第1話 家族殺しの天使
カカシに見守られながら、農夫の人たちが手に持つクワを振り下ろす。
ザクリと土に突き刺さり、掘り起こす。
俺は土の匂いを嗅ぎ、つい口元が緩む。
平和はいいものだ。
「おぅい、アルタくんや。悪いんだけど、あっちの俵を運んでくんねぇか?」
60代ほどの老夫が、俺に声をかけてくる。
「はい、分かりました」
俺は畑の脇に置いてあった俵を背負う。
「ありがとね。倉庫まで運んでくれたらいいから」
「はい」
返事をし、俺は道に沿って歩き出す。
「本当助かるよ、さすが戦士様の子だ。この村は安泰だべ」
俺は今、村の畑の手伝いをしている。毎日のことだ。
父さんの提案で、修行も兼ねて力仕事をしている。
村の守護戦士である父さん。
俺はそれを継ぐ。
そのために、今も昔もこの村で頑張ってる。
やがて倉庫に着き、俺は背負っていた俵を中で降ろす。
手をパッパと払い、外へ出た。
するとそこには、村の子供たちが数人いた。
「アルタっ! 今日のはスッゲーぞ!」
「絶対壊れないもんね」
彼らは目を輝かせ、自信に満ちた風でいる。
そして、彼らは大きな石を持っていた。
子供数人でようやく転がせるほどの石。
実際、持ち上がってはいない。
「はは、懲りないな」
この子らはいつも、石とか板とか、硬いと思ったものを持ってきて、俺に壊させる。
俺に壊せないものをどうにかして探したいらしい。
毎回俺に壊されて悔しがってるが、根気よく探してるようだ。
「じゃあそこに置いて。にしてもよくこんなモン持ってくるよな」
「へっ! アルタの限界を見てやるんだ!」
俺が言った通り、子供たちは石を留める。
彼らが少し離れたあと、俺は拳を握り、息を整えて......
「ごあッ!」
俺が拳を突き下ろした直後、石はバラバラに砕け散った。
それを見た子供たち、特にガキ大将が言う。
「うっわ〜! またやられたぁ......!」
他の子も口々に言う。
「やっぱスゲーな! アルタ!」
「もうなんでも壊せるんじゃねぇの!?」
「ははは、何でもは無理だよ」
俺がそう言うと、ガキ大将は、
「くっそ〜、次こそは壊せないもの持ってくるからな! もっとデカい石探すんだ!」
と言って、他の子を連れて走り去って行った。
俺がそれを見送っていると、ふと後方に魔力を感じた。
この方向......畑の方だ。
「まずい!」
俺は地面を蹴り、すぐさま畑の方に戻る。
畑に着くと、今まさに魔物が農夫を襲おうとしているところだった。
「はッ!」
俺は勢いのまま蹴り込み、魔物をぶっ飛ばす。
道の向こうまで、魔物はズサーっと地面を削って止まる。
起き上がった後、こちらへ向けて威嚇が飛んでくる。
「1発じゃ仕留めきれなかったか」
既に周囲の農夫たちは逃げ出している。
魔物のターゲットは俺に集中している。
魔物がこちらへ飛び出してくる。
俺は体を攻撃の軌道から避け、カウンターで拳を叩き込む。
魔物の体からゴキャと鈍い音が鳴り、魔物は地面へ倒れた。
「ふう......」
少しして、農夫たちが戻ってくる。
「助かったよアルタくん」
「ありがとうな」
「流石だべな」
農夫たちは口々に俺を称えた。
こういう言葉を貰えると、心が温かく、嬉しくなる。
と思っていると、農夫たちの顔色が青ざめた。
「アルタくん、うしろ......」
俺は咄嗟に後ろを向く。
そこにはさっき倒したはずの魔物が、不安定ながら立ち上がっていた。
しまった、倒しきれていなかった。
鋭い牙が襲いくる。
俺は防御をとった。
だがしかし、その防御が意味を成すことはなかった。
既にそこに危機はなく、頭の砕けた魔物の死骸があった。
そこには、短い赤髪の男がいた。
俺の父さんである。
「おわ! 戦士様!」
「いつの間に来たんだ!?」
農夫たちが安堵と共に、驚きを示す。
父さんの動きは速く、農夫には目視できなかったのだ。
「アルタ、見てたぞ? 詰めが甘いな。ちゃんとトドメを刺せ」
「うぐぐ......」
俺は言葉に詰まる。
まったくその通りだ......
