傘、戻る
「ああ、そうだ。傘返して居なかったな」
そう言われ、私の元に傘が戻って来た。
「あの後、俺も折りたたみ傘を持ち歩く様になったんだが、良い物だな。」
「そうですね」
会話終了。
「麗斗の傘の趣味はどうかと思うけれど、そのお陰で、貴族の間で折りたたみ傘が流行って居るんだよ」
知らなかった事実。
傘の趣味ってなんだ。
「良いだろう?俺の動物さんシリーズの傘」
動物さん…メルヘンな感じの傘なのかな。
クールな感じの見た目の麗斗先輩が動物のイラストの傘使っているのを想像すると、ちょっと笑える。
其れに、動物さんって言い方可愛いな。
「どんな動物の傘なんですか?」
気になる事は訊いてみる。
「お、見るか?」
「こんな所で傘広げようとしない!」
悠先輩が叱る。が、聞いていない。
鞄から折りたたみ傘を取り出すと、ばさぁっ(効果音)と開く
「動…物…さん…」
其処に描かれていたのは、何とも下手…否前衛的な動物(?)のイラストだった。
「俺が描いた絵を傘にプリントして貰ったんだ」
どや顔で言われても何と返していいのか…
「此の、黒いのが猫で、此の茶色いのが犬、此の黄色いのがキリンらしいよ」
悠先輩の解説が無かったら、何なのか判らなかった。
黒いのはどう見ても、サメに脚が生えた物にしか見えないし
茶色いのは犬と言うより狸っぽい(一応イヌ科)
黄色いのは、まあ、首が長いからキリンと言われればキリンに見えなくもない。
新種の宇宙人感は否めないけれど。(新種の宇宙人とは)
「凄いですね…」
何か言わなきゃと思い口から出たのが、その一言だけだった。
「本当に凄いよね…金に物を言わせて超高級ブランドにこんな物作らせるんだから」
凄いの意味が違うけれど、まあ余計な事を言うと色んな問題が起こりそうだから、深く追及される前に、お暇させて貰おう。
「そろそろ、帰宅しないといけない時間なので、失礼します。」
傘を鞄の中に仕舞い、立ち上がる。
「電車通学だっけ…?気を付けてね」
悠先輩が笑顔で言うと
「また何時でも遊びに来ると良い」
麗斗先輩はそう言った。
生徒会室に遊びに来る事はきっともう無いと思いたい。
と言うか、生徒会室は遊びに来て良い場所じゃないと思う。
と思いながらも、取り敢えず笑顔を作って見せる。
「アルバイトの事、両親に許諾を得られるよう話し合ってから、返事します。其れでは失礼します。」
敢えて、麗斗先輩の言った事には触れない。
例え其れが不敬だったとしても、生徒会役員でも無い人が気軽に入ってはいけない場所なのだから、『また遊びに来ます』なんて言う方が間違いなのだから。
生徒会室から出て、急いで昇降口に向かう(急ぐと言っても走ってはいけない)。
――悠視点――
璃々那が去った後
「まさか彼女が、麗斗に傘を貸した人だったとは」
「世間は狭いな」
そう言って冷めた紅茶を飲む麗斗。
「それにしても雑用のバイトを求めているなんて知らなかったぞ」
「求めていた訳では無いよ。」
「では何故」
「彼女が、平民で、この学園に在学して居るから、安易にバイトもさせて貰えないと思って手助けしただけだよ。」
「我が校は、アルバイトを禁じてはいないが?」
「だからだよ」
首を傾げる、麗斗。
「此の学園の生徒の親が経営している会社が運営している飲食店や小売店で彼女を雇うと、面倒臭い事が起こりかねないからね。」
「…貴族主義者か」
珍しく、眉間に皺を寄せる麗斗。
「そう。通常は貴族が経営している会社で平民を雇用する事は普通にある事だけれど、彼女の場合、良い意味でも悪い意味でも貴族内に知られてしまっているから、面接さえも受けさせて貰えないとかあったと思うよ」
「全てが全て、貴族主義者の経営している場所じゃないだろう?」
「そうなんだけれど、貴族主義者とそれ以外の貴族は敵対している訳では無いから、厄介なんだ。特に彼女を毛嫌いしている姫花の家が貴族の中でも力を持っているから、其処に目を付けられないように必死なんだよ。貴族の爵位剝奪は基本個人で出来る物では無いけれど、其れでもやはり大きな力が働いている者に逆らうかもしれない事は出来ないから…」
「俺や悠の経営している会社で受け入れると言うのは」
「僕は其れでも構わないけれど、君は姫花の婚約者だろう?そんな事をしたら……とても面倒な事になると思う」
(危ない、あの事は麗斗に知られてはいけないんだった)
「だが、悠は彼女を雇うのだろう?」
「家が経営している所ではなく、僕個人が雇うのだから、家は無関係だよ」
「同じじゃないのか?」
確かに色んな意味では同じ感じだけれど
「そもそも、彼女が平民と言うだけで、雇わないと決めて居る事が、法に触れると言うのに、其れを見て見ぬふりをして居たり、暗黙の了解としていること自体が、最も問題視すべき事だから、僕がしようとしている事は、救済措置に値するんだよ。」
「そう、なのか?」
考え込む麗斗。
そして僕を、疑い深く見た後
「雑用って基本的にどんな事をさせるつもりだ」
「別荘の炊事洗濯掃除。」
「其れ以外は?」
其れ以外…?
「つかぬ事をお伺い致しますが、麗斗さん?何か変な事考えて居ませんか?」
何となくドン引きして居る事を察して敬語を使用。
「考えて居な…ぃ」
消え入りそうな“ぃ”は何なのかと訊きたくもあるが
何となく察して居たままの事を考えて居そうなので
「流石に僕は、そんな事を強要はしないけれど?麗斗は僕を何だと思って居るのかな?」
肉体労働はさせるかも知れないけれど、肉体関係は持とうとはしていない。
そもそもそんな事をしたら、幾ら貴族の跡継ぎだとしても、法的に裁かれる。
金で隠蔽すれば良いと言う考えは、家には無い。
僕自身、恋人意外とそう言う事をしたいと思わないし、そもそも、今は恋人を作る事よりも、周りを渦巻いている面倒な関係性をどうにかしたい。
何で僕の周りには、こう面倒な事が起こるのか…
溜息が出そうだ。




