第16話 誘い
「ア、アルタ。見えた? あの人の動き......」
「あぁ。......ギリギリな」
ミーヴが恐ろしいものを見た後といった様子で聞いてくる。
シュゼの方はというと、あれを見ても闘志が燃えるだけらしい。目を輝かせている。
「ヌィンダか。強そうだな! 次オレの番、行ってくる!」
「お、おう。頑張れー」
俺の返事に振り向くことも無く、シュゼは待機場の方にその剣を持って走っていった。
▶▷▶▷▶▷
「第―――試合、始め!」
審判の大きな声は変わらず闘技場内に響く。
シュゼは動かない。
相手を警戒している。
それと同時に眉をひそめる。
隙だらけなのだ。ヌィンダが。
ヌィンダはその場に立ち尽くしている。
かれこれ10秒はたっただろうか。
観客の中にはあくびをする者もいた。
「―――来ないな」
「っ!」
ヌィンダが口を開いた。
漏れ出した殺気に、シュゼが1歩退く。
「来ないなら、こっちから行こうか」
ヌィンダが踏み込む。
力強くも静かな踏み込みだ。
サッ!
「ぐっは!」
シュゼが吐血する。
相当な威力の打撃だ。
「へぇ。まだ立ってるのか?」
「ハァ、ハァ。オレがお前を倒すんだ......!」
「面白いことを言うな。......だが」
ヌィンダが姿を消す。
立っていた場所に大きなひびができている。
「あ、あガ......」
シュゼが低い声を漏らし、膝から崩れ落ちた。
白目を向いて痙攣している。
その姿を見下ろすヌィンダが存在感を放ち続けていた。
「ヌィンダ選手の勝利!! ―――おい、早くこの子を連れてってやれ」
ヌィンダの勝利が宣言された後、運営側の数人が走ってくる。
そして倒れているシュゼを運んでいく。
「アルタ......勝てる? あの人......」
ミーヴが戦慄しながら聞いてくる。
はっきり言おう、勝てない。
今回は見えなかった。
次は俺の番。
多分俺もボコボコにされる。
でもまぁ、やるだけやるしかないか。
「厳しいかな......でも賞金は5位まで出るし、頑張ってくるよ」
俺は席を立った。
待機場に戻るヌィンダを尻目に、俺も待機場に向かう。
せめて、シュゼが喰らった1発くらいは返してやろう。
▶▷▶▷▶▷
「......」
待機場まで来たが、シュゼはまだ寝てる。
普段の振る舞いとは対照的に、静か~に。
「......んぁ? ハッ! 奴は......」
と思っていたら起きた。
シュゼが静かな時間は過ぎてしまった。
「落ち着け、シュゼ。試合は終わったぞ」
「......は?」
シュゼが残念そうな顔をする。
そして悔しそうな表情に変わっていく。
「っ、くっそ......負けたのか。......仕方ない。アルタ、頑張れよ」
「おう」
シュゼに見送られながら、俺は舞台に登った。
▶▷▶▷▶▷
「第―――試合、始めっ!」
審判の声が響いた後、闘技場に風が吹く。
観客は静かだ。
日光が俺たちを照らす。
ヌィンダは変わらず何もしない。
何も構えず、ただひたすら俺を凝視し続ける。
俺は構える。緊張が体を巡る。
相手の脚、手、首、胴。全てにまんべんなく視線を送る。
「さっきの金髪......」
ヌィンダが口を開いた。
殺気も威圧も籠っていない、普通の話し声だ。
「もったいないと思った。強かったからな」
ヌィンダの声は止まらない。
ただ淡々と、今が戦闘中ということを忘れそうなほど。
「お前、あれより強いだろう? そこそこ楽しんでから倒すことにした」
その時、ヌィンダの様子が豹変した。
殺気が漏れ出した。
「っ!」
思わず1歩引き下がる。
「来な。私を楽しませてみろ」
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観客は絶句していた。
赤髪の少年、アルタのことだ。
彼らは今までの試合から、アルタが強いことを知っていた。
しかし、ヌィンダはもっと強い。