「戦士様、もう柵の点検は終わったのかぃ?」
老夫が父さんに問う。
父さんは今日、村を囲う柵の点検をしていた。
「いえ、まだです。点検してる隙を突いて魔物が侵入しやがったので、追ってきたんです」
「あぁ、そうかい。そりゃあ、気を付けんとな」
「ええ、まだまだアルタには任せきれませんからね」
俺はたまに、父さんと実戦に赴くが、不覚をとることもある。
強さには自信あるんだけどなぁ......
その日は魔物の死体を処理した後、父さんは残った柵の点検をしに戻り、俺も農夫たちと農作業に戻って1日を終えた。
▶▷▶▷▶▷
翌日、家の玄関にて。
「あなた、いつも言っているけど、アルタにあまり無理させないでね」
心配した様子で話しているのは、俺の母さんだ。
朝食後の洗い物が終わって、エプロンで手を拭きながら、少し足早にこっちに来る。
「分かってるさ」
「父さん早く行こう。今日は勝つから」
俺は父さんを急かす。
その様子が、母さんの黄金の瞳に映る。
「ふふっ、それじゃ、行ってらっしゃい」
「「行ってきます」」
そんな会話をした後、稽古のために近くの森の奥の方まで向かう。
少し険しい道のりを進んだ後にある拓けた空間、そこが稽古場として俺たちが使っているところだ。
俺と父さん以外は、ここに入ることは禁止されてる。
木は太く丈夫で、天井のように生える葉っぱが森の雰囲気を暗くしている。
「さて、始めるぞ。構えろ」
「はい!」
今日の内容は模擬戦、久々の手合わせだ。
俺はこの日は全力で父さんに向かっていく。
互いに距離をとり、構え、向き合う。
相手を観察して、タイミングを計る。
風に揺られる草木の音が、その場を支配した瞬間。
先手を取ったのは俺。
拳を固め、父さんの間合いの内側を目指す。
「はぁッ!」
拳は回避され、父さんはすかさず蹴りを放った。
腹に打ち付けられた脚が重い衝撃を伝える。
俺の体は後ろに飛び、木に打ちつけられた。
「ぐっ!」
木がバキッと音を立てて木片が舞う。
父さんは攻撃の手を緩めず、追撃に高速で接近してくる。
今。
俺は父さんの拳をはらい、そのままみぞおちに蹴り込む。
「ごふッ!」
父さんの体はバウンドし、仰向けに倒れた。がら空きの胴体にもう1発踏みつける。
惜しくも攻撃はガードされた。
父さんの寝ていた地面が砕ける。
「ったく、無理すんのはこっちだっつー、のッ!」
父さんはガードのまま脚を振り上げ、俺に蹴りを当てる。
俺が飛び退いたところをすぐさま立ち上がり、体勢を立て直した。
直後、父さんの剛拳が飛んでくる。
両腕で防御する。
防御の上からでも痛みが貫通する。
「ぐぎッ!」
俺はまたも吹き飛ばされる。
背後には岩壁。俺は手をつき、吹き飛ぶ方向を上に変えて難を逃れる。
その一瞬後、父さんの追撃が真下の岩壁に突っ込み、大きな煙と轟音を立てた。
ここで、俺の脳裏に1つ策が浮かぶ。
俺は上着を脱ぎ、それと同時にその場から退避する。
その直後、父さんの攻撃が俺の上着を打った。
俺は父さんの背後に回る。
父さんの驚きの表情が見えるようだ。
俺は蹴りを放った。
俺の蹴り足は、父さんの首を狂い無く叩いた。
「うがッ!?」
父さんの体が倒れる。
「よっし! 俺の勝ち!」
父さんはまだ起きない。
......まだ起きない。
あれ?
もう起きても良いんだけど......
