不細工になっとらん!」

「君の術ぐらい、どうとでもなるし」


 無精髭をかく支配人にいよいよ余裕を無くした三郎は柚葉の元へ走った。中肉中背からは想像できない身のこなしで、柚葉を肩に担ぎ、焚き火の燃えかすを蹴り上げる。

 言葉を残すこともなく、二人の姿は消え失せていた。



 逃げた森は何処まで続くのかわからない。

 大きなムロの前に押し込まれるようにおろされた柚葉は、一言申してやろうとした口を閉じた。三郎の狼狽ぶりに引いたからだ。


「ああぁぁぁぁあ! ワイなんてことしちまったんや。ようわからん奴を敵に回して、追いかけられて、逃げ切れるんか。逃げきれんやろ、逃げれるわけない! なぁ!」

「……なぁ、と言われても」

「そうよなぁ、そうだよなぁ! そもそも、柚葉殿の父君と母君が血迷ったりしなければ平和に暮らせとったのに! どうして追い出したんだ、よく働く娘だったのに!」

「……ひとつ、訊いてもいいですか」

「なにィ? ワイ、今、考える余裕ないっ」

「私の顔を醜女に変えていたのは、あなたですか」


 音がしそうなほど、急に動きを止めた三郎が油を指し忘れた機械のように振り返る。柚葉に真っ直ぐに睨み上げられて、腰を抜かした。

 柚葉の表情はさらに鋭さを増す。

 幼い頃、何もないところで枯れ葉の滝を浴びたことがある。まさかという戸惑いと、どこか府に落ちた落ち着きが身の内に渦巻いていた。

 枯れ葉に潜んだ毒虫に刺されたせいかとも思った日もあったが、封をするように忘れていた記憶だ。あれが、きっと風貌を変えてしまう呪いだったのだろう。

 枯れ葉を巻き込んで、柚葉は拳を握った。


「顔のせいで親に毛嫌いされました。顔のせいで皆にきみ悪がられ、婚約も破断しました」

「あの、あのな? 本当に醜女にしたわけじゃないんだ。見る人によって、その人が一番醜く思う顔になるよう幻を見せとるだけで、柚葉がめんこいことは、ワイがよぉ知っとるよ」

「頼んでもいないのに、好き勝手にした方の話は聞きたくありません」


 弁明する三郎に柚葉はぴしゃりと言った。うな垂れる男に追い討ちをかける。


「謝罪も言い訳もいりません、この呪いを解いてください」

「……のよ」

「は?」

「だーかーらぁ! できんのよ!」

「どうして!」

「おじじの術式使こうたら、手がつけられんようになった、です」

「信じらんない!」


 非難の声は木霊するように響き渡った。

 信じらんない、ともう一度弱く呟いた口から嗚咽が漏れる。もう後ろ指をさされない生活ができると期待してしまった。自分の価値を認められたくて、足掻いていた生活からやっと解放されると思ってしまった。

 もっと頑張れば、と過ごした日々が、考えなしのせいで押し付けられたものだとわかって嬉しいものか。

 久しぶりに溢れ出た涙の止め方が柚葉はわからなかった。


「あーあー、うちの女将候補を泣かさないでくれるかな」


 遥か上から落ちてきた声に驚く暇もなく、地面に支配人が降り立った。風を受けて広がった半纏が遅れて落ちてくる。


「帰ろう、柚葉くん」

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