数年前からこの大会に出場し続け、勝ち続けてきた初老の女。
彼女に相対するものは底知れぬ恐怖を覚える。
隙だらけで、体術使いのくせに構えもせず、ただこちらを見ているのだ。
そしてこの勝負、
誰もがヌィンダが勝つと思っていた。
しかし、アルタはヌィンダに、一撃入れた。
ヌィンダからすれば大したことは無いが、確かに入れたのだ。
「いいな、作業じゃない戦闘なんていつぶりか!」
ヌィンダは年甲斐もなく大声を出す。
しかしその声を聞いた観客はいない。
何故なら、アルタとヌィンダの戦いに見惚れていたからだ。
アルタの拳をヌィンダが止める。
ヌィンダが蹴りを放てば、アルタはギリギリで避ける。
今まで誰もなし得なかった、ヌィンダと"戦い"を成立させるということ。
それを、初めと出場した少年が初めてやってのけたのだ。
「ハァ、ハァ、ハァ。......っ」
アルタは激しく息をする。
対するヌィンダは澄まし顔。
少し緩んだ口元以外は、いつもと変わらない。
舞台は所々壊れ、砕け、亀裂が入っている。
「疲れたか? そうか......そうだな。じゃあ、もう終わりにしてやろう」
ヌィンダの言うとおり、アルタは疲れていた。
当然である。
全力を出してようやく、手加減したヌィンダと戦えていたのだから。
そのせいか、アルタは警戒を怠ってしまった。
1度の瞬きをした間に、ヌィンダの手刀がアルタの首をついた。
「アっ......」
アルタは崩れ落ちた。
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「―――アルタ、大丈夫?」
目が覚めた。
ここは......観客席か。
上からミーヴが覗き込んでいる。
いつもより重く感じる体を起こす。
「......あぁ」
体がまだ痛む。
ミーヴの質問に答えながら「イテテ」と愚痴をこぼす。
「ヌィンダさん、凄かったね」
「あぁ、だな。シュゼと2人でも勝てるかどうか......」
シュゼ......はどこだ?
もう起きてると思うが......。
そう思った途端、後ろから声がした。
「お、アルタ。やっと起きたか!」
振り向くと、シュゼがいた。
テンションが高い。いつものシュゼだ。
そして、もう1人いた。ヌィンダだ。
何故? と思っていると、シュゼが言った。
「ヌィンダがさ、オレたちに修行つけたいってよ!」
「......?」
もっと分からない。
修行をつけたい?
俺たちに?
分からない。
なんでそうなる?
色々考えていると、ミーヴが補足してくれた。
「アルタが負けちゃった後にね、ヌィンダさんが来たの」
ふむふむ。
「アルタとシュゼの強さを見込んで、修行をつけてもっと強くしてやりたい......ってことみたい」
なるほど?
「そういうことだ。どうだ? 強制するつもりはないが......」
ずっと黙っていたヌィンダが口を開いた。
すかさずシュゼが興奮した様子で言う。
「オレはやるぞ! アルタもやるだろ!?」
シュゼが真っ直ぐな目で見てくる。
修行、か。
確かに、アイツを殺すなら修行はした方がいい。
というかしないといけない。
今まで悪魔討伐が修行代わりになると思っていたが......そうか、ホントに修行できるのか。
「あれ? でもミーヴは?」
考えてみれば、ミーヴの話は出てこない。
修行をつけてつけたいのは俺とシュゼだけなのか?
確かにミーヴは魂術使いだから、強さの方向性が違うが......
かといってミーヴだけ置いて行く訳荷物いかない。
「あぁ、ミーヴも来るそうだぞ。ウチには魂術の本もある。20年くらい前に買ったが、どうも私には合わないらしい」
なんだ、それなら大丈夫か。
「じゃあ、俺も。お願いします」
シュゼもミーヴも行くなら、俺が行かない理由は無い。
アイツに復讐するための強さ。
身に付けてやろうじゃないか。
舞台ではまだまだ試合が行われる。