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第1話 家族殺しの天使




「あなた、いつも言っているけど、アルタにあまり無理させないでね」


 心配した様子で話しているのは、俺の母さんだ。

 朝食後の洗い物が終わって、エプロンで手を拭きながら、少し足早にこっちに来る。


「分かってるさ。近いうちにこっちが無理することになる」


「父さん早く行こう。今日は勝つから」


 俺は父さんを急かした。

 その様子を見て、母さんがちょっと笑う。


「ふふっ、それじゃ、行ってらっしゃい」


「「行ってきます」」


 玄関先でそんな会話をして、父さんと一緒に家を出て、稽古をしに行く。


 なぜ稽古なんてするのか?

 それは、俺は昔から人より強かったから。


 その力で当時のガキ大将をボッコボコにして、骨折させたこともあった。


 それ以来、力の正しい使い方を学ぶこと、この力を活かすこと。

 この2つを目的として村の守護戦士たる父さんから、稽古を受けることになった。


「おや、戦士様とアルタ君じゃねぇべか」


 少し歩いて、畑に差し掛かったあたりで、声をかけられた。

 畑作業をする老夫が、麦わら帽子を被り直しながら話し掛けてきた。


「「おはようございます」」


 父さんと一緒に挨拶する。


「今日もぉ、稽古かい?」


「ええ、最近はこいつも随分強くなりましたよ」


「そりゃ頼もしいこった。この村も安泰だべ」


 そう言って老夫は笑う。

 もう70は行っていそうなのに、豪快なものだ。


「じゃ、気をつけての」


「「はい」」


 世間話を終えて、近くの森まで向かう。

 そこは稽古場として俺たちが使っているところだ。

 俺以外の村の人間は、ここに入ることは禁止されてる。


 まぁ何度か言いつけを破ったワルガキが入り込んできた事もあったが、

 俺と父さんの模擬戦の衝撃で吹っ飛ばされていた。


 木こりたちが使うところより木が太く丈夫で、天井のように生える葉っぱが森の雰囲気を暗くしている。


 道中何人かと挨拶をし、俺たちは森に着いた。


 持ってきた荷物を置き、俺たちはいつもの配置につく。

 荷物には、今日の弁当とか、傷を治すための回復薬とか、そんな物が入っている。


「さて、では今日の稽古を始める」


「はい!」


 今日の稽古が始まった。

 今はだいぶ慣れたが、それでも父さんの稽古は厳しい。


 最初の頃なんて、回復薬を持って来なかったから、ずたボロの俺を見た母さんが父さんにげんこつしてた。


「よし、準備運動終わり。今日は模擬戦をする」


「はい!」


 互いに距離をとり、構え、向き合う。

 相手を観察して、タイミングを計る。


 風に揺られる草木の音が、その場を支配する。



 ドッ!



 お互い、同時に動いた。

 俺は拳を固めて、父さんの間合いの内側を目指す。


「はぁっ!」


「ふっ!」


 拳は届く前に落とされ、すかさず父さんが蹴りを放った。

 とっさに防御しても間に合わない。

 俺の体は後ろに飛び、木に打ちつけられた。


「ぐっ!」


 木がバキッと音を立てた。

 父さんは攻撃の手を緩めず、高速で近づいてくる。


 見えた。


 俺は父さんの拳をはらい、そのままみぞおちに蹴り込む。


「ごっ!」


 父さんの体はバウンドし、仰向けに倒れた。がら空きの胴体にもう1発―――


「!?」


 いない。倒れていたはずの父さんがいない。

 どこだ? どこに行った!?



