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まほろばホテルには神々が住まふ  作者: かこ


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10/14

置き土産

 よくよく考えれば可笑しかったのだ、と洗った顔を拭った柚葉は改めて思った。

 うさんくさい支配人を筆頭に、縮こまる受付係(フロント)は全ての宿泊客を把握しているという嘘か真かわからないことを言う。少年の姿に不釣り合いな怪力を持つ清掃係(ハウスキーパー)はめちゃくちゃな言葉を話すと見せかけてあらゆる方言を理解しているし、案内係(ベルアテンダント)は急に現れ、人を選ぶが声にせずに意思疏通ができる。料理長が忘れっぽいのも、調理係二人が強面なのも何か理由があるはずだ。

 こんこんと思考にひたる柚葉は身支度を終えて、大広間の扉を開けた。日が開けぬ部屋は、真っ暗だが夜目が聞いているので問題はない。

 こんな立派なところで働けること事態が夢物語なのだ。縦長の窓は綺麗に磨きあげられ、端に置かれた椅子の背に施された螺鈿細工はため息が出るほど美しい造り。数少ない従業員が人間かどうかを置いても、働き者であることは確かで、ホテルの質に文句をつけれる所はなかった。

 確かに客は一風変わっているが、柚葉だってこの界隈で人生の半分は過ごしている上、周りが助けてくれるので、何とかなっていたのは確かだ。

 しかし、それはそれ、これはこれ。本当に神様だとしても、神様ではないにしても神様を泊まるホテルだなんてやっていける気がしない。


「認めてもらったと思ったのに」


 こぼれ落ちた言葉は、忘れようとしていた欲だった。自分をちゃんと見てくれる()なんていない。何処かで喜んでいた気持ちを蔑ろにされた気分だ。

 未練を振り払うよう、雑巾を絞った柚葉はまほろばホテル(ここ)で働くのも次の仕事が決まるまでだ、と腹を決める。コネも伝手も金もないのだから、いか仕方がない。

 問題をしでかす前にと思ったが、次の就職先が目下の悩み。家を追い出されるほどの醜女が働ける場所なんてあるのだろうか。まほろばホテルがいい意味でも悪い意味でも条件がいい。

 神様達は人間の顔立ちには興味がないのだろう。迷いを断ち切るように両膝を床につけ、左、右と雑巾をかけていく。心を落ち着かせるには作業に没頭して、無になるのが一番だ。


「あのぉ」


 柚葉は脇目ふらず耳も傾けずに手を動かした。薄暗い朝陽を背に感じながら、影の中を淀みなく進む。左半分を終えたので、次は右半分だ。


「あのぉ、柚葉殿」


 射し込む淡い光で輝いているように見えても、意外と汚れがあるものだ。床にできた僅な染みに柚葉は躍起になった。見つけてしまっては磨き上げなければ気が済まない。


「置いて、おく、から」


 柚葉が顔を上げた時には、飴色の床は明るい陽射しを浴びていた。気分よく大広間を後にしようとした足が止まる。

 入り口近くに見覚えのない木箱が置かれていたからだ。

 用心深く近寄った柚葉は、そろりと中身をうかがった。徐々に開かれていく目に箱いっぱいの黄色い果実が映る。

 何もなかったはずの場所に柚が湧いて出てきた。

 念のため皆に聞いて回ったが、腕に抱えた柚子は誰のものでもなかった。それとなく客にも聞いてもらっても、心当たりがないらしい。


「伊予のお客さんが怪しいっちゃあ、怪しいんだきゃ、部屋から出てこんき」

「いらっしゃらないのではなく?」

「ぎゃあぎゃあ、とうるさいのはうるさいんやと」


 なぁ、と九十九が顔を向ければ、零が呆れたように頷く。現場の有り様を見てきたようだ。

 あとは、実家が送ってくれたという線があるが、香りのいい柚子は腐っているようにも見えない。嫌がらせならいざ知れず、贈り物なんてされたら、槍が降ってきそうだ。

 部屋の隅に物が転がることがたまにあった柚葉は、今回はずいぶん大きな忘れ物だなと思った。春に竹の子、夏は瓜、秋は柿、冬には蜜柑と餅が転がっていたこともある。周りの者は、気持ち悪がっていたけれど、いつも腹を空かせていた柚葉はこっそりと食べていた。

 冬至は柚子風呂にしようとしていたことを思い出す。


「ちょうど明日は冬至ですし、私たちだけでも柚子風呂にしますか」


 思い付きで言った柚葉を驚かせるぐらいに、九十九と零はぱっと顔を輝かせた。


「大風呂に入んにゃ! ぜってぇ楽しいに決まっのら! 支配人に頼んでくる!」

「大風呂ってお客様のお風呂でしょ、て……あーあ」


 連れだって駆けていく二人に、柚葉の制止の言葉は間に合わなかった。

 そして、一番に乗り気だったのは、南瓜で頬袋を作る支配人だ。


「厄除け風邪よけ健康第一! 柚子風呂でぽっかぽか。ついでに、部屋付の風呂にもドンと入れよっか」


 どうやっているのか、れんこんとにんじんの煮物、松葉串に刺さった焼き銀杏、金柑の寒天固めを次々と腹に納める支配人は従業員からの提案を承諾し、ついでとばかりに話を広げた。頬袋の中身を腹に納めて、次に狙いを定めながら続ける。


「柚葉くんなら手慣れたものでしょ。四国は柚子の名産地だし」


 まぁ、と言葉を濁す柚葉に、真面目な顔が向けられる。


「僕としては、あまぁい柚子湯も捨てがたい」


 どきりとした気持ちを返してほしいぐらいの食い意地が炸裂した発言だ。

 可笑しそうに笑う九十九と零に、柚葉も気が抜けてしまった。

 横からのびてきた手が、支配人の前に置かれた空の皿を次々に取り上げていく。


「支配人がぜーんぶ平らげる前に、早く食べなよ」


 新しくよそった皿にのびる手をぺちりと叩いた料理長の言葉が、朝餉の挨拶となった。

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