第6話 羽無しの少女
俺は今、森の中に続く一本道を歩いている。
横を見れば木の壁があり、隙間から何か出てきそうな雰囲気だ。
あの神殿を出てから、結構時間がたった。後ろを見ても、あの円形の......門? はもう見えなくなっていた。
かといって前を見ても街は見えない。気を付けていないと、いつの間にか逆向きに歩いてしまいそう。
幸い、道の左側には定期的に石碑が置いてあるからそうはならないと思うが、油断しなくて悪いことは無いだろう。
そよ風に吹かれた木々の葉が、音を立てて揺れている。
父さんと稽古した森も、こんな感じだったな。ご丁寧な道は無かったけど。
そんなことを考えながら歩き続け、出口が見えてきた。
が、俺は道を外れて、森に入った。何故か。
出口の向こう側に、人がたくさんいたからだ。
考えてみれば、この道は、天世界のトップである天世五魂神が住まう神殿に続く道だ。そんなところから俺みたいな少年がトコトコ歩いてきたら、絶対に怪しまれる。
茂みをガサゴソ言わせて、人がいなさそうなところまで迂回することにした。
▶▷▶▷▶▷
(ここなら大丈夫そうか?)
「よっと!」
俺は森の中を進み、出ていっても大丈夫そうな場所を見つけた。
森の中は特に何がいる訳でもなく、ただ落ち葉とか小枝とかに足を引っかけたくらいだ。
俺が出た場所は空き地で、子供とかが遊び場にしていそうだ。
さて、これからどうしようか。天使の世界だし、前世の常識が通じない可能性もある。
生命神と話していた感じ、全く違う訳でもなくなさそうだけど、どこまで通じるか。
そんなことを考えていた時だった。
「おい羽無しィ! これ欲しいかぁ?」
「ちょっと、返してよ!」
「や~だ!」
「アッハハ! こいつジャンプで取ろうとしてるぜ? 届く分けねぇだろ!」
空き地の隅の方で、数人の少年と1人の少女の声が聞こえた。
声がした方に行くと、その様子が見えた。
俺より年下であろう少年が3人で、俺と同じくらいの少女に集っていた。
見たところ、少女の方が年は上のようだ。
青い髪を肩まで伸ばし、緑のメッシュが入った娘。
だが少年のうちの1人には羽が生えている。
バスケットを持ちながら宙に浮かび、それを少女がジャンプして取り返そうとする。
が、少女はジャンプするのを止めた。
見れば、少し息が上がっている。
「あ? どうしたんだよ羽無し!」
「おぐっ!」
周りで笑っていた少年は、少女の腹を蹴った。
続けざまにもうひと蹴り。
少女の方が年上でも、2人相手なら不利だ。
少女は呻き声をあげている。
「うっ、やめてっ!」
「うるせー!」
止めに行こうと走りかけた時、少女が中を舞う少年に手を向けてこう言った。
「っ......魂術『波動現象』」
次の瞬間、手を向けられた少年が、見えない何かが命中したようによろけ、姿勢を崩した。
「どあっ!?」
少年は地面に落ちた。
「魂術なんて使いやがって! 羽無しのクセに生意気だ!」
少年が走り出す。少女はというと、蹴られ続けたからかその場にうずくまっている。
俺も走り出した。
蹴り込もうとする少年の軸足を払う。
少年は尻餅をつき、ドスンと倒れた。
「痛ってぇな! 何だよオマエ!」
少年はバッと立ち上がった。
「羽無しの味方すんのが楽しいか!」
「他人をイジメちゃ駄目だろ? 早く帰れ」
「はぁ? オマエに関係ねーだろ、気持ち悪ィ」
少年の顔からは、屈辱以外に何も伺えない。
「あームカつく。分かった、羽無しはヘばったし、次はオマエだ! いくぞ!」
その声に合わせて少年たちが俺に向かって突っ込んできた。
が、だからと言ってなんてことはない。
軽く避けて、疲れるまで付き合ってやればいい。
「当たんねぇ!」
「卑怯だぞ!」
「避けんな!」
避け続けていると、3方向からの攻撃がピタリと止んだ。
「......クソが、もういい!」
「つまんね」
「帰ろーぜ」
今日は見逃してやる、とだけ言い残して、少年たちは空き地を去った。
直後、羽無しと呼ばれた少女が起きあがった。
俺は彼女に駆け寄る。
「大丈夫か?」
「―――へ?」
少女は困惑してるように、キョロキョロしている。
さっきの奴らを警戒しているのか?
「アイツらなら、俺が追っ払ったぞ」
「......じゃあ、あなたが助けてくれたってこと?」
周りを見ていじめっこがいないことを確認すると、少女は俺に話し掛けてきた。
「あぁ、そうだ。さっき蹴られてたよな、大丈夫か?」
俺がそう言うと、少女は思い出したように自分の腹をさすった。
「ありがとう。でも......きっと聞いてたんでしょ? 私......」
少女はうつむいて口を開く。
その声色はどこか悲しそうだ。
「いつまで経っても羽が生えなくて......もう14なのに......うっ......ぐすっ」
少女は泣き出してしまった。羽が無いことはそんなに辛いのだろうか。
いや、辛いからこんなに泣いているんだ。
ここへ来てから、タディスとか、神殿のメイドとかに会ったが、みんな羽があった。
そういえば、彼らの俺に対する態度は自分の意思、というより、何だかやらされているような感じだった。
多分、天使の羽は、敬意の意思表示のような役割もあるのだろう。
それなら、タディスやメイドたちの態度にも納得がいく。
俺は天使じゃないから、羽が無いことに何も思わなかったけど、彼女の場合は違う。
彼女は生粋の天使。
聞いた感じだと、もう羽が生える歳は超えたのに、全く生えないといったところだろう。
それで羽が生えている奴らからは白い目で見られて、そこにつけ込んだガキにいじめられていた。
俺は少女の前にしゃがんだ。
少女はこっちを向いた。
頬の涙は流れ、顎に移り、地面に垂れ落ちた。
「大丈夫。俺だって羽なんか生えちゃいない」
「......うっ......え?」
少女の表情は意外そうなものになった。
「ほら、これ。今からお使いか何かだったんだろ?」
俺はいじめっこ達が放り出したバスケットを拾って、差し出した。
中には銀貨らしきものが5枚入っていたし、多分お使いだと思う。
「......ぐすっ、うん」
少女は立ち上がり、俺の手からバスケットを取った。
服の袖で涙をぬぐい、まっすぐこっちを見た。
「あなたはいじめられないの?」
「あぁ、お互い羽がないし、仲良くしよう」
それを聴くと少女はまた涙目になった。
自分と同じように、羽のない俺を見つけて嬉しいのだろう。
「ありがとう......」
「お使い、俺も着いてくよ。アイツらが戻ってきてもマズいしな」
「いいの? でもあなたも何か用事があるでしょ?」
少女が心配そうに言う。
まぁ、これから生命神から貰った資金で宿でも借りようと思っているが、それは後からでいい。
「いや、まぁ特に用事もないし、いいよ」
俺たちは一緒に空き地を出て、街へ出向く。