ただの泡ですが、生命の神秘だなぁと思います(2025年ネタおまけ)
ふと思いついた、小話ネタです。
そういえば、ただの泡、どういう裏技を使ったのか子供を産んだなぁと。
『おはようございます』
「ああ。おはよう」
執務を黙々とやっていると、机の上まで泡が登ってきて挨拶をした。
ただの泡に目はない。しかし、ジッと俺の方を見ている気がする。
『あの、一つ気になることがあったので、聞こうかどうか迷ったのですが……』
「なんでも話そう」
珍しくただの泡は、ためらっているようだ。泡がウロウロと泳ぐような動きをしている。……全身が眼なのかよ。
ちょっと素でツッコミを入れてしまったが、俺はすでにただの泡の全てを受け入れている。何を聞かれても隠すつもりはない。
『王子のおなかに穴が空いていると聞いたのですが……』
「空いてないが?」
誰だただの泡に変なことを吹き込んだ馬鹿は。
ただの泡が心配するのも当然だ。体の中心ともいえる場所が傷ついた場合、死亡する可能性が高い。俺の腹に穴が空いてたら大変だ。
『そうですよね。よかった。昔のことをやはり言われたのですね』
「昔も空いたことはないが?」
俺は歴戦の猛者ではないが? 勝手に変なエピソードを作らないで欲しい。
剣を振えないわけではないが、それほど強くはないし、腹に穴が空いても生還するような不死身の男でもない。
もしかして泡の場合は、穴が空いてもすぐに修復するみたいだからそう思ったのだろうか? いや、でも彼女の正体は人魚だ。人間より体が丈夫だと聞くが、穴が空いても復活するなんて話は聞いたことがない。……手がちぎれたらまた生えてくるみたいな生態じゃないよな?
『えっ? でも傷跡がありますよね? 記憶にない頃のものですか?』
「誰の話だ?」
俺の腹に穴の痕もない。
まさか、俺以外の裸を見たというのか?
元人魚、現泡である彼女は、魚の体つきは見分けがついても、人間の顔を見分けるのが苦手らしい。髪色と目の色が同色なら勘違いする可能性が高い。
くっ。どこのどいつだ。泡に裸を見せる変態は——いや、泡が浴室に入り込んで、望まずのぞき見をしてしまった可能性もあるか。その場合は事故だな。うん。
『もちろん王子のはなしですよ? お腹の中心辺りに、くぼみがありますよね』
……お腹の中心?
自分のお腹のあたりを見てようやく何を言っているのか悟った。
「それはへそだな。人魚にへそはないのか?」
『私はないですね。あっ。そういうことですか。そういえばイルカのお腹にもくぼみがありました』
そうか。ただの泡よりイルカの方が俺たち人間に近い生態なのか。
若干微妙な気持ちになる。
『だとすると、人間になる時に気をつけないといけませんね。服の中だから気が付かれないとは思うのですが、自分の想像を具現化するものなので』
……つまりただの泡の服の中はブラックボックス。俺が想像した通りの構造になっているとは限らないと。
『あれですかね。卵から生まれるのと、お腹から生まれるのの違いということでしょうか』
とても生物学的な話なので、恥ずかしくなることはないが、むしろ逆に冷や汗が出てきた。
……俺は卵生ではないぞ?
そして俺の体は男なので、まねてもらったところで、女体とは違うわけで……。
俺は子供好きなただの泡を前に、どうするのが一番いいのか分からず、目をウロウロとさまよわせる羽目になったのだった。




