もしも意味を理解していたら〜知的障害〜
先月7月までとある病院の健診センターで派遣で入ってたんです。Twitterでは、愚痴ばかり呟いてましたが。
無資格でも働けるとして。まぁ大変なんですが、その苦労はまた別の機会で。
主に企業や団体、施設などを予約されたところへ出向くというものになります。外にバスタイプのクルマでレントゲン撮ったことありませんか?
ああいうのです。
なので、毎日が一期一会。検査は楽しいので思い出してもまたやりたいな。とは思う事があります。
だんだんと慣れてきた最後の月7月に、施設へ行くことが非常に増えました。
高齢者福祉施設、精神障害者施設、知的障害者施設。
こういった施設で働く人たちは、笑顔な人が多い印象。優しく感じます。あまり作られた。と言うより心からの笑みを感じました。最初は仕事柄なのかな?と思ってたんですが、かなり素で笑みが出てるんです。
これら3つの施設って、かなり難しい職場だと思うんです。話が通じない、暴力振るわれる、思った通りに行かなすぎる。などと苦労するイメージありませんか?
いくつか知的障害者施設さんに伺った時に感じた事がありました。
3つの施設の中で最も幼い子供をあやす、かのような口調になってませんか?
施設の職員さんを見ていて、口がきけず手足かこわばっておりロボットのような動きをしていたり、目を離すと抜け出し走り出すなど、どことなく幼稚園や保育園のような子供っぽい行動をしてるんです。
だからなのか、職員さんの口調は幼い子供をあやすような口調になりがちなんです。
健診側の職員としての私は、採血の補助として、腕や肩を抑えることに努めます。職員さんの言葉を借りながら同じように励ます。「大丈夫!怖くないよ〜こっち見て?」「もう痛くないよー」「あともう少しだよ〜」「わぁ上手上手」などと大人の男性や女性にこんなこと言いません。パソコンのインストラクターをしてた時でさえ「良いですね。そうですそうです」という感じで励ますことはあれど。
私ね時折思うんです。知的障害者の方々で重度な方達。ひょっとしたら言葉の意味理解してませんか?
理解してないから知的障害者なのだ。と思うでしょう。でもね、もし。ifという意味ですよ?
彼ら彼女らが本当は言葉の意味を理解しているけれど、思うように口が動かせない。話すことが出来ない。でもそれは頭の中では理解しているわけで。伝えたいけれど伝えられない。
勝手に筋肉が思ってもない動きをしてしまう!
というのがあったとしたら、私たち職員がなんて非道な言葉を使っていたのかと。そう感じてしまいます。人権無視してるわけです。
精神障害のうちに、ADHDやASDといった発達障害は、最近になってようやく一般化されつつあります。そんな彼らを平成の前期頃くらいまでは、知的障害者のような扱いをしていたことがありました。子供をあやすような。なかには、赤ちゃん言葉もありまちた。しょうでしゅね。この子たちは赤ちゃんだからちかたないでちゅね。あははは
とても人権無視しすぎてませんか?優しく接することがなぜ赤ちゃん言葉になるのか。私にもそう接しようとする職員がいたのを思い出します。
20代終盤に閉鎖病棟に入ったことが数回ありまして。その時の職員の態度は今も鮮明に覚えてます。とはいえ一部ですけどね。
「わぁ!あんこさんよくてきました!すごーい」
いい年して輪投げやらされるんです。技術的なことでもなく【投げられた】ことを褒められて嬉しくはなりませんよね。
老人福祉施設でこれやらされて怒りだす人いますが、まさにそれ。こんな子供じみた遊びさせな!
と言う気持ちとこう見えてるのか。という落ち込みがあるんですよ。
色んな人がいるんです。重度な人からライト級まで。ライト級の人は大概面食らうんです。異常な世界に飛び込んだと。それで余計に苦しんじゃうとか。職員もどきになって世話し始めるとかもあるんですよ。職員もどき、たぶんそれって、あの人達よりずっとマシだからというマウントを取ってるような気がします。自尊心を守る?みたいな気持ちになるんでしょうね。
それと同じ。
知的障害者の頭の中はとんでもなく知能指数が高い。だけれど、口にしようとすると上手く喋られない。文字が書けない。分かってるのに!知ってるよ!そんなこと!
もし、そんな気持ちでいたとしたら私はなんて失礼なことをしてしまったのか。
犬や猫で例えて申し訳ない。
ペットの彼らは、言葉は通じないから行動で喜怒哀楽を示す。そうやって生きてきた。人間に飼い慣らされてるから。目を見れば何を伝えようとしてるかわかることもある。
知的障害者施設でそれを思った。目を見てると「この人私の言葉の意味理解してくれてる」そう思うのが強くなるのは、押さえている腕の筋肉が緩むんです。だからつい「とても良いですよ。その調子で私を見てもらえますか?」と声をかける。
採血を怖いと思うから暴れてしまう。避けたい逃げたい。私の顔を見てくれてる間に終わらせましょう。という意味も含めて理解しているように思えた。それは勘違いだと言われてしまうが、確固たる知的障害者とは。というのは無いんじゃないかな。いや、あるんだけどね。
専門の医師らがそういうのだから。
脳の働きが遅いということで、生活レベルが低いとか出来ないことが多い、IQテストで指数が低かった。というものから総合的に判断しているとある。
昭和の頃、知的障害者を「知恵遅れ」と呼んでました。子供の頃アホなことしてたら「あんた、知恵遅れって言われるわよ」と教師から言われたこともありました。
差別用語となり言わなくなりましたが、今の時代まだ使う人がいたとしたら、情報社会で未だアナログな生き方をしてるだけで「あいつ、知恵遅れだから。エスエヌエスってなに?って言ってんだぜ?」みたいなことがあちらこちらで聞こえることでしょう。差別用語になって良かった。
知恵が遅れてるのではなく、賢すぎてそれに対応できる口や手が無い。それだけなんじゃないか?
こないだ字が下手芸人でも言ってた。文字にするのが追いつかないから汚くなる。
というのは、私も知ってた。私も文字汚い。昨年の今頃まで1年以上文字を書かずにいたらしく、私の名前を書こうとしたら全然書けなくて。過去一文字が汚い。酷くて涙が出た。
契約のサインの文字が見たことのない文字になってしまう。あれは怖かった。
普段から、パソコンで契約書を作成するなどほとんどがパソコンだった。
WEB小説もそれ。手書きしか認められてなかったら絶対に書こうとは思わなかった。今から書いてるのは病室からなのでスマホですが。スマホも打ち間違いが多くツラい。手書き並みにツラい。
キーボードなら多少の打ち間違いはあれど、頭に浮かんだ文字をサクッと書き切れる。文章の整合性があるかは別として。文字にすると待てないんだ。頭に浮かんだ文字が大量すぎて、速すぎて。キーボードならどうにか間に合う。
あと、消すのが簡単。
というように、知的障害者で重度な人ほど実は賢すぎて生活レベルが低い。精神障害の部類に入るギフテッドみたいなものが彼らにはあるんじゃないかな?あったとしたら、これまでの重度な知的障害者への言葉遣いや態度は改めされられるものになるんじゃないかな。
話が前後してるように見えるかもしれませんが、一応繋がっているのでよく感じ取ってみてください。
精神障害の研究は一気に進んで大きく変化しています。知的障害にももしかしたら見逃してるところがあるかもしれません。知恵遅れではなく知恵があり過ぎて身体がそれに対応できかねてるだけ。むしろ、身体障害の方が正しい。かもしれない。
言葉遣いは気をつけねばなりませんね。