「父さん......父さん? おーい」
俺はかがんで倒れた父さんに近づく。
その間、聞こえるはずの呼吸音が聞こえない。
おい、嘘だよな―――
父さんの姿が消えた。
▶▷▶▷▶▷
うん、負けた。
油断した。
父さんの姿が消えたと思ったら、同時に俺の意識は黒く落ちていた。
父さんは1つ芝居を打ったようだ。
ちくしょう。
「もうこんな時間だ。帰るぞ、アルタ」
「......はい」
俺たちは帰路に着く。
昨日、手伝いをした畑も、今は誰もいない。
カカシが逆光で真っ黒になっていた。
少し怖い。
静かだ。遠くの方から子供が急いで帰る声が聞こえる。
真っ赤な空が、長い影を作る。
「―――ところでさ、お前好きな娘とかいる?」
急に父さんがそんなことを聞いてきた。
「いや?」
急に何言い出すんだ、こいつ。
「そうか? お前くらいの奴はいるもんだと思うがなぁ?」
父さんがニヤニヤしながら視線を向けてくる。
「まぁ、お前歳の割に背、ちっせぇもんな。はっはっは」
「うるせぇ!」
「だっ......イテテ、ブツこと無いだろ? ―――あぁいや、悪かったって。そんな目で見るな。ごめんて」
好きな娘はいないが、身長が少し小さいのは気にしてるんだ。
知ってるだろ、全く。
おれ、一応15歳で成人なのに。
▶▷▶▷▶▷
家が見えてきた。俺は走って向かう。
母さん、今日の夕飯は何を作ってくれているだろうか。
母さんの料理が美味しくないことはない。
そんなことを考えながら玄関を開ける。
「ただい―――」
ドアを開けると、視界には母さんと、白い羽を生やした男が写った。
それだけならまだよかった。
「―――誰だ?」
男が振り向いてそう言った。夕日に照らされる血濡れた腕が目立つ。
「アル......逃......て......勝......ない」
母さんの声はそこで途切れた。
力の抜けた手はドサッと音を立て、赤い血溜まりが広がっていく。
「どうした? そんなとこに突っ立っ―――」
遅れてきた父さんが、俺の肩に手を乗せながら言った。
その手に少しずつ力が込められていく。
「......お前、俺の妻に何をした」
「妻だと? ......結婚してたのか」
男は母さんを一瞥。
不適な笑みを浮かべてから、こっちを見る。
「答えろ。俺の妻に何をした」
「殺した」
男は見て分からないのか、という目で吐き捨てた。
「貴様ァァ!!」
その瞬間、轟音が鳴り響く。
父さんが動いた。俺にも一瞬分からなかった。
しかしその拳は、男の手によって止められていた。
「この女と結婚するなど、どれほどのものかと思えば、こんなものか」
「黙れッ!」
父さんは今まで見たこともないような形相で男に襲いかかる。
高速戦闘、天井や壁がパラパラ崩れていた。
だがそんなのは気にならない。
次の瞬間、男の手が物凄いスピードで父さんの体を打った。
「あ」
それしか言えなかった。
「がぶッはッ!?」
父さんの腹に、大きな風穴が開いていた。
血がダラダラと垂れ落ちていく。
完全な致命傷。
父さんの瞳から光が失われる。
「......次だ」
「あ、えァ、あ」
何が起きたんだろう、ただそう思った。
いつもと変わらない目覚め、朝食、稽古、帰宅。
畑を手伝い、稽古をし、農夫の人たちと触れ合い、子供たちと戯れ。
それなのに、玄関を開けたら母さんが殺され、父さんも殺された。
意味が分からない。
「うわぁぁぁぁあ!!」
俺は男に攻撃を仕掛けた。
何も考えず、考えられず、夢中で、本気で。
今まで出したこともないような全力で。
パァン!
「......?」
父さんと同じように、拳は止められていた。
その時男は不思議そうな顔をしていた。
が、俺は構わず次の攻撃に移る。
「死ね! 死ねッ!」
沸き上がる怒りに身を任せて、俺は渾身の打撃を放ち続ける。
「変わった奴だ」
「だばッ!?」
腹に激痛が走る。
その痛みは一瞬で全身に巡り、血反吐を吐いた。
俺は吹っ飛び、レンガの壁を貫通。
庭先の木を数本折り、地面はエグれ、何とか止まった時には、家はだいぶ小さく見えた。
土煙が晴れる。
どうやら、畑まで吹き飛ばされていたようだ。
「ゲホッ! がはッ!」
「まだ生きてるのか......だがもう死ぬだろう」
いつの間にか目の前に迫っていた男はそう言い残し、淡い光に包まれ、消えた。
「ま......てっ......」
無理やりにでも立ち上がろうとした。
だができなかった。
そういえば、腹より下の感覚が無い。
「何事だ......さ!?」
「どう......たの!?」
「大きな音が......」
「何......あっ....」
なんとか首を動かし、腹の方を見てみると、下半身が無かった。
薄れて行く意識の中、村の人たちが次々何事かと集まってきた。
その声も、だんだん遠くなっていく。
寒くなってきた。
死ぬ。
嫌だ。
誰なんだ、あいつは。
俺たちが何をしたんだ。
死にたくない。
まだ生きたい。
くそっ、くそっ。
そんなことを考えている間も、血が足りなくなっていく感覚に襲われる。
広がる血溜まりを視界の端に、俺の意識は消えた。