「―――想像以上だな。今のは俺も危なかった」


 後ろから父さんの声がした。俺は反射で飛び退いて言う。


「まだ本気じゃないし」


「そうか? じゃ、第2ラウンドだ」


 その言葉を合図に、模擬戦の続きが始まった。




 ▶▷▶▷▶▷




 あのあとも稽古は続いて、もう夕暮れになってしまった。

 決着については......負けた。


 初めて勝てたのが先月。

 5回に1回勝てるくらいにはなったが、それでも父さんは強い。本当に。


「まずいな、もうこんな時間だ。帰るぞ、アルタ」


「はい」


 まぁ、そんな思考は帰ってからだ。

 家から持ってきた回復薬で傷を治して、荷物をまとめて、俺たちは帰路に着いた。


 朝、あの老夫と話した畑も、今は誰もいない。

 カカシが逆光で真っ黒になっていた。

 少し怖い。


 静かだ。遠くの方から子供が急いで帰る声が聞こえる。

 真っ赤な空が、長い影を作る。


「―――ところでさ、お前好きな娘とかいる?」


 急に父さんがそんなことを聞いてきた。


「いや?」


 急に何言い出すんだ、こいつ。


「そうか? お前くらいの奴はいるもんだと思うが......」


 父さんがニヤニヤしながら視線を向けてくる。


「まぁ、お前歳の割に小さいもんな。はっはっは」


「うるせぇ!」


「だっ......イテテ、ブツこと無いだろ? ―――あぁいや、悪かったって。そんな目で見るな」


 好きな娘はいないが、身長が少し小さいのは気にしてるんだ。

 知ってるだろ、全く。

 おれ、一応15歳で成人なのに。




 ▶▷▶▷▶▷




 家が見えてきた。俺は走って向かう。


 母さん、今日のご飯は何を作ってくれているだろうか。

 そんなことを考えながら玄関を開ける。


「ただい―――」


 ドアを開けると、視界には母さんと、白い羽を生やした男が写った。



 それだけならよかったのに―――



「―――誰だ?」


 男が振り向いてそう言った。夕日に照らされる血濡れた腕が目立つ。


「アル......逃......て......勝......ない」


 母さんの声はそこで途切れた。

 力の抜けた手はドサッと音を立て、赤い血溜まりが広がっていく。


「どうした? そんなとこに突っ立っ―――」


 遅れてきた父さんが、俺の肩に手を乗せながら言った。

 その手に少しずつ力が込められていく。



「......貴様、俺の妻に何をした」


「妻? ......結婚してたのか......丁度いい」


 男は母さんを一瞥。

 不適な笑みを浮かべてから、こっちを見る。


「答えろ。俺の妻に何をした」


「殺した」


 男は見て分からないのか、という目で吐き捨てた。



「貴様ァァ!!」


 その瞬間、轟音が鳴り響く。

 父さんが動いた。俺にも一瞬分からなかった。

 しかしその拳は、男の手に止められていた。


「こんなものか。所詮は人間」


「黙れっ!」


 父さんは今まで見たこともないような形相で男に襲いかかる。

 高速の戦闘により、天井や壁がパラパラ崩れていた。

 だがそんなのは気にならない。


「―――おい、よく見とけ」


 次の瞬間、男の手が物凄いスピードで父さんの体を吹き飛ばした。

 父さんは壁に向かって突っ込んだ。


「あ」


 それしか言えなかった。

 崩れた壁の一部が、鋭く尖っていた。

 父さんが、一直線にそこへ飛ぶ。


「がはっ!」


 父さんの腹に、大きなトゲが刺さった。

 血がダラダラと垂れ落ちていく。


 完全に致命傷。それでも男は攻撃を続ける。



 グチャア......



 何かが潰れるような音がした。

 視界に映る光景は、1秒前と大きく変わった。


 父さんの首が消え、血が噴き出す。



「―――次だ」


「あ、えァ、あ」


 何が起きたんだろう、ただそう思った。

 いつもと変わらない目覚め、朝食、稽古、帰宅。

 それなのに、玄関を開けたら母さんが殺され、父さんも殺された。



 意味が分からない。



「うわぁぁぁぁあ!!」


 俺は男に攻撃を仕掛けた。

 何も考えず、考えられず、夢中で、本気で。

 今まで出したこともないような全力で。



 パァン!



「......?」


 父さんと同じように、拳は止められていた。


 その時男は不思議そうな顔をしていた。

 が、俺は構わず次の攻撃に移る。


「死ね! 死ねっ!」


 沸き上がる怒りに身を任せて、俺は渾身の打撃を放ち続ける。


「変わった奴だ」


「だばっ!」


 腹に激痛が走る。

 その痛みは一瞬で全身に巡り、血反吐を吐いた。


 俺は吹っ飛び、レンガの壁を貫通。

 庭先の木を数本折り、地面はエグれ、何とか止まった時には、家はだいぶ小さく見えた。


 土煙が晴れる。

 どうやら朝、老父と話した畑まで来ていたようだ。



「ゲホッ! ゲホッ!」


「まだ生きてるのか......だがもう死ぬだろう」


 いつの間にか目の前に迫っていた男はそう言い残し、淡い光に包まれ、消えた。



「ま......てっ......」


 無理やりにでも立ち上がろうとした。

 だができなかった。

 そういえば、腹より下の感覚が無い。



「何事だ......さ!?」


「どう......たの!?」


「大きな音が......」 

「何......あっ....」



 なんとか首を動かし、腹の方を見てみると、下半身が無かった。

 薄れて行く意識の中、村の人たちが次々何事かと集まってきた。


 その声も、だんだん遠くなっていく。


 寒くなってきた。

 死ぬ。

 嫌だ。

 誰なんだ、あいつは。

 俺たちが何をしたんだ。

 死にたくない。

 まだ生きたい。

 くそっ、くそっ。


 そんなことを考えている間も、血が足りなくなっていく感覚に襲われる。



 広がる血溜まりを視界の端に、俺の意識は消えた。




